キレイに死んでいきたい

2018年05月27日 07:00

mixiで一応毎日のように日記を書いている。なので1年前の今日はどうしてただろうと読み返すのだけど、もちろん、まだ母は生きていて、休みの日は一日も欠かさず母に会いに行ってた。ああ、もうあれからもう一年経ったのか。この日々はいつまで続くのだろうと思いながら過ごした日々。いつまで母は生きていてくれるんだろうとつらい日々だった。母は父が亡くなったとしてもずっと元気なおばあちゃんとして生き続けてくれると信じてた。そんな母でもあんなふうにあっけなく死んでしまうんだ。だとしたら、わたしなんてきっと母の年までは生きられないと思ってしまってもしかたないよね。マジで終活しなくちゃなあ。もう未来なんて思い描けない。絶望しか。できれば突然この世から消えたいのだけど、そのためには途中になってるものを終わらせたり、途中までしか刊行してない読物もケリつけてしまわないと死んでも死にきれないよね。

いつ死んでもおかしくない

2018年05月19日 16:36

https://youtu.be/G_aJsWw_v84

レコードを持っていたということは好きだったからたぶん親に買ってもらったんだろう。当時のわたしは小学生だったから。当時のわたしは遠足のバスでマイクを離さないので有名だった…と思う。歌いたくてしかたなくて、その中でもとくに「子猫とネズミ」が好きで、歌詞の内容はいまいちわからなかったけど、メロディが好きだったんだろうな。気持ち良く歌ってたことを思い出す。ああ、母も父もまだ元気だった頃。そして、母も父も今のわたしよりもっと若かった。何もかもが懐かしい。

甦る言葉

2018年04月03日 07:48

自分の過去記事に何度も出てくる言葉「質が悪い読者」12年前も書いてたね。

「質」

ここまでくるともう笑うしかないよね。(笑)

あら

2018年03月25日 07:32

「いちいち反応をやめること: 啓蒙かまとと新聞」

Lさん、ついったーやめたんだ。残念。
でもまあブログは続けてくれるみたい。
続けて読ませてもらえることは嬉しい限り。

贖罪

2018年03月17日 15:37

はてなダイアリにも書いたが、もうネットで何かを書くということはしないということで、ここのブログも削除しようと思っていた。そして、最後の記事として「昔話をしよう」という出だしで、わたしがいかに愚かな子供時代を送っていたのかということを書こうと思っていた。その後にここを削除しようと思ったのだが、考えてみれば、ブログは記事だけじゃない、コメントもあったのだと気づき、過去にいただいたコメントをつらつらと見ていたら、ああ、そうだった、ここの前身である「ぐれあむぺんぎん」を一時の感情で削除してしまい、コメントをいただいた方々からお叱りを受けたこと、そして、今度こそは感情にまかせて削除してしまわないようにしないといけないと決心したことを思い出した。

「教えてください」という過去記事あたりだけでなく、ここでも今までに何度も削除して書くことをやめようと思ったものだった。確かにわたしは「繰り返す女」だよな。ただ、気づいたことがある。わたしはやはり存在自体が良くないんだな、と。別に卑下しているわけではない。旦那さんにとっては、こんな何もできない人間である私だったとしても、自分が生きていく上で必要だと言ってくれているので、彼にとっては良くない存在ではないとわかってはいる。だが、そうだとしても、彼はわたしの夫であり、彼はわたしを友だとは思ってはくれない。わたしがどんなに「あなたは友達でもあるんだよ」と言っても、それを受け入れてはくれなかった。夫と友は違うんだと。そうか、それが普通なのか。でもわたしは友達がほしいんだよな。とはいっても、わたしは友達を作ることは根本的にできないんだと、今やっとわかったんだと思う。

ということで、昔話を書こうと思って書き出したんだが、やめにした。書いてどうする。子供の頃のことはわたしにとって黒歴史だ。そんなもの誰も読みたくないだろう。わたしは不幸になることにする。それが過去に傷付けてしまった人たちへの贖罪だと信じて。

作家を神聖視するな

2018年02月01日 07:48

お気づきの人はいるかもだけど、過去ログをまとめて掲載しています。なので、今から掲載するものも2.014年の1月31日に書いたものなんですけど、ログに埋もれるのがイヤで現在の日付で掲載。(笑)

