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頭悪い女は嫌いですか?

2016年08月20日 08:10

アメーバのニュースで「キタコレ!3位ネット言葉…男が「頭悪そう」と思う女性の話し方1位は - Ameba News [アメーバニュース]」というのがあって、それ見てたら、ああーまあそうだよなーとは思ったのだけど、これって恋人関係じゃない男女間では有意義な情報ではあるけど、必ずしも嫌われるってわけじゃないよなあって思った。

たとえば、「てゆーか」「えー」とか、語尾に「お」をつけるとか、自分のことを名前で言うっていうの、これらすべてがわたしが日頃から使ってる言葉。3位のネット言葉「わろた」というのはあまり使ったことはないけれど、まったく使ったことないとは言わないし。で、確かに、それらの言葉を他人の男性の前では使わないよ、いかなわたしでも、これらはすべて愛する旦那様の前で使う言葉。わたしがいかに旦那様を愛しているか、頼りにしているか、旦那さまが「ういやつよ」と思うことをわかってて使う言葉なんだよね。だから、まったく使わないっていうのもペケだと思う。つまりはTPOをわきまえろってことだよね。そういう言葉は親近感を相手に持たせる場合もあるからね。だってさ、男って勝手なもんで、自分より頭のいい女を敬遠したりするもんでしょ、自分のプライドを保つために。まあ、そういう男ばかりじゃないだろうけれど、少なくともわたしの旦那様は、自分より頭のいい女は好きじゃない人なので、わたしがおバカなのでとてもかわいがってくれるよ。だから、自分の相手がどういうタイプかを見極めた上で、頭のいい女になるか、おバカな女になるかを、女は知っていたほうが幸せになれるってことだよ、うん。
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話すことは最大のコミュニケーション

2016年08月11日 07:59




交際している時というか、わたしも結婚当初はその考えの人で、旦那さんが自分が抱えていることをわたしに話してくれないことを不満に思っていた。まあ、わたしの場合は、旦那さんのことを思って話してほしいというより、話してくれない不安を解消したいがために話してほしいと思っていたことをわかっていたので、話してくれないことが不満で不満で、そのことで旦那さんと「ちゃんとやっていける気がしない」と思ってたこともあった。ただ、思うに、確かに誰に何を話すかはその人自身が決めるしかないのだろうけど、それが本当に最善のことかどうかはわからないわけで、だから、話せばうまくいくはずなことを話さないことで致命的な関係崩壊に繋がってしまうことってどうよって思うんだけどね。そりゃ、話してしまうことが関係崩壊となってしまう場合もあるわけだから、話すも話さないもどっちが正しいかどうかは結局はやってみなきゃわからない。そうだとしたら、話してみることが一番最善なことなんじゃないかとわたしは思うんだけど。とりあえず人にとっての最大のコミュニケーションは「話す」ってことだと思うもの。

配慮配慮と言うけれど

2016年06月12日 08:34

シロクマさんの記事に書かれていた、末尾に書かれる「ありがとうございます」という蛇足的な言葉とは違うかもしれないけど、友人のブログで起きた諍いのことを思い出した。その友人のブログはここでリンクはしないけど、一部の人にはリンクはらない理由はわかるかと思う。(笑)

友人のブログでは書き手が書く末尾の言葉ではなく、書き込みをしてきた読者のコメントの末尾に書かれた言葉が諍いの原因となったわけだけど、それはつまり書き込みする上でのコメント者の配慮ともいうべき言葉で、はたからみれば確かに配慮としては当たり前の言葉で、それに対してブログ主が不愉快になるってことは意味がわからないと見る第三者は多いでしょうね。で、友人のブログで起きた諍いの原因となった書き込みは、そのコメントがそこに書かれることはそのブログに対してふさわしくないのではないか、もしそうならば削除してくれという内容だったんですよね。それに対して友人は、ふさわしいかふさわしくないかはこっちが決めることであり、わざわざそんな言葉は書かなくてもいい、そんなふうに思うのではあれば最初からコメントを書くな、不愉快だと言い切ったわけです。今思うと、友人のその言葉は言っていいことではないと思うんだけど、友人は思ってることをそのままズバリと言ってしまう傾向があり、そのせいで過去に何度もトラブルに遭ってるわけですね。だから、コメント書かれた人だけでなく、書き手である友人も末尾にそんな非難の言葉を書かなければ、書き込みされた人を怒らせて「もう二度と書き込みしません」とはならなかったんだろうと思う。

