あは

2005年08月26日 20:22

Kさん、Eさんにヤなヤツって言われてる。(笑)


Eさん、どーでもいい相手に反論はしないもんだって言ってるから、いかにKさんのこと好きかわかるよねえ。
普通、どーでもいい相手には当たり障りないことしか言わないもんだし。
それだけヤなヤツって言えるってことはどうでもいいとは思ってない相手ってことでしょ。


私はまだまだ言えないや。面と向かってはね。


けれど、何度か言ったことはあるわけで、そのたびに相手も傷つけ、そして自分も傷ついて、もーやだーこんなのーってなったわけで。
それから言わなくなってしまったわけだけど。なかなかコメントとかでは言えないよなあ。
こんなふうに相手が見てるかもしれない場所でぶつぶつつぶやくくらいなんだよね。


でも、コメントで言ってる人がいる。


人って成長するんだよって。
うん、そうだね。
私も本当にアリンコの一歩くらいのトロイ進み具合ではあるけれど、それでもちょっとづつは進歩してるかなあって思うもん。って、自分で自分を褒めてみる、なんてけなげなノイズちゃん。(爆)

ああああ…

2005年08月26日 20:02

2005-08-26


ノルマが~と叫んでおいて。(爆)


うずうず…コメント残したいと思ってたんだけど、やっぱりEさんとこは自分の意見表明を書けないのら。まだまだなノイズちゃんなのら、ごめんね、Eさん、ここにコメント書いちゃって。つーか、Eさん、前の時と同じで気づいてないんだろうなあ。今はここからリンクはってないし。(><)


「~ないん」だけど。


コメントに書かれてある「記事の文末まで読まないと」っていうの、確かにそうだなあと思った。
とくに長文の記事だと途中で「でも~」ってことがあるんだよね。けれど、長いから一応そこで「でもね、私は違うよ」と感想が出てくる。
けれど、最後まで読んでみたら、実は結局は私と考えが一緒だったということもあるんだって、この間気がついたんだよねえ、とある記事を読んだときに。


私は長文の記事は読みながら感想とか反論とか書いていくスタイルなんで、それもあって書き手の意図していない読解をしてしまうことがあるみたいだ。
それをこの間は身を持って実感した。
けれど、そこまで書いた自分の書き物を潰すのは惜しいと思ったので「…と思ったけれど、実はそうではなかった」みたいな書き方で締めくくったわけだけど。


まあ、たんに私が時間がないのがいかんのだけど。


やっぱ、批判というか、「でもね…」ということを書く場合は、一度ざっと読んでみて全体を把握して、それからじっくり一文一文を考察していくのが賢い書き方なんだなあ。
脊髄反射なノイズちゃんは反省したまへ、だ。


けれど、前よりはだいぶよくなったと思う。
ここでは脊髄反射してしまって書いてるところがあるんだけど、私の脊髄反射に対して即反応っていうのがない場所だから、それがいいのかもしれない。
脊髄反射には脊髄反射が反応してしまうってことで、それがたぶん場が荒れる原因の一つでもあるんじゃないかな、と私は思ったよ。


で、結論。


私の意見としては、九つ全てを率先して経験してみたらいいんじゃないかなって。
経験してイヤな目に遭って、それでやめてしまうのならそれまでのもんってことだよ。
イヤな目に遭ってもそれでも続けていく人は確実にいるわけだから、そういう人がこの世界は残ればいいんじゃないかなと。
そういや、いいことをコメントに残してる人いるじゃん。


不快にはならないけれど、愉快にもならないって。


まさにその通りだなあと思ったよ。
辛さ、悲しみを感じる心があるってことは、即ち、喜びや嬉しさも感じる心もあるっていうことと同じかな。と、またまた勝手に解釈してみる。


ということで、まだまだなノイズちゃん、ぶつぶつつぶやいてます。(^^;

好き勝手できる場所

2005年08月24日 09:59

「自分がどうにでもしていい場所」を欲する気持ちが作用していた

自サイトを持つ理由にはそういうこともあるよな。
他人サイトや大手掲示板で好き勝手するより自分のサイトなんだから好き勝手させろやっていうのは理にかなっている、と私は思う。それは昔から私も言うてきたことだ。