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最近のお気に入りのマンガ家さんに七尾美緒という人がいる。その人が書いた「ペン先にシロップ」というがあって、この間、全5巻を読んだ。これに出てくる遠野伊吹というマンガ家が、何というか人間的じゃない、天才な分、どこか無機質で感情的なところがまったくない、いわゆる性格の良くない人間。けれど、彼が「恋をしてみよう」と思い、その対象をダメダメ編集者の菜花にしたところから、彼が人間的になっていく様が描かれていて、それがとてもおもしろかった。この話の中では、菜花が幼少の頃に義父から虐待を受けていたエピソードもあって、それがけっこうシビアな内容で、今のわたしにとってはちょっと痛い内容ではあったけれど、それをだいぶ和らげる進め方になっていて、わりと落ち着いて読めたと思う。ただ、ラストで虐待していた父親が出てくるんだけど、この父親が本当にろくでもない人間ではあるんだけど、勧善懲悪な物語であったなら、この父親がひどい目に遭うところを、結局は何にも罰せられることもなく、のうのうとこの後も生きていくんだろうなあという終わらせ方は、実にリアリティのあるラストだなあと思った。それでも、ちゃんとハッピーエンドで、胸のすく終わり方ではないけど、ほんわかとした終わり方で、これはこれですごいよなあ、やっぱ七尾さんすげーやって思った。

つーか、別に感想が書きたかったわけではなく、作家って神聖視されることが多いんだけど、本当は作家って尊敬されるべき人なんかじゃなく、ただの人、それもろくでもない人がけっこういるっていうことを知っててほしいと思ったわけ。わたし自身も昔は好きな作家を尊敬し、作家っていうものは偉い人なんだ、すごい人なんだ、何でも知ってるんだ、常識的な人で、良い人なんだと思い込んでいた。でもそうじゃない。もちろん、そんな人もいるんだけど、大多数が普通の人で、中には非常識で極悪人な人や自分勝手でワガママな人のほうが実は多いんだよなあと、自分自身のことも含めてそう思う。「ペン先にシロップ」で語られているこのセリフがその証拠。

『物語を綴るなんて聞こえがいいけど、要は誰にも邪魔されず、自分が作った世界を絶対的に操りたいだけ、そして、それによって読み手の感情をも支配し、コントロールするのは最高に気分がいいよね』


これは伊吹のセリフではないけど、この言葉はけっこうわかる気もする。もちろん、わたしはそういうつもりで物語を綴るわけじゃなく、わたしにとって昔も今も物語は菜花にとっての物語と同じ。物語を読むことで自分を救いたいから、現実の辛さを忘れたいから、だから読むし、わたしはわたしの読みたい物を書く。誰かがわたしが読みたい物を書いてくれれば、わたし自身は書かなくてもいい。それに気づいたわたしは、ああ、そうか、わたしは書くことが好きなんじゃなくて読むことが好きなんだなあって。

一時期、こういうものが読みたいっていうものがなくて、それで自分で書き出したのだけど、今のわたしは読みたいと思えるものが巷で溢れてて、それを読むのが忙しくて今は何も書けない。そういった読むことに夢中になった時代が以前の職場の時に訪れたんだけど、ちょうど今がその時と同じ状況。だから、いずれまた書きたいとなる時代も来るんだろうけど、たぶんもう死ぬまでその時代はこない気がしている。もう寿命が近くなっている気がするから。今年51歳になる。まさか50まで生きるとは思ってなかったので、今のわたしはおまけの人生を生きてる気がするんだよね。そんな今のわたしがのめりこんでいるのがハーレクインのマンガ。今のわたしには活字を読む時間がなくて、それでマンガを読んでいる。今年もどれくらいのものを読めるかわからないけれど、一冊でも多くの物語を読みたい。夢を見たい。その一心で。

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この記事をココで最新の記事として掲載するのには理由がある。作家を神聖視する人に対する気持ちをこれでわかってもらいたいからなんだけど、たぶん、神聖視する人たちには理解できないことなんだろうなと思いつつ。まあ、ただの戯言として聞いてください。(笑)