よかれと思って発した言葉が、相手を激昂させたことは多くの人が経験していると思う。それは、想像の範囲を超えた出来事ではあるんだろうけど、わたしのように「なんでこんなことで怒る」ということで怒ってしまうタイプの人間だから、どんな優しい配慮ある言葉であっても誰かを怒らせてしまうことはあるんだとわかっているわけ。だから、誰かがわたしの書いた物で理不尽に怒ったとしても、ま、しょうがないかと今は思えるようになってきた。お互い様だよね、って。そうでも思わなきゃ、何も書けなくなるしねえ。だからまあ、シロクマさんの書かれた当該の記事だって、誰かは、つまりは、ブログの末尾に「最後までお読みいただきありがとうございました」「気に入った方はお気に入り登録よろしくお願いします」とかいう言葉を書くブログの人を不愉快にさせることはある。でも、そういった誰かを傷つけるリスクをリスクとも思ってないのがシロクマさんなんだろうな。そうじゃなきゃそんな記事は書けないでしょ。どんなものを書いたとしてもどこかの誰かは傷つく。そんなことはわたしも何度も経験してきたし、逆にわたしも傷ついてきた。でも、傷つけても傷つけられてもわたしは書くことをやめられない。それは友人も同じだ。誰かに「もう二度とと書き込みしません」とか「もし私のブログを見つけてももう来ないで下さい」とか「私はあなたと再び言葉を交わすつもりはありません」とか、そんな非難をされて血の涙を流したとしても、それでも書くことをやめられない、なんとも業の深いことだなあと思わないではいられないですよね。

書く、ということはそれくらいの覚悟がないといけないよなあって思う。どんなに気楽に書いていたとしても、どんなに素晴らしいものを書いていたとしても、どんなに粗悪なものを言いたとしても、読んだ人がどんな人かわからない場所で書くのだもの、必ず傷つくことはある。そして自分も誰かを傷つけることもある。書き続けたいのなら、それをゆめゆめ忘れずにいなくちゃね。とはいえ、そうは言っても思わないではいられない。そりゃあ配慮は必要だと思う。けど、反面、本当なら配慮なんていらない世界であってほしいって、物書きであるわたしはそう思う。そうであってほしい。

BOY MEETS GIRL

2015年04月24日 08:03

ミクシのニュースで小室さんのことが書かれてた。

「小室哲哉、「宇多田ヒカルちゃんが僕を終わらせた」と証言。ELTに時代の流れ感じたとも。」

小室哲哉が最盛期だった1990年代に、注目して「嫉妬」すら感じた楽曲を『水曜歌謡祭』で語った。中でも当時、センセーショナルにデビューした宇多田ヒカルは「僕を終わらせた」というほど衝撃的だったようだ。

ミュージシャンで音楽プロデューサーでもある小室哲哉が、4月22日放送の『水曜歌謡祭』(フジテレビ系)で“1990年代に「ああ…やられた…」と嫉妬した楽曲”を5曲選び、当時の思い出を語った。

自身も参加するTM NETWORKが、1987年に出した『Get Wild』のヒットで人気バンドとなった。その後、1990年代に入るとTRF、安室奈美恵、華原朋美、篠原涼子などをプロデュースしてヒット曲を連発。一連のアーティストが“小室ファミリー”と呼ばれる。