確かに、サイト自体も公共の場ではあるんで「それは違う」と言う人はいるだろうけど。実際、私も言われたし。でも一応、自分なりの配慮はしているつもりだから。


これはまあいいわけなんだけど。


以前なら、読んだもので「賛同」やら「異論」やら出た場合は迷わずそちらに書き込みしたし、大手掲示板でも「でもね」と書いたもんだったけど、今はこんなふうに別の場所で書いている。
時には書かれた人が見つける場合もあるだろうし、見つからない場合もあるけれど、どっちかっていうと私の場合は、賛同とか異論とかがメインというわけじゃなくて、「それを読んだこと」によって考えたことや思ったことを思いのままに書くという人なんだよね。
それは昔から変わらない。
だからこそ、書かれた人が「それは違う、そんなつもりじゃなかった」と思うのは当たり前のこと。
だから、それをそのまま感想として先方に書き込むのはただの荒らしでしかないわけだ。
つーことは、やっぱ私の感想のスタイルはこれのほーがいいってことになる。


私の書くものって、結局は対象への感想ではなく、そういえば的な別物のツブヤキともいえるものだからなあ。
人によっては「なんだとごらぁ」になるだろうし「なるほどーそんな考えもあるんだ」となる人も出てくるってことで、やっぱわざわざ「書いたよー」って知らせるものじゃあないよなあって。

裏切り

2005年08月23日 12:07

リアルの人


何をもって裏切りとみなすか、それはその人その人によって違うよね。
それに、私はあなたの、そしてそこに書き込みした人の裏切られたことがいったいどういったものかなんて実感できないわけで。
ああ、あなたの場合はちょっと違うか。
相手があなたのことを「裏切り者」と言うてるわけだし。


私は裏切られたと感じたことが今までに一度もないから裏切られた人の気持ちがわからない。


まあ、そんなこと言うたら、その気持ちを味わわせてやるという人も出てくるかもしれないんでめったなことは言えないんだけど。
そりゃあ、裏切りをまったく感じてないわけじゃなくて、「これって裏切られたってことなのかなあ」と思うことは何度かあったと思うよ。
ただ、相手を激しく憎むほどにならなかったということで、私はそれを裏切りとはみなさない。
つまりは、裏切られたということを忘れられないってことは、その人の心の問題でしかないように私は思うんだ。
それか、相手をあまりにも好きでいすぎて、その相手に手酷い仕打ちをされたと感じたときに「裏切られた、憎い」となるってことだ。
それは、相手を信じていたから、あまりも信じすぎていたからに他ならない。


私は自分自身もだけど、相手を信じたことが今までない。


だからこそ、相手を何度も試してしまうわけだからねえ。
何人かいるよ、私に試され続けている人が。
だからこそ、私は「いつか誰もあなたの傍からいなくなるよ」って捨て台詞を吐かれたこともあるわけだし。


でも、試す私が私なんだ。
それを愚かだと言われても、私はそんな私を受け入れてくれる人をずっとずっと探し求めている。


「あの彼女」もその一人だった。私が切り捨てたあの彼女。


だけど、彼女は決して私を許しはしなかった。
しかたない。それが普通の人の反応だし。
それに、私が彼女にした仕打ちは、本当に「裏切り者」とレッテル貼られてもしかたないことだったもの。
だから、許されたいとは思いつつも、許されてはダメなんだという思いも持っている。


あれから、私は誰ももう裏切らないと心では誓っていたけれど、それでも図らずも裏切ってしまうことはあったと思う。
この間のブログ消したことだって、誰かにとっては「裏切られた」と取られる行為だったしね。
たぶん、誰も誰かを裏切らないで生きていくことは無理なんじゃないかと思う。
だから、いつも「書いた者がどうこうではなく、書かれたものを見た自分がどう思うかが大事だ」って私が言うのもね、ほとんどの人がその人なりの配慮で書いているんだと思うわけで、それを見た誰かが勝手に傷つくわけであるから、私はそういうことを踏まえて「裏切られた」と感じるのも、裏切られた側のその人の度量によるんじゃないかと思ったわけよ。