魂の黄昏時

2018年01月25日 07:00

「君の名は。」誰かさんがついったーで感想書いてて、タイムリープ物の、明日昨日の君と~をあげてたんだけど、ええーと思ったら、確かに似てるといえばそうだけど、アッチよりは普通にハッピーエンドだったから、そこまで切ないという内容ではなかった。まあ、それが切ない理由ではないんだろうなとは思ったけど。ただ、なんだろう、ホントに今のわたしにはタイムリープ物は受け付けなくなったなあと思った。ああいった内容のものはハッピーエンドにはなかなかなりえないし、なったとしたも、ちょっと納得ができなくて、今回のはそれほど納得できないわけじゃなかったけど、それでも、素直に喜べなくて、なんかうまく言えないんだけど、ようするに、何度も見るのはちょっとなあと思ったのが正直な気持ち。もっと若い頃なら、素直に「よかった」と言えたんだろうけど。あれかな、心がマジで年取ったのかなって。まあそれもあって、ちょっとだけ淋しくなった。楽しめる物語の幅が狭まったということで。昔は何でも楽しめたのになあ。やっぱ魂の黄昏時なのかも。ってなんだよ、それ。(笑)

一番かわいそうなのは誰?

2018年01月17日 07:22

「魍魎の匣」読んだあとに、なんでか栗本さん原作の伊集院シリーズのコミカライズが読み返したくなって、二作品がコミックスになってたから読み返した。うん、やっぱいいよなあ。マンガの伊集院さん。生前、このまんだ林檎さんの伊集院さんを絶賛してたんだよね、栗本さん。て、残していた帯に書いてあった。「優しい密室」と「鬼面の研究」の二作品だけど、もっとこの人には他の伊集院シリーズを漫画化してほしかったなあ。さて、「魍魎の匣」だけど、まあ、こういった作品に後味の良さは求めちゃいけないとはいえ、ほんと、後味の悪い物語だったなあ。いや、まあ、それがダメと言ってるわけじゃなく、これはこういった作品の特徴なんだから、むしろ褒め言葉と取ってほしいのだけど。決してけなしてるわけじゃなく、ね。だって、後味悪くても、他の作品も読んでみたいって思わせたんだから。それが大事でしょ。と、叩かれるのを阻止。(笑)そのうち手に入れば、他の作品も読んでみようと思う。京極堂のわたしのイメージは、日本のホームズって感じ。「魍魎の匣」で一番かわいそうなのは誰だと思うって旦那さんに聞いてみたいな。早いとこ読んで欲しいんだけど。そもそもこれ買いたいって言ったのは自分でしょ。早く読んでよね。(笑)

ドキドキワクワクな映画

2017年11月21日 07:30

それにしても、クリスタルスカル、劇場にも見に行ったはずで、内容も何となくは覚えてたけど、細かいとこはあんまり覚えてなくて、そして、一作目のヒロインがいつのまにかインディの息子産んでてあんなに大きくなってるとは。すると、インディは今のわたしらと同じような年ってことだよね。ラストはそのヒロインとインディは結婚しちゃったんだけど、まあ一作目のヒロインが一番好きだったから、わたしとしては納得いくラストだったということで。なんかさ、やっぱ年のせいじゃないと思うんだ。やっぱ昔の映画はワクワクするくらいおもしろかったって。今のはそれほどワクワク感持てないんだよなあ。まあ、4週連続でインディ祭だったのも、ブレードランナーの続編の番宣だったわけだけど、ブレードランナーは好きだったけど、それはドキドキワクワクな映画というものじゃなかったんだよね。なので、このたびの続編は見たいとは思うけど、劇場まで見に行くものでもないかーと思ってる。スターウォーズはなんとしても見に行くつもりだけど。(笑)それにしても、クリスタルスカル、ちょっと感慨深く見ちゃった。あの敵役の女の気持ちはわからないではないもの。わたしも「知りたい」という側だからなあ。ただ、ただの人間のわたしには、やっぱりあの女みたいに破滅しちゃうんだろうな。やっぱ4作品全てが面白かった。昔の映画をどんどん放送してほしいなあ。もっと見たい。あと、ファイトクラブやってくんないかな。旦那さんにあれをぜひ見てもらいたいもの。

そのまま夢の中で

2017年10月19日 22:15

そういや、やっとこさ、全3巻そろった「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」読んだのだけど、なんかもうね、こんな悲しい話は読みたくないって思った。昔はそんな悲しくて切ない話を欲していた時期もあったんだけど、たぶん、子供だから、若いから、そういった切ない系の話を求める傾向があったんだろうと思う。けど、今、自分の周りの親しかった人たちが次々とこの世を去っていき、そろそろ自分の番がくるなあという今頃は、とにかくハッピーエンドな話だけを読んでいたいんだ。それもね、自分が死ぬ間際に、そんな素敵なラブラブな夢を朦朧とした意識の中で見ながら死んでいきたい、そして、願わくは、そのまま夢の中で生き続けたいって、そう思うから。