やっぱり読みたいので

2006年01月30日 21:41

らいぶどあの記事、削除されてないみたいだから、何とかURLさかのぼって読んでいこうと思う。ほんとは古いのから読みたいんだけど、URLの関連性がよくわかんないんで。探すのたいへんっぽいけど、それでも読みたいと思うから。とりあえず、風呂入ってくる。つか、そのまま寝てしまう場合あり。(爆)どうも喉が痛いっぽいから風邪かもしんない。(--;


ここが始まり。

やべぇ

2006年01月30日 08:05

私がどれくらいひねくれてるかの証拠だね。(爆)


「この人が書くから読みにくい」


と読めてしまった。( ̄▽ ̄;)


考えてみたら、そんな意地悪な記事書く人じゃないと思うし、そんなのブクマするよーなKしゃんじゃないよねえ。ああ、やっぱりノイズちんは腐りきっとる。いかんいかんはんせーせねばねば。(--;


つーか、もっとちゃんと書かれたもの見れや。それだから質の低い読者って言われるんだよっ!>ノイズちんorz

おりばついすと

2006年01月28日 07:57

抑圧された環境や思いが文学へと昇華されるというなら抑圧されなくなった労働者たちは文学など手放してしまうんだろうな、と思った。
でも、まったく抑圧されない状況なんて生まれては来ないんだから、そういうプロレタリア文学が消滅することはないんだろう。だからその原作がまた映画化されるということは至極もっともなことで。
小林多喜二のあの小説で私は感想文を書き、それはなかなかの好評だった、当時の大人たちの間では。返す返すも原稿を紛失してしまったことは残念だ。って、また読んで書けばいいんだけどね。(笑)
そういう文学が好きというわけじゃない。ただ「抑圧された」というキーワードはどんなジャンルでもあてはまるんだと思う。満足な思いからは力は生まれない。抑圧されて虐げられるからこそ力は生まれる。そこでは弱者は消えていくだけで強い者だけが何とかしようと立ち上がるから。それが人間の持つ本当の強さだと私は思うよ。人間とはそうあるべきだって。

みんなそうだから

2006年01月27日 08:03

心が広い人なんてどこにもいないと思うよ、キミだけじゃないと思う。心が狭いから、心が広くなろうと努力するんだから、さ。広くなろうと努力すればいいんじゃない?


結局、私は誰かを不快にさせないものを書くことは無理なんだって気付いたから。だから、こうやって分けて書くことにしたんだもの。私が知らない存在には、私が何を書けば不快になるのかなんてわからないわけだからそういう人たちに対してまで配慮することは馬鹿馬鹿しいしね。
だけど、私が知っている人は、こういうことを書けば不快に思うかもしれないというものは何となくわかるものなので、ひとつの場所ですべてを見せないようにすることで、最低限の配慮はできると思う。もちろん、それで完全に配慮できるわけではないんだけど。いくら知ってる人とはいえ、思わぬ言葉で傷ついたと言ってきた人もいたし。そのたびに「想像力があればわかったはずだ」と非難されればね、そうか、私ってそんなに非常識な人間なんだなあと思ったものだったし。

あらら

2006年01月23日 23:59

これ読んだんだけど。


まあ、人それぞれなんだからさ。たぶん、私自身は、有名云々とか書く仕事をなんてことを考えないで書くほうが、けっこういいもの書けたりするんじゃないかなあと思う。
だってさ、読者を気にして書いてる本家の書き物は、なんか自由気ままに書けないんだもん。
で、ここでの私はほんと好き勝手に書いてるよねえ、しかも半端な記事数じゃないし。短い文章とはいえ。だってさ、いろいろ殴り書きたいんだもん。
けっこう本家よりもこっちのほーが読みやすいって言ってくれる人もいるしね。