同じ裏切りが人によっては裏切りとは感じられない人もいる。


そういうことなんじゃないかなあって。


ただ、感じない心もまたいけないことだと思うんだよね。
激しく憎む気持ちもないと、とくに私たちのように書いたもので誰かの心を動かす人間にとってはどんな感情も感じないとリアルに表現できないから。


これがたぶん私の「相反するもの」なんだと思う。


実際、辛いよ。
何にも感じない心がほしいと思うこともあるよ。


「すべてをけせるならこころさえもういらない」

どーじょー

2005年08月21日 14:36

かちかんのおしつけっていうので考えてみたんだけど。
それが自己満足でしかなくても、誰かに「おれとおなじよーにおまえも同情しろや」と言わない限り、別に自己満足しててもいいんではないかと思われ。


そんなとこで死ぬヤツがかわいそうだ。
けれど、これも自分がそう思うだけでヤツはそこで死ぬことをシアワセだと思ってるかもしれない。
つまりは価値観の押し付けだ、と。


彼の言う価値観の押し付けは、別に誰にも押し付けてないと思うんだけどな。


押し付けられたと感じるのは、彼のその発言を読んだ他人だと思うんだけど、感じる人もいれば感じない人もいるわけで。
「何だよ、別にヤツはかわいそうだなんて言われたくないと思うぜ」とか。
「そうか、カワイソウにと思う人もいるんだな」とか。
感じ方は様々。
価値観の押し付けだと思う発言者はそこまで考えることなかろうに。


同情することって、時には偽善として映るんだけどね。
私も同情されたくないと思うこともあるし。
けれど、その人にとって同情することでしか満足感が得られないんだとしたら、それはそれでその人の生き方ってことで気にすることでもないかなあって。
同情したければすればいい。
したくなければしなければいい。
あなたの思う通りに動けばいい。
誰もあなたを規制するものはいないんだよ。


そんな感じかにゃ?

書けばいい

2005年08月20日 18:59

私だって当時はあなたのようだった。
そして、書いて書いて書きまくったよ。
でも、それは気持ちを整理するというてんで、どんなにくだらないことでも、そして、どんなに他人にとって「なんて悲劇のヒロインぶってるんだ」って思われても、必要な儀式のようなものだったんだ。
いつか乗り越えられる、絶対いつか乗り越えられる、乗り越えられないのなら引きずられて自分も命を絶ってただろうしね。
ただそれだけのこと。
それで乗り越えられなくて最悪なことになったとしても、それは私が自分で選んだことなんだから誰にもそれを責められたくないなと思うし。
けれど、私にゃ家族がいるわけだから、その家族に対しての責任はきちんと果たさなくちゃならなかった。
その責任はとりあえず「生きること」だったってわけで。
で、今時が過ぎて、いつのまにか乗り越えてたわけだ。
それは人の死やペットの死だけでなく、友達との仲違いでもそう。同じ事なんだよねえ。
時が解決してくれるって本当だなあって思う。
だから、考えないのも動かないのも書くのも書かないのも今のあなたの心のままにすればいいんだと思うな、私はね。
そして、私が思うに、あなたは書くことがいいんじゃないかなあって思うよ。

青空2

2005年08月19日 13:08

空を見上げる


あの時はもうすでに「青空」は見えてたよ。
見えてなかったのはもっとずっと前。
彼にどっぷり浸って何もかも忘れようとしていたあの頃。


私の目の前には深淵の暗闇しか見えてなかった。


必死になって上を見上げて「青空」探したけれどね。
みんなも必死になって「青空」を指し示してくれてたけどね。
でも結局は見えてなかったんだ。
見えてるつもりになってたけれど。


ただ、私の場合はおかげさんで様々な創作物が生まれたよ。
「青空」をなくす前のぜっこーちょーなときも創作物は溢れていたけれど。
だけど、それとはまた別の創作物が生まれた。


彼の描くようなよりダークで激しい世界がね。
それに惹かれて寄ってきた人たちも当時いたけれど。
再び私が「青空」を掴んだら、その人たちは離れていってしまった。
いや、違うか。
私が放したのかも。