そんな時代に小室哲哉にとってライバルであり、支えにもなったのがMr.Childrenだった。小室は彼らが1994年に出した『Tomorrow never knows』を選んだ。「“ミスチルに負けないように頑張らなきゃ”と背中を押されてきた」という小室だが、この曲を聴いた時には“敵ながらアッパレ”と負けを認めて自身も熱心に研究したそうだ。

全盛を極めた小室哲哉だったが、宇多田ヒカルが『Automatic』でデビューした1998年には自ら小室ブームの終わりを予感している。彼女の歌を聴いて「すごい難しいグルーブ感で…“ヒカルちゃんが僕を終わらせた”っていう感じ」と明かすと、その楽曲とパフォーマンスから次世代を感じ「僕、ここで一度休もう」と決意したことを証言した。

また、同じ1998年にEvery Little Thingが出した『Time goes by』については、「globeじゃできないな」と感じたという。当時はカラオケブームで、ミディアムテンポの楽曲が人気だった。そんな背景もあり、「自分の曲は暑苦しいので、対照的なこの曲には時代が求めているものを気づかされた」のである。

他には、スピッツの『ロビンソン』(1995年)を選び、「みんなも“また小室の四つ打ち”みたいな時に、この曲がフッと来たら“あ、気持ちいいな”と思うだろうな…、僕も思いました」と振り返る。さらに、SMAPについて「ほどよい距離感の曲をいつも上手いところに置いてくる」と分析すると、『夜空ノムコウ』(1998年)を選んだ。ギター1本、ピアノ1本で歌えるフォークソングのような楽曲に人々が癒されるようになったことを感じ、「しっとりと聴かせるこの曲のヒットにも時代の移り変わりを意識した」と語った。

番組ではこの5曲を『水曜歌謡祭』ならではのアレンジとメンバーで生パフォーマンスしたが、オリジナルとは違った雰囲気で楽しめた。小室哲哉自身も鍵盤で参加しており、全体を見守るように演奏するその姿を見るとまだまだ活躍してくれそうだ。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)


いずれは削除されるかも、なので転載させてもらうことにした。(^_^;)
水曜歌謡祭は見ていない。あんまり見たいとは思えない歌番組なんで。

ミスチルのその歌もELTのその歌もロビンソンも宇多田ちゃんのその歌も確かにわたしも好きだった。ミスチルはそれほど好きな歌い手ではないんだけど、その歌だけは好きだなあ。でも、スマップのその歌はそれほど好きじゃない。(笑)
というか、時代が求めているからとかそういうのはヒットとかに関係しているから大切なことではあるんだろうけど、わたしにとっては正直そんなことはどーでもいいなあと思う。どんなに時代遅れであろうとも、他の誰がそれを求めていなくても、わたしにとっては大切な歌というものはずーっといつまでも大切な歌だ。それはわたしだけじゃないでしょ。みんなそうだと思う。

それにしても、小室さんが自分の曲を暑苦しいと言っていたとはねえ。ちょっと「へえ」とは思った。わたしは暑苦しい曲は個人的に好きなんだよね。だから、わたしも小室さんのほとんどの歌は大好き。今でも好き。その中でもいっとう好きなのは「BOY MEETS GIRL」なんだよね。とにかく聞いていると歌っていると、様々な感情が呼び起される歌だから。本当に大好き。この歌で昔ポエムを一本書いたことがある。


星が降るような夜に
僕は君に出逢った

未来から過去へ
何度も何度も訪れて
僕は君に出逢った

君と過ごしたほんのひととき
僕は永遠にも等しいと思ったんだ

「わたしを連れてって」
君は泣きながらそう言ったね
僕は首を振るしかなかったよ

つらかった くるしかった
かなしくて なきたかった

僕はこんなにも君を愛してたのに
君の願いを叶えてあげたかったのに

だけど僕は旅立つ決心をしたんだ

君にお別れのキスを送ろう
涙を流しながらキスを送ろう

明日になれば君は
僕のことなど忘れてしまう
だから今だけ泣かせて
君を忘れないためにも

星が降ってきそうな夜
初めて君と出逢った夜
僕は未来へと還ってゆく
この過去に君だけを残して

僕は還ってゆく


これは「時をかける少女」をモチーフにしたポエムで、わたしは「BOY MEETS GIRL」を聞くとどうしても「時をかける少女」をイメージしてしまうんだよね。しかも主人公の和子ではなく未来から来た深町の心境を思い描いてしまう。

