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あらー久しぶり(笑)

2017年03月11日 14:51

今日はね、あの震災から6年。なので、テレビではあの震災関連のことばりやってるわけですが、3.11が休みの日って今日以外に一度だけで、しかも、2015年は休みといっても水曜だったんで、こんなふうにテレビでその日のことをやってる番組を見ながら何か書くってことはできなかったわけ。今日は昼までに用事はすんでしまって、昼からは「太陽の刻印」の続きでも書こうと思ってたわけですよ。ところが、テレビで震災のこと始まっちゃって、あの津波のすごい画像を見てしまったものだから、ちょっと執筆が止まってしまってます。で、こんなふうにブログ書いてます。

今年に入ってからブログ書く気力もなくなってました。今でもあんまり書きたいと思えなくて、たまたま今朝はガクトさんが夢に出てきて、いい感じの夢だったこと、さらに震災の津波のショッキングな画像を見てしまったことで、何となく何か書きたいと思ってこんなふうに書き出したのですけど……あ、黙とう…こんなふうに黙とうに参加できたのも、今日が土曜で、昼までに用事がすんでたからってこともありますね。仕事してたらできないことだったし、水曜の休みだったら、今の時間は出かけてるか、録画してるもの見てるかのどっちかだったと思うから。

2011年は5月にわたしも骨折して一ヶ月仕事休んだこともあったんだよなあってことも思い出した。さて、執筆始めますかね。ではでは、これにて。今度またいつ更新するかわかりませんけれども。
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今年は

2016年12月26日 08:50

去年の12月に父は亡くなったわけですが、この間、幼なじみのお父さんが亡くなりました。その幼なじみがフェイスブックで「真夜中に父が呼ぶ声がした気がして飛び起きる」と書いていて、ああ、そういや、わたしもまだ父が存命だった時に、父がわたしの名を呼ぶ声があまりにもリアルに聞こえて目が覚めたことがあったなあと、思い出した。

父が亡くなって一年経ったわけですけど、この一年で母もほぼ寝たきり状態。ちょっと精神的にわたし自身も不安定だなあと感じています。母ももうすぐなのかなあという思いがずっとあるもんで。そんな中、昨日はステキなクリスマスプレゼントを遠くの友人にいただきました。うん。少し元気出た。ありがとう。

今年はほんといい年とは言えなかったけど、それでも最悪な年とはならなかったと思うんで、まずまずな一年だったと思います。できれば来年はもう少し明るい年になればいいなあと思いますけど、さて、どうなりますことやら。

気力が欲しい

2016年11月20日 08:56

毎週水曜と土曜は仕事がお休みなので、長期入院中の母の見舞に週二回行っている。もう退院できないかもしれないとは言ったけど、三ヶ月しか入院してられないんだそうだ。それ以後は何とか施設に入れるようにと弟の嫁さんが考えて動いてくれている。なんとかなってほしいけれど。

週二回顔を見に行ってるわたしから見て、母は小康状態で、気力は落ちているが、それほど様子がひどいというわけじゃない。けれど、抗がん剤治療とかはしてないし、痛み止めで痛みを緩和しているっていうだけの毎日を送っているわけだから、奇跡でも起きない限り、母が完治するということはないだろう。それをずっと最期まで見続けるのが子であるわたしにできることではあるから、つらくても週二回、通い続けている。父にはできなかったことをせめて母にはしてあげたいという気持ちから。できれば毎日でも顔を見に行きたいのだけど、いかんせん、わたしは車の運転ができないので足のある水曜と土曜に行くことだけしかできない。世間をにぎわせている高齢者の運転事故とはいうけれど、高齢じゃなくても運転に問題のあるわたしみたいなヤツもいるから、わたしは車の免許は持つべきではないんだけど、やっぱ車の運転できないのは田舎のような公共の乗り物が充実していない場所では困るんだよなあ。タクシーは便利だけど市内でも数千円もかかるとなるとね、たまに使うはいいとしても、毎日は使えないよねえ。はあ。確かに100円でどこでもいける市内バスもあるけど、ピンポイントの場所には行ってくれないし。

とと、それはそれとして。

今2008年の日記を編集し直してるんだけど、それの12月6日に書かれていた梓さんがまだ生きてるけどガン治療の真っ最中だという記述に、あの頃は、まさか母がそのガンで明日をも知れぬ状況になるとは思ってもみなかったんだよなあと感慨深くなってしまったことを今書きたいと思った。母なんて絶対そんな大病になるとは思ってなかったのに。まあ、あの頃は父もまだ生きていて、いつかは母より先に亡くなるんだろうけど、いつかはまだ想像できてなかったけど、今はもう父も死んでしまい一年が過ぎ、そして母ももうすぐ後を追うわけで。それを最期の日まで近くで見続けなくてはならないと思うと、わたしも神経持つかなあと、少しは気弱になってきてるんだよね。それじゃいけないんだけど。