今の私は「暗闇」と「青空」をバランスよく扱えると思っている。


ああ、そんな話じゃなかった。(笑)


今の私なら、なくしたものはほっとけって言うかなあ。(爆)
なくしちゃった。
しょーがないね。
新しくまた「青空」見つけよっか。


時には執着することも大切だけど。
でも執着を捨てるのも大事だと思う。
そのおかげで私は今の「青空」を手に入れたし。


いつか「青空」を掴んでみせるというその意思が、青空を実際に掴めるんだと思うよ。
やっぱり自分の気持ち次第なんだよ、すべては。

青空

2005年08月19日 00:53

青空


また戻ってきた。(笑)


私の見ている青空も、私が作り出した青空だよ。
他の人には見えないけれどね。
でも私には見えるんだ。
その青空は誰にでも作り出せるし見えるものなんだけどね。
見えないと嘆く人はいるけれど。
自分の気持ち次第で見えるのにな。


私も一時期見えなかったときあったけどね。
でもまた見えるようになった。
だから、絶対、滝澤さんにも見えるようになるはず。


って、コメント残したけれど。


青空だけじゃない。
幸せも一緒。
私の周りにはどうしても叶わない想いとか、どうしようもない状況とかを抱えている人が多いけれど。
それを慰めたり励ましたり、昔は言葉の限りを尽くして相手に接してきた私だった。
だけど、相手の多くはどんなに慰めても励ましてもどうしても「青空」や「幸せ」が見えてこない。
それはまあ私もその一人ではあったんだけどね。


だけど、いつしか私は「自分だけの青空」を持つようになった。


けれど、それをどうやって手に入れたのかは話せない。
人によっては「その青空」は「青空」とは見えないはずだから。
自分で掴み取った「青空」だから、やっと青空を青空として見れるようになったわけだから。
自分で見えるようになるしかないんだよ。


とても抽象的にしか言えなくてごめんだけど、ね。


さあ、今度こそ寝るよ。
おやすみ。

よっぱでぇす

2005年08月16日 21:23

いやまあだからって見逃してとゆーわけではないですけど。


さいとのしを読んだ。


うらぎりうらぎりとゆーけれどうらぎりと感じなければうらぎられてないわけであるからしてうらぎりをうらぎりとかんじないココロをつくりたまへと私ならおもふが。


かってにかいてかってにさらしておいてうらぎるなーというならばかってによんでおいてかってにうらぎったなーとはなんたることぞとわたしならおもふが。


これはもう価値観とか考え方の違いだけに過ぎないよね。
好きになるのも勝手だし。だって相手は別に好きになってもらいたいと思ってないかもしれないし。
好きになったとしても歓迎されるわけでもないし。
私なんて何度好きになっても拒絶されて、相手は私から嫌われるためにトドメを何度刺してきたことか。(/_;)


正しいことなんてこの世には一つだってないんだよ。
あるいはすべては正しいことだと言えるんだよ。
だから自分が正しくないことされたからと言って「こうしてほしい」とは言ってもらいたくないなと私は思うけれど。
まあ、だからといって、言うなとも私は言えない。
ただ不快に思うだけで、誰かにとっては「そうか、そう思う人もいるんだな、だったら頑張って閉鎖せずに頑張ろう」と思うことだってあるわけだし。


ただ、その人が「閉鎖してほしくないのだ」と思ってたとしても、その逆に「閉鎖しろー、もう書くなー」と思っている人も必ず一人はいるんだということは考えてみてくれっち。
見たい人にも権利はあるだろうけれど見たくない人にも権利はあったりして。どっちの主張も結局は相手のことを思ってではなくって、自分の気持ちが一番ってことでしょ。だって読みたい、残して、消すなって…そりゃあ自分のことしか考えてないってことじゃん。相手の気持ちはどうでもいいこと、読みたくないほかの人のこともどうでもいいことだもん、極端に言えば、ね。
まあ「だったら見るなよ」ということでもあるんだけど、そこまで言うたらめびうす~の輪~になっちゃうよねえ。