小室さん、今までいろいろあってつらい思いをされたんでしょうけど、頑張ってほしいなあと思います。ご活躍を遠い空の下、祈ってますね。

あやや~

2014年02月04日 21:22

顔見知りに云々の途中まで見たけど…たとえ相手が誤解してたとしても、あんな粘着質的な呼びかけするのって確かに気持ち悪いって思われてもしかたないよなあ。でもまあ、わたしも過去に似たようなことした覚えがあるから、うん、確かに切られてしまってもしょうがないか。ああ、わたしが、ね。わたしが切られるのもしょうがない。わたしもなー、どうしてどうして?理由おせーてーって叫んだもんなあ。最近では、表立っては相手に問い詰めることはしてない。それでも裏では「なんでだろう」って心境を綴ってはいるんだけど、それを相手にはぶつけない。ぶつけたってさ、絶対、相手は答えてくれないだろうし、答えてくれたとしても本当の気持ちは答えてくれないだろうから。

てか、こーゆーことを本当は書きたかったわけじゃないのになー。他に書きたいこといろいろあるんだけど、脊髄反射で書けるのって言ったらこーゆーのだったっつーことで。あああー書きたいことが書けないよー。(><)

価値観かあ

2013年04月06日 22:03

『昔、Microsoftのなんとかという人が、石碑や書籍・紙に書いたものは物理的に壊れない限り半永久的に残り、メールやデジタル文書は削除・消去できるために歴史的価値がまったくないといった書き物があったのを思い出した。


そんなことを考えながらblogを書いているのはいささか微妙な感じでもある。』


と、ただいま完読真っ最中のブログで書かれていた

そういや、過去日記ブログでは今までノートに書いていた日記をブログに転載して今のわたしが語るってことしてたし、ここノイズの場所では昔ヤフーの掲示板で書いたわたしのコメントの原文(当時は常時接続じゃなかったんで、接続切って紙に書きたいコメントを書いてから、それを掲示板に書き込みしてた)をチョイスして転載してから、そのメモ書きを破棄したよなあ。それって紙媒体のものをブログというかウェブに書いているという点で、そういうのを微妙に感じてたらなかなかできない行為だよね。ただ、わたしは別に紙媒体よりもウェブというわけじゃなく、むしろ、ウェブで書いてきたことによって、過去に何度も自分の書いたものを消されてしまっては痛い思いをしてきたわけで、どっちかってーとわたしはウェブよりも紙媒体重きを置くほうだ。とはいえ、ではなぜウェブに掲載してしまうんだろう。まあ、ウェブでっていうのは、なによりもキーボードで文字を書くのがわたしは性に合ってるわけで、こういう書き方が一番わたしにとっては自然体でものが書けるというだけに過ぎない。そりゃできれば紙に文字で書きつけられればそれに越したことはないんだけど、いかんせん、もうわたしはこういう書き方でしか思うように自分の考えを残すことができないんだよね。はあ…こんなふうに紙に書けたらいいんだけどなあ。

つか、さすがにもう寝る時間になってきた。まだまだ続きはあるんだけど…もう少し先を続けようか。でも、またこんなふうに何か書きたくなったら…まあ、その時はその時だ。


追記・第四者の目だって。さしずめわたしも第四者だなあ。

とりあえず2005年まで。続きはいつになるか未定。

鍵はかかってない部屋

2012年10月16日 21:11

「「鍵のかかった部屋」 - 鍵がかかった部屋」

閲覧者限定記事かー。閲覧者限定ブログっていうのはよく見るんだけど、私の場合はあんまり「限定記事」は最近見ないなあ。まあ、最近ではほとんどネットをフロフロすることがなくなったからというのもあるんだろうけど。