でもまあ、そんなことを最近ではいつも考えつつ生活してます。なんとか少しの希望をなくなさないために、必死にすがれるものを探しつつ、わたしももうちょっとは生きなくちゃと願いつつ、わたしなりに頑張ってます。エッセイブログ、更新したいけど、なかなかできません。待っていてくれる人がいたらもうちょっと待っててくださいね。もう少し気力が出来たら必ず何か一言でも更新しますから。わたしにとってもあそこは大切な場所だもの。

近況と気持ち

2016年10月29日 16:49

本家ブログでは創作関連なことを感傷的じゃなく書くようにしてるから、日常的なグチっぽいのは書かないようにしてるわけで、でも本当はここでもそういうのはあんま書かないほうがいいかなあと思ってたんだけど、とりあえず、あんまりネットに書き物をしてないわたしのことを多少なりとも「彼女、大丈夫かな」なんて思って下さる奇特な人も一人二人はいたりして、まあ、そういう人はサイト日記を読んでくれてるんだろうけど、ここ数週間はそっちも更新してませんでした。

それというのも、わたし自身は体調が悪いわけではないんですけど、実家の母がどうも思わしくない感じでして、休みの日は入院してる病院に行ったりして、とてもネットで書いたり作業したりする気力が出ないからなんですよね。

二年前に母が乳がんで手術したことは書いたと思うんですけど、その後、父が去年の年末に亡くなり、そして、すぐに今度は母に転移が見つかり、もう母は一人で実家で暮らしていけない状態になったんです。で、いつ退院できるかわからない入院生活に入ってしまいました。もう長くないかもしれません。できれば今年中はもってほしいと思うんですけど、来月初めの父の一周忌法要は母は不在のまま、わたしらが母の代わりに執り行うことになりました。

去年の10月17日でわたしら夫婦は結婚26周年で、とうとうわたしも旧姓よりも新しい苗字のほうが長くなったわけですけど、父と母の娘であった年月よりも、旦那さんの妻の方が長くなったとたんに父は亡くなりました。そして、父が亡くなって、その母ももうすぐ後を追うことになります。たぶん。まだ生きてんだから、もしかしたら奇跡が起きて助かることもないわけじゃないんですけど、もうね、すでに母自身が「もうダメだ」と生きる気力をなくしてるんですもん。そんな母をどうやって励ましていいのかわからない自分が情けなくて泣きたくなるんですけど、泣けないじゃないですか、こんなとこで。姑引き取ってから、家で一人になることは皆無になってしまってから、泣きたいと思っても泣けないわけですよ。思いきり泣ける場所、今のわたしにはないんですよ。泣くためだけにどっか出かけるっていうのもできないくらいに、今の自分にはヒマもないですしね。ああ、でも、二年前に息子の消息がわからなくなった時に、思いきり泣かせてもらったよなあ、今思うと、あれはあれで泣けてよかったなあ。あんなふうに泣けるようになるには母の葬式の時か、あるいは姑が亡くなったあと、家に誰もいない状態になれば、なんでしょうけど、そのためだけに人の死を願うなんて、とんでもなく親不孝な人間ですよね、わたしってば。ふん。どうせ、わたしはそれくらい悪いヤツなんですよ、はいはい、地獄に落ちるんですよね。でもまあ、こうやって、こんな場所で好き勝手書けるだけまだわたしはマシなんでしょう。

ううう、話それまくりましたが、結婚27周年を先日迎えたわけですが、今年はそのために17、18日を旦那さんが連休にしたので、わたしも合わせて休み取りました。どっか行けるヒマも金もないんで、静かに過ごしたわけですが、あ、それでもちょっと出雲まで出かけましたよ、それくらいのドライブはしました。でも、ゆっくり過ごすのも今のわたしらには必要なことなんで、わざわざ仕事休んでしまいました。それくらいいいよね。ふたりとも頑張って仕事してるし、頑張って親の面倒みてるわけだからさ。まあ、わたしは頑張って親の面倒見てるつもりはないんだけど。(笑)できる範囲でグチ言いつつ、なんですけど。そうでもしないとね、続かないよね。それに適当に手を抜かないと、最悪なことしちゃうかもしれないしね。なんだよ、最悪なことって。(苦笑)

最近、ますます自分が今ここで生きてることが不思議になってきてしかたないんですよ。なんというか、自分が生きてることに現実味を感じられないというか、なんというか。まあ、あれなのかな、物語の読み過ぎなのかもしれませんね。物語のような生き方や物語の主人公のようになりたいとは子供の頃よりは思わないですけど、物語を読むことで疑似体験して妄想するのはものすごく楽しいので、それもあって、最近ではますます書くよりも読むほうにのめりこんでしまってて、それもあって、リアルをリアルと感じられなくなってるのかもしれません。まあ、わたしの望みが究極、夢のような物語を寝てる間に見続けて、そのまま夢を現実と思い込んで死んでいくっていうのですから、どうしても物語を読み続けなくてはならないわけですよ、はい。今リアルに感じてる世界は実はわたしの見ている夢で、それが永遠に続いてるというそんな感じで。ただ、もうつらいことや痛いことだけは経験しなくてもいいのがいいな。そういうリアル感のないものをリアルと感じられる物語を夢として見続けていきたい。まるでメビウスの輪の中で生き続けるみたいに。