つまりは、自分の信念で閉鎖するも閉鎖しないも決めりゃーいーこった。とどのつまりはそういうことじゃん。考えても話し合っても結局はそういうことなんだな。
だけど、私はやっぱり「裏切られた」という気持ちは味わったことがないので理解できん。まあそれでもウェブ上でのことに限りではあるけれど。
私なら文章に限りはまた新しい好きなのを探すけどな。
残念ではあるけれど、相手の気持ちを尊重して、次の恋しい文章を探すぞーって。
これが人に対してだとちと違うかもしれんが。(^^;
過去にどうしても忘れることができなくてドロ沼状態になったことあるしー。「私のことは忘れて新しい人と幸せに」って言われたのに、どうしてもその人ともう一度繋がりたくてしつこくしたっていうことが。


そういうの、めちゃ嫌われますから。


お気をつけて。(って、話ずれまくってますなー)

アノコロノワタシハ

2005年08月16日 15:10

2004-06-16 21:40:32


誰に告白するか、が気になるわけではなかった。
誰かに告白するというその行為自体が恥ずかしくて恥ずかしくてしかたないことだった。


確かに彼女が私と同じ気持ちだったかはわからない。


私だけかもしれないけれどね。
でも中学の頃ってそういう人もけっこう多くいたと思うよ。


にしても、その男子生徒を選んだというのも、その男子生徒も苛められていた可能性あるよなあ。
だって、罰ゲームで選ぶような男子生徒なら、やっぱり誰からも嫌われている人を選ぶもんでしょ。
ということは、本人も「やっぱりな」と思ったかもしれない。
だから、事実を知ったからどうなる以前に、すでに苛めのトラウマはできあがっているかもなあって。


まあこれも想像でしかないけれど。
そんなふうに思った、私は。

私もきっと大丈夫

2005年08月16日 13:49

以前の私は「数行書いては消し、書いては消し」なんてことはなかった。
いつでも自分が書いたものは誰かに読んでもらわないと気がすまなくて。
だけど、最近では、どこのブログでもそういうことがある。


書いては消し。


かなり頑張って考えて書いた部分、何行にも渡って書いた部分でさえも消してしまったり。
それはこの間消してしまったブログがピークだったのかもしれない。
今までの消した文章は、確かにちょっと問題はあったからそれほど未練はないけれど、あのブログは明らかに自分でももったいないと思ってた記事もあったわけで、だから今では後悔してはいるんだけどね。


ただ、yしゃんが言うてたように、それを糧にして次を頑張ればいいわけだ。後悔してもなんにしても、もうないわけだからあの記事たちは。


今はとくにSさんに対して申し訳なかったなあと思ってる。
彼女にもらったいろんな言葉を消してしまったわけだから。
あのレスだけでも保存しておくべきだったなって。


実をいうと、私も私なりに今が一番精神的にヤバイときだから、こんなふうに見守っててくれる人がいるのはとても嬉しい。
他の場所でも見守っててくれる人はいるわけだし。


うん、私も大丈夫。

Σ( ̄▽ ̄;

2005年08月16日 13:39

2004-06-01 22:10:32


やっやられたしっ!(爆)
先を越されてた。
つーか、過去を越された?( ̄▽ ̄)


いやー誰かさんみたいなことする人だにゃ~。(誰だよっそれっ)


あい、がんばって読破いたしまする。<(_ _)>


----------------------


エントリ残してくれててありがとう♪

うそ…

2005年08月15日 21:10

絶対に気付いてると思ってた。>Eさん。
そうなんだ、気づいてなかったんだ。
だとしたら、やっぱり私は早まったことしてしまったんだなあ。
でもまあ、なくなってしまったものはしょうがない。
つーか、なんというか、私も自分の書いた物が消えることってすごく惜しくて惜しくてしかたなくなる人ではあったんだよね。


ただ、そういう書いた物に執着するという行為がまた誰かにとって「そこまで惜しんでどうする」と思われてしまう場合もあるわけで。
昔の友達のある人は、書かれたものにまったく執着をしない人だったんだよね。
しょせんは日記、そんなものに執着してどうするって。
それが頭に残っていたというのもあって、私はログを取らないただの書き捨ての日記をやってみようと思ったわけで。
まあ、正直な気持ち、途中からログ残したい病が出てきてはいたんだけど、あそこまで記事が膨れ上がってしまうとそれもなかなかできないわけで。
そんなことしてるヒマがあるならいっこでも他の人のブログ読んで感想書きたかったわけだから。