公開されたブログで限定記事を書くというのはやったことがない。そんなことするくらいなら、限定で読ませるためだけのブログを立ち上げるから。現に、はてなで限定された人だけに対してグループ日記を書いてたしね。そのもっと前は、限定の人だけに読ませる日記を書いては、メールで配信していたということもあった。ただ、メール配信していた日記は後に公開された場所に再掲載してあるし、グループ日記は非公開にしていたものを今は公開して放置してある。私の場合、読ませたくないというものはなくて、リアルタイムでは読んでほしくないものをそんなふうに限定で書いて、何ヶ月か、何年か後に、公開された場所に掲載して、興味を持ってくれたどこかの誰かに読んでもらうというのが基本的スタイル。

そういや、はてなブログはひとつ設定してある。気づいた人はいないかもしれないけれど、今は非公開にしてある。わっさーログをそこにぶち込もうと思ったんだけど、はてなブログってやっぱり扱いづらい。途中で投げてる。やっぱ、ノイズの場所で掲載したいけどなあ。

自分勝手に生きる

2012年10月14日 22:40

「悲しみや苦しみと共に生きるということ – suVeneのアレ」

何だろう。すーさんの書いているもの読んで、そんなことはわかってるってば、でもどうしようもないんだよなーと思ってる自分がいるなあって。

私も一通り依存はしてきたし、その依存を抜け出たことも何度かあるわけで。それはもう、自分ではどうしようもないわけだ。誰かに「それはだめだ」と言われたとしても、そんなことは頭ではわかってんだ、でも、どうしても依存から抜け出れない。で、抜け出られないまま、最悪なことになってしまう人もいれば、私は依存しても最悪にならなかった、それだけ。そこには、自分自身の努力なんてないんだよなあ。いつのまにか抜け出てたっていう感じなんだもん。

そうだな。私にとって一番しっくりくる考えは、すべては時間が解決してくれる、かな。私にとっての悲しみ辛さ苦しみって、ほんと他人にとっては「どうしてそんなことが?」という些細なことなんだよね。それでも私にとっては世界の終りみたいな気持ちになるわけで。たとえば、仕事で誰かに電話しなければならないことがあるとする、それが私にとっては追いつめられるほどのストレスとなり、それが原因で自殺までしかけた過去がある。たかが電話一本。自分でもわかってるんだよ。どうしてそんなことができないのかって。PTAとか自治会の役員にしたって、そういうのやるくらいなら死んでやるという気持ちになってしまう。わかってる。そんな気持ちを持ってしまうことは愚かだって。自殺してしまうほどの苛めを経験している子供からすれば、私の辛さなんて…という気持ちもあるから。けれど、その苛めで自殺してしまう子供に対しても、誰かは苛めで自殺することを愚かだと言う人もいるだろう。そうであれば、私の悩みなんて、誰かにとっては笑われることだろうな。

でも、そんな私でも、今では何かの役員をすることになったとしても(実際、現在やってるわけだけど)死にたいとまでは思わなくなった。それもある時ふっと、どうでもいいや、って思えるようになった。何の前触れもなく。だから、私は思った。これはもう時が解決してくれたんだろうなって。たぶん、私が今までもの凄いストレスを感じてしまったのも、自分のやることに対して他人がどう思うかを尋常じゃないくらいに気にし過ぎてたからなんじゃないかって。完璧にしなくちゃならないという思いが私の中にはあって、でも、私は完璧にはできない不完全な人間で、そのギャップに苦しんでたんじゃないかな。それが、いつしか完璧にしようと思わなくなり、いい意味での無責任さを身に着けた。つまり「ま、いっか、別に」と思えるようになったということで。それもこれも、いわゆる「無神経なおばちゃん」となっていったからとも言えるよなあ。それって周りからすれば迷惑な存在だろう。若い頃は、そういう迷惑な人間に絶対なりたくないと思ってたけど、今は迷惑かけてもいいじゃんか、死ぬよりは、って。つまり、それは憎まれっ子世に憚るってことで。死ななきゃいいよってことで。