だから、私の書く動機は「ただ書きたい」それだけなんじゃないかと思う。あとストレス発散。仕事の辛さを癒す手段。そんなとこかな。

ふくすー

2006年01月21日 08:38

本当の願いはひとつのブログですべてを見せるってことなんだけどね。


めいんにげんきゅーはさぶではよくあることだと思うけど? まあ、それは私だけかもね。私ならワケわかんないのはスルー。読むのがタイヘンだなんて思ったこともない。

いちぶはすべて

2006年01月20日 09:14

おお、よいことを言う。(笑)


「一部だけで判断するな」と言う前に、その「一部」にこそ気をつけるべきなのですよね。

元ネタ(リンクはあちらにあり)、それって私も昔よく書いてたよなあ。けど、こうやって別の人が書いてるのを見ると、この人の言うとおりで「正論だ」としか言えないし、ちょっとまて違うぞっていう思いまで出てくるから不思議だ。


確かに、バカなこと書いてるからバカとは限らないというのには「もっともだ」とは思う。賢い人間はバカを演じることは造作もないことだし。


けれど、その逆はありえないよね?


バカは賢いテキスト書けるかといったら、やっぱバカはバカで書けないんだよねえ。私みたいに、さ。わかる人には、賢そうなテキストが実はほころびだらけだってことは一目瞭然だろうと思うし。だから、私は私のエッセイブログを読んで「賢い人だ」と言ってきた人に対して「見る目のない人」というレッテルを貼ったりしている。やーほんとヤなヤツだよねえ、私って。(^^;


でさ、外道なテキストを書いてる人が実は紳士的であるっていうの、それってヘンじゃない?とは思わないのかな。
本当に紳士的な人が、そんな外道なテキストを書くのか? それあり得んでしょ。外道なテキスト書くこと自体がすでに紳士的とは言えないわけで。ということは、結局はリアルで紳士的な人だと見られている人の実態はくされ外道ってことなんだと思うんだけどねえ。そうは誰も思わないのかしら? それって私だけ?


だから、私自身も、自分が優しくないってわかってるし、けれど優しい面もあるし、とにかくウェブ上で見せている自分は間違いなくすべて自分の中に内包されていると思ってるよ。すべての顔が私である、と。だから「それは違う」とは言わない。昔はそれがわかってなかったから、「あなたは優しい」と言われたら「それは違う」と言ったけれど、今は「あなたがそう言うのならそれも私の中にあるんでしょう」と言うだろうね。

2006年01月16日 21:35

昔言われたことがある。質の悪い読者だと。私は自分に自信がない。だから、反論できずに結局は捨て台詞みたいな「どーせ私は質が悪い読者だよ」と言ったものだった。読者として質が悪いということは、管理人としても質は悪いとも言える。だからトラブルが絶えない。いい大人がそんなこともわからないのかとも言われたしね。私は誰に対しても有害にしかならない存在なんだろうな。


こんなネガティヴモードになるのには理由がある。他人にゃ知っちゃこっちゃないことだけど、仕事で二度あることは三度ある的なミスをやらかした。なんでかなあ、なんで忘れるかなあ。たった二日前にやっちまったことじゃん。おめーはバカか? そんなことも覚えてられないのか? 二度でも「バカか」と思ってたのに三度だよ? 他にもいろいろあったし。よくこんなバカで生きてられるなあって思う。バカは死ななきゃなおらないっつーけど、きっと私は死んでもなおらないだろうな。


そんな時にその言葉はキツイよ。カンベンしてくれよ。でもそんなこと発した相手には知ったこっちゃないよねえ。でも、私は相手に質を求めるのは好かん。質かよ。質なのかよ。質で決めるのかよ。けど、質なんだよ。質で決まるんだよ。私は質が悪いからバカなんだ。覚えられないんだ。なにくそってなれないんだ。だから覚えられないんだ。質が悪いのは消えてしまえ。生きてる価値もない。


