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ありがとう

2006年06月21日 07:23

昔「ありがとうって言葉は本当に良いものだね」と言った人がいる。
さんきゅーが飛び交うのがいいねって言った人もいたしね。


私も「ありがとう」がある人に言えたら素直になれそうなんだけどな。
「私と巡り会ってくれてありがとう」って。
なかなか言えないんだけどね。
いつか本当に言えたらいいなあ。


ね?

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教えてください

2006年06月20日 07:52

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難儀な性格

2006年06月19日 08:10



どうにもこうにも息苦しいので吐き出してみる。


そんなことを言うくらいなら傷付いても傷付いても求めればいいって言いたくなっては、その言葉は私自身にも返ってくる言葉なんで言えない。


結局、何も語らなくなるかもしれないという恐れから何も言えないんだ。
今の私がそうであるように。
突っ込みを入れられたら消えてしまう、そんな感じ。


私に語らせたいならそっとしとけって……それはただのワガママでしかない。そんなことは私もわかってる。で、どうしようもないよ、これが私だから、と。


ふざけんな。
そんなの「本当の綴りたい」じゃない。
そんなの違うよ。違うたったら違う。絶対認めない。
彼が言ってた。そして某女史だって。


変わりたいと思うなら絶対変われるって。
変わらないのは、それは変わりたくないからだって。
悩みを解決したいなんて思ってなく、ただ悩みたいだけなんだよおまえはって。


何だか、今ものすごく彼とリアルで話してみたい気持ち。
こんな私をガツンとしてほしい。
「くだらねーこと言ってんじゃねーよ」とか。
けれど、もし彼があれに書かれていたように本当にネガティヴな人間だったとしたら、本当に私と似たようなところがあるとしたら、似てるヤツには声はかけずにずっとそばで様子を見てるというのなら、どうだろう、話さないほうがいいのかな。
でも、この疑問こそ「くだらねー」とか思われちゃいそうだ。「ぶつかってこいよ」的な発言も見たことあるしなあ。


ぐだぐだ考えてるだけ愚かしいことかも。でもま、それだけ大好きってことですわ。拒絶されるのが怖いからぶつかれない。そゆーこと。


難儀な性格じゃ。(;´Д`)


どっちもどっち

2006年06月19日 06:53



私は彼女ほどの文章能力はないんだけど、それでも昔、書いたもので誰