悲しみや苦しみと共に生きる…すーさんは「肯定」と言ってるけど、私は肯定というより、自分勝手に行動することが死なないで生きることだよなあ。

マジ初期化したい

2012年10月09日 08:58

それにしてもTwitterの情報拡散の速度はすごい。「iPS細胞のiが小文字なのはApple社製品にあやかったため」「自分でフルマラソンを走って研究費を集めた」「民主党の事業仕分けを強く批判していた」などの知識を得ました。また蓮舫かよ。なのに、受賞は日本という国のおかげというコメント。人格者だなー。


やっぱりそうでしたか。今朝のテレビでやってるの見ていて、国の援助がなければここにはいなかった、国が受賞したようなもの、という山中さんの言葉に、すぐ思い浮かんだのが事業仕分けのこと。この発言って確かに人格者の言葉ではあるんだけど、私が腹黒だからなのか(爆)、山中さんの国に対する嫌味発言なのかなーなんて思ってしまったんだわ。でも、あながち違うとも言い切れないよね。事業仕分けのこと批判してたわけだから。

それにしても50歳かー。私と一歳違い。ノーベル賞受賞としては若いんだろうけどねえ。私は自分を若いとは思えないんだよな。いや、精神面では若いと思ってる。若いどころか子供だよなーって。ただ、身体は年寄りよりもボロボロ。若いとは言えないなー。私の身体の細胞も初期化したいよ、ホント。

恵まれない人に慈悲を

2012年10月04日 23:19

ともむんさんの記事が久しぶりに更新されたと思って見たら、あーあの話題かー。

『こうやって仕事の愚痴を漏らしただけで袋叩きにされる若手社員は可哀想と思われるのに、

同じシチュエーションでも母親に向けられる言葉は世間で定番化しているくらいにすんなり受け入れられてる不思議。』



こういう時にね、たとえば、子供なんて産んだこともない育てたこともないような人、それが女だろうが男だろうがどっちでも、私は産んでみろ、育ててみろ、って言いたくなる。もちろん、産んで育てて、ちゃんとできる人もいるだろうけれど、産んで、育ててみた人は、うまくいかなかった人の気持ちは多少はわかるはずだよなあ。一方的に母親を責めることはしないんじゃないか、と。そりゃね、一番かわいそうなのは死んでしまった子供だよ。でも、殺してしまった母親も憐れだよ。私はそう思うよ。一歩間違えれば私もそうなってた。たとえ虐待されたこともない私であっても、そういう危うさはあったわけだから、恐らくあの母親も子どもの頃に母親から虐待されていたんじゃないかな。祖母も孫を虐待してたみたいだから、容易に想像がつく。虐待の連鎖ってやつだよねえ。それを断ち切るには、母親自身だけじゃどうしようもない。やっぱり第三者が介入すべきだ。難しいとこだけど、どうにかできないもんかなあ。

それと似たような感じで、こちらの記事も。

『こうした事件で一方的に母親を責める人は、自分がどれほど恵まれているのか理解できないだろう、
意識することがないほど、自然に人とのつながりをもてているのだから。』


以前から、私も理解してほしいという気持ちから、虐待をテーマにした小説はいくつか書いていて、そのうち二作品は入賞もして文芸誌にも掲載して頂けた。とにかく、子供を殺してしまう母親のどうしようもない心を、理解できない人に少しでもわかってもらいたいからという一心で。それに、私なんかよりもっと有名な人たちも、そういうのテーマにして発表してるのに、それでも、わからずやの人間どもは多い。どうして母親を責められるのか。どんな人間だって、責めることはできないというのに。「子供がかわいそうだ」を免罪符にしてほしくない。その言葉を言えば、どんなことを言っても自分は正しいんだと思い込んでいる輩が、一番私は酷い人間だと思うよ。理解しようともしない、そんな輩にほんと反吐が出る。



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