わたしは死ぬのがこわい。痛いのがこわいから。それなりに死んだ方がマシという痛みも過去に経験してきたから、死ぬ瞬間の痛みを感じることが何よりもこわいと思うから、だから死にたくない。死ぬまでに痛みを感じるのもイヤだと思うから、死ぬ時に痛いっていうのはないよというんなら死んでもいいと思う。生きてる時は痛みはどうしても感じてしまうものだからねえ。死んでしまえばもう痛みを感じることもないわけだから、楽に死ねるならそっちがいい。でもまあ、どうしても死ぬ瞬間は痛いはずだから、やっぱり死にたくない。それに、まだ読みたいと思うものはあるから、それ読まないままに死にたくないし。わたし変なこと言ってますかねえ。まあ言ってんだろうな。まあいいや。好きに書かせてもらう。これがわたしの魂の叫びってことで、ここまで読んでくれた「あなた」ありがとね。

さて、もういっちょがんばって生活しますか。

今年も残り少ない

2016年10月03日 08:00

こっちで書こうと思ったけど、内容が本家ブログに書くことだろって思ったので、こっちはやめにした。(笑)

終焉

2016年09月24日 17:46

ニフティがHPサービスを終えるそうな。時々アクセスしては古き良き時代を思い出していた梓さんの神楽坂倶楽部も消滅してしまうんだなあ。なんか黄昏てしまう出来事。

改変ネタ騒動(笑)

2016年08月18日 09:42

いや別に騒動というほどのことでもないんだけど。(爆)

昔は、ああいった意思の疎通ができなかった場合は、とにかく相手にわかってほしくて、でもどんなに言葉をつくしてもわかりあえなくて、諍いへとなっていってはいろいろな感情が渦巻いて精神的にもいい状態になれず、相手が人格を否定するようなこと投げつけてきてはカーッとなって心臓に悪い状態になったものだった。なので、今回はなんかもうなんにも感じなくて、ああ、今もし何かのことで炎上したとしても、どうでもいいって思うんじゃないかと、そう思った。まあ今回は相手がまだ皮肉ったことしか言わなかったからっていうのもある。これがものすごい剣幕で攻撃的な言葉を投げつけてきてたらわかんないけど。にしても、わたしもまだまだ血気が残ってたということですかね。今なら完全スルーとかするんですけど。こういう記事書くなんて昔ならいつものことだったけど、今はほとんどこういった公の場所には書かなくなったからなあ。(笑)

スキ

2016年08月06日 19:25

そっかー名香智子さんが好きな漫画家さんだったのかー確かに雰囲気似てるよなあ。けど、この人は男のキャラの筋肉がすごく好みな描き方をしていて、それで好きなんだよなあ。さて、誰のことでしょー。(笑)


すんません、ほんっとくだらないことしか書いてません、わたしのブログって。ええ。ほんとに。(爆)

あのアカウント

2016年05月24日 08:26

以前運営していたMIDIサイト名があのアカウント名と同じだったんだけど、あのMIDIサイトもサービス終了でサーバーが使えなくなったからなくなってしまったんだよなあ。今では18禁サイトの扉にひっそりとバナーだけがはってある。だからまあ、あのはてなIDがわたしであることがわかる人はほとんどいないだろうな。

もういない

2016年02月12日 10:48

昨日は病み上がり後の出勤ということで5時で帰ったわけですが、買物はして帰らないといけないんで、いつものように買物して帰ろうとしたら、ワゴンセールのDVDをちょっと眺めてから帰ろうとした。その中に「がんばれベアーズ特訓中」を見つけ、突然、「ああ、お父さんはもういないんだな」となって、涙が出そうになった。なんだろう、悲しいとも淋しいとも違う感情からくる涙。わたしを生み出してくれた一人がこの世界のどこにももういないんだという事実を思い知った瞬間。いずれ、その片方である母もいなくなる。わたしの存在の根源。それらが消失してしまう。その事実にショックを受けたというかなんというか。この感情はいったいなんだろうな。よくわからないんだけど。

小学生だったか、中学生だったか。お父さんに連れられてよく映画館に行った。「がんばれベアーズ」はそのうちのひとつ。当時はとても大好きだった友達と一緒に連れてってもらったよなあ。確か「グリズリー」も連れてってもらったような気がする。ああ、それに、いつだったかの誕生日のプレゼントに「フラッシュゴードン」のレコードも買ってもらった。映画のことを思い出すとやっぱり父のことを思いだす。それは母も。父の場合は幼い頃に、母は大人になってからよく一緒に観に行った。映画となると両親を思い出す。それくらい映画と両親は切っても切れない関係がある。

なんかほんとまじ泣けてくる。
父はもういない。
どこにもいない。



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