つーか、みなさんが「元気にやってればいいなあ」と言うてくれるのはいいけれど「彼女」はもういませんから。今はノイズちゃんですから。
ノイズちゃんは「彼女」とは違いますから。まあ、これもEさんの言うようなちきんやろうになる可能性は無きにしも非ずではあるんだけどね。(ダメじゃん)

その気持ち

2005年08月15日 14:06

嫁であれば共感できる話だよね。
お盆に限らず正月とかそういう年中行事のときの場合。
昔ならリンクはって書くところだけど、今は書けないよなあ。
共感の書き込みもできない。
リアルの知り合いも読んでるから。

うん、そう

2005年08月15日 11:14

2005-08-07


確かに控えめげんきゅーではない。
積極的に見て見て~と相手側に働きかけてはいなかったけれど、書いてる相手には読んでもらいたいとは思ってた。
だからリンクリストに入れてそこから飛んではいたわけだし。
だけど、書かれているものが相手にとって「なんだつまんねー」と思われるのがイヤだったから、見つけて接触してもらいたいなあと思ってたというところかな。接触してくれるってことは、それだけその人の心を動かしたってことだもの。いいも悪いも。


ただ、あのブログに書かれていたことはメモ以外は本当にチラシの裏にでも書いておくことだよなあという類のものだった。メモは後に日記で言及して書くつもりのものもあったから。
ほんとはそんなものでもログ魔の私にとってはとっておきたいものではあったんだけど、なにせ1000近くにまで膨れ上がってしまってて、保存するのに「もういいや」って思い始めてて。
いくつかはもったいなかったなとは思ったけどね。あそこまで語るはずじゃなかったんだけど、途中から接触してくれた人たちのおかげでつい力入れて書くようになってしまって。


だから、ノイズブログはコピペで保存することにした、たとえツブヤキにしか過ぎなくても。


まったく…バックアップが文字化け起してて、意外と使えんかったなーとは思ってるけれど。(--;
ここにした理由はログ保存ができるからだったのに。


削除の理由はEさんのことやKさんのことを「バカにした」と第三者に言われたことで動揺して。
まったく…まーくんのゆーとーりで、私が動揺するとロクなことにならないね。
もうちょっとよく考えてから行動すればよかったと今は反省ノイズちゃんではある。
脊髄反射はしないようにって肝に銘じてたはずだったんだけど。


ただ、ひとつ言わせてもらえるなら、私の書いたものに対して、記事を書く上で費やした時間や労力まで心配してもらうのも大きなお世話だよなあって。私にとって確かに自分の書いたものすべてには愛情持ってはいるけれど、とにかく吐き捨てて書いたものに他人が嫌悪するならまだしも残念がられるっていうのも不本意かもしれない。
いや、まあ単純に嬉しいことではあるんだけど、ほら、私って天邪鬼だからさ。って、誰も知らないって?(^^;


自分を戒めて書いている事がら、たとえば「私は絵がヘタだ」とか「文章めちゃくちゃだ」とか、そういうのを書いてる人に対して「そんなことないよ、私は好きだよ、ヘタなんかじゃないよ、頑張って、やめる必要なんかないよ」と私は言ってきた。そのせいでトラブルばっかり引き起こしたわけなんだけど。
褒めたつもりなのに、それが相手にとって苦痛な言葉にしかならない場合もある。
つまり、時と場合によってはスルーしてやるのも愛情なんだっていうのを私は今までのトラブルで学んだんだ。


スルーできない人もいる。
それはわかってる。
だからスルーしない人を責めるつもりはない。
ただ吐き出したいだけ、読んでもらうだけでいい。
何も言わないでほしい。
わかるよとも、それは違うよとも、何も言わずに見ててくれるだけで。