私に価値なんてない。

ごめんなさいね

2006年01月15日 20:30

私が痛い人間でなければ、私が空気の読めない人間でなければ、他人のブログの過去記事にコメント残して過去記事の活性化することもできるかもしれないのにね。でも、私はもう過去記事にコメントはつけられない。ほんっとわからないんだもの。どうすれば相手の機嫌を損ねないカキコができるのか、ほんっとわかんない。そんな私はどんなことを私がしても言っても許してくれる人にしかコメントはできない。なんかもういろんなことがどうでもよくなってきた。そう思ったら、逆に好き勝手にどこにでもカキコして相手が腹立ててもどうでもいいやって……無理だな、そんな元気ないや。

で、思ったこと

2006年01月14日 11:33

人間観察が自分にあるとは思えないわけではあるけれど、でもあえて言ってみる。今まで読んできた中で思ったことは、Lしゃんが私をリンクするのは興味があるからではないような気がする。で、私が先にリンクしたからなら納得という結論が。それはまあKしゃんにも言えることなんだけどね。


これが的を射てなくてもいい。私がそう感じるってことが私にとっては大事だから。やっぱ私は自分に自信はない。こういう人たちが興味を持つ人間ではないと私は私をそう判断しているってことで。でもさ、Eしゃんの場合は別。Eしゃんは私に興味持ってくれても何となく納得。なんでそう思うかはわかんないけれど。(^^;


さて、ご飯食べて仕事いこっと。σ(..)ヾ

はまっていく

2006年01月13日 21:24

彼女のブログを開いたとたん、私の作成したカノンが流れた。
心臓が止まるかと思った。(笑)
こんなふうに私は相手にどんどんはまっていく。
予想もしないことをやらかしてくれる人たちに。
私を驚かせたり、私を楽しませてくれたり、私を泣かせてくれたり、私に考えさせてくれたり。
とにかく、私なんかによくしてくれようとする人たちに私はどんどんはまっていって。


ああ、昔に戻ったみたいだ。
彼女たちと一緒に楽しく語らった、まるで彼女たちが戻ってきたように。
ただ、その人たちは今はもう私の傍にいない。
代わりに新しい人たちが私を囲んでいる。
それでもまた同じように交流は続き。
それでも表立ってはもう喜びは表現できない。
そう、彼の言ったように、私の言霊には力があるから。
いいも悪いも、相手の心を操作してしまうような文章を書いてしまうから。


でも、涙が出たよ。
自分の作ったものなのにね。
ここで流れているカノンと同じファイル。
あちこちで流れてて私は嬉しい。
相方には「なんて軽いんだ」と言われちゃったけど。(--;

死んでもとるもんか

2006年01月11日 21:00

はてなのあいでぃなんて!…死んでも、なんて大げさだったかにゃ?(笑)

つまらない、かー

2006年01月11日 09:09

きっと私のもつまらないんだろうな。まあいいけど。それで。ただの自己満足だしぃ。←これがいかんのかそうなのか。orz


読みにくいのにそれでも読んでくれる人、そういう人が一番自分を好きになってくれる気がするから。だからこれからも読みにくいもの書いていくよ。万人に迎合なんてするもんか。

人種の違いかー

2006年01月07日 20:24

2006-01-06


コメントの「わからない」という言葉を見て思った。確かに私も「言及」の意味はわかってなかった。
ただ、ブログ以前から、私は読んだもので感想というか思ったことを日記で書くのが好きで書いてたわけで、それが言及というのかどうかはわからないけれど、これを読んだからこんなのを書いたということで元記事は読んでもらいたいという気持ちは自然と出てきたよ。だから文中でリンクはるのは誰に教えられなくても当たり前だと思ってたしね。
だから、それを想像もできない人がいるっていうこと自体が私には理解できなかった。けれど、人種が違うのならそうだよなあと思った。これって、外国人同士の慣習の違いとか常識の違いと同じことなんだなあって。
だとすれば、言及リンクについて想像もできない人がいてもおかしくないよなあ。


とすれば、Eしゃんたちのやってることは無意味なことじゃないね。
ただ、私は親切じゃないんで、とてもじゃないけれど啓蒙っぽいことはできないや。

あはは

2006年01月07日 08:13

これ読んで思わず「バーチャル妹」と読んでしまった。orz