私はスルーできない人でもあった。
だけど今はスルーすることも覚えた。
何が正しいかなんて誰にも決められない。
そして、誰も決め付けちゃダメなんだ。


だけど、そうやって私のことについてみんなが話しているのを聞いてると、嬉しい気持ちと自己嫌悪の気持ちが複雑に入り乱れて、ブログを消したことも激しく後悔してしまう。ワガママだってわかっててもね。
私はどうしてこうも自分に自信が持てないんだろうかって。自信があれば消すなんてことないと思うんだ。消すってことは、まだ私は自分に自信が持てないってことの証拠だから、私はまだトラウマから立ち直れてないってことだ。
今度は消さないように頑張りたいと思うけれど。


てか、何言ってるか自分でもわからなくなってきた。
でもま、いっか。

言わなくてもいいから

2005年08月14日 22:39

私は「ノイズちゃんは悪い子じゃないんだよ。仲良くしてあげてよ」と言われたいとは思わない。
私は悪い子だと自分では思ってるから。
そうじゃない。
悪い子だってわかってても、それでも傍にいてくれる、そんな人がいい。
私を信じなくていい。
信じなくていいから傍にいてほしい。
私のしたことを許してほしい。

ストカなノイズ

2005年08月14日 16:32

とーとーEさんのあの記事にSさんぱいさんまでも書き込みはじめてしまったか。
嬉しさ半分、複雑な気分半分。(^^;


Kさん、Sさん、ぱいさんのお三方は本当によく私のことを理解してくださってる。
だからSさんは書き込みしてくださってたわけだから。
Eさんに片思いだって。(///▽///)
まあ、実の所、あながち違うとも言い切れない。
だからこそ、Eさんのブログも完読したわけだし。
たとえ考え方というか立ち居地で少しだけズレがあったとしても、私は好きとなったら好きなんだからさ。
嫌いなとこなんか私ゃ注目しないもんね。
無視だよ、無視。
好きだからこそ取り上げる、それが私のスタンス。
そこのところ、Sさんはよく見てる。
私の言いたいこと、私の伝えたいことをよくわかってる。


私は追いかけるのが好き。
追いかけられるのはちょっと…って人なんだよね。


つーか、ここのログもまた増えてきたなあ。
ログ保存そろそろしなくちゃ。
さあて、また出かけてこなくちゃ。盆はいそがしいいそがしー。

てんぷれの素材について考えた

2005年08月13日 11:39

他のブログサービスはこのさい置いておいて。
ここえふしーつーで考えてみた。
共有テンプレートの素材のことをふっと考えてみたんだな。
それぞれの共有テンプレは、公式か共有かのテンプレを元にして自分で作成したのをオリジナルとして登録してるわけだ。
その登録したテンプレで使われている素材のファイルはいったいどこにあるかを考えてしまったわけ。
自分で作成したテンプレなら、それで使った素材は自分のブログ内にあるわけだよね。
で、そのテンプレをそのまま改変せずに他の人も使うとなると、素材は結局は使ってる人のブログ内ではなく、もともと作成した人のブログ内にあるんじゃないかなあって。


たとえば、私が今使わせてもらっているこのワンコのテンプレのワンコの画像はURLが私のブログ内ではなくテンプレ製作者のURLだった。(現在では使っていないけれど)
もちろん、私のブログ内にある写真ではないことになる。
これがね、この写真の持ち主がこのテンプレを作った本人のであれば、その人が承知していれば問題はないんだろうけど、素材屋さんの写真だったとしたら問題があるんじゃないのかなあ。


最近、素材屋さんがブログでの素材を禁止する傾向があるんだけど、最初よく意味がわからなかったのよ。
だけど、他のブログサービスはよくわからないんだけど、今回このえふしーつーで、テンプレを素材入れ替えて自分で作成してみてわかったことなんだけど、そりゃあ素材の規約である「自分のサーバー内にUPして使ってください」を破っているということになるよね、この共用テンプレって。


ようするに、共用テンプレをDLしたら、素材を素材屋さんから自分がDLして自分のブログ内にUPし、素材URLを自分で変更しなくちゃ、いくらブログで素材屋さんへのリンクをはっても規約違反になってしまうってことなんだよ。
そこらへん、きっとわかってない人たちがほとんどなんだろうな。
まあ、このテンプレの修正ってけっこう難しいから、初心者にわかれっていうのが無理な話なんだけど。
つーか、私だって素材屋さんがブログで使用するのを嫌っている理由が、今やっとこさ理解できたわけだからねえ。


初心者が公式テンプレをそのまま使うのは問題はない。
けれど、それをもとにして素材屋さんの素材で改変したテンプレは、その素材の在り処を自分のところに置いて素材URLを修正して使用しないと、このままでいくとえふしーつーでも素材使用禁止になってしまいかねないよなあ。


なんとことをマジメに考えてしまったけれど。
ほんというとね、できればえふしーつー内でUPしてあって、表示されているそれぞれのブログで素材屋さんへのリンクをはってあればOKという形にしてほしいんだよね。
テンプレのことはほんっと難しいんだもん。
まあ、素材の表示方法くらいは私でもわかるんで、それがわからないなんてちょっとなーネットする資格あるのかなーなんて辛口なこと言うてしまうけれどねえ。そこまでガチガチに規制したくない気がするんだけど。
これも、私が素材提供している側じゃないから言うことであって、創作者である素材屋さんにとっては頭イタイことなんだろうな。

ううむ

2005年08月13日 08:22

確か彼の書いてた一言じゃなかったっけ?
いや、別の知らない人だったのかにゃ?
なんだかなーやっぱ一言の書き捨てだと、相手の真意って汲み取れないものなのかも。
それは私も同じことだった。
Eさんのことをあーだこーだと言えないよなあ。反省しなくちゃ。


確信犯でバカにしてたつもりないのにな。
だってバカにしてた人にバカって言われたのなら私もそのまま書き続けてたと思うもの。
バカにしてない人にバカにされたと思ったから、だから動揺してしまって消しちゃったんだもん。
それも私の勘違いからきたものだったらしいし。
まあでもいいや。
もう消してしまったわけだし。
つーか、EさんもKさんも私のぶろぐが消されたことは知ってるはず。
わざわざそんなこと書かなくいてもいいじゃん。
結局は他の人は私に対してどう感じたのかわからないや。
Eさんの私への言及エントリには結局関係者しか書き込みしてないし。

実はね

2005年08月10日 00:17

Eさんの書くもので一番好きなのは、ブログ論以外の記事だったりする。(爆)


あの人(誰?)の書くもので過去の恋愛物じゃなく、日記についてとか、あくせすについてとか、日記を書く上での苦悩が読みたいのとは逆パターンなんだよなあ。


まあ、ブログ論と日記論ではちと違うのかもしれんが。


Eさんが自分の好きなものを語っているのが好きなんだよなあ。
そういうのにホントは反応示したかったけれど、まあ、私ではついていけない話題もあったりして。相方ならついていけるんだろうとは思うけど。

不本意

2005年08月07日 20:14

あう…どうしてそうなってしまったんだ?
私は彼のことも彼の記事も馬鹿だなんて言っていない。
記事で取り上げられていたは発言をする人を馬鹿と言ったんだけど。
まあ、どう書いたとしても真意が伝わらないこともあるし。
しかも、あれだけの短い吐き捨てみたいな書き方では、そんなふうに取られてもしかたないかも。
でも、ここで私は沈黙しないと、私は壊れてしまう。
だけどなあ、彼に賛同したつもりだったのに、批判したと思われているとは。
それは不本意だけどなあ。

アレが落ちた日

2005年08月07日 07:43

アレが落ちなかったら自分はここにいないかもしれないと?
確かにそうかもしれない。
でも、私ならそれでもよかったなと思うことはある。
最初から自分が存在しなかったことは怖いことではないと。
そんなことどうでもいいやと思える今、私は幸せなのだろうか?
アレが落ちたおかげで今の私はここにいる。
幸せだろうけれど、今の私は生まれてこなければよかったと思っている。
自分が死ぬ時を経験したくない。
でも死は必ずやってくる。
意識があってほしいという気持ちと意識なんかなくなっててほしいという気持ちの狭間で毎日その時がくるのを恐怖に思いつつ生きている。
[アレが落ちた日]の続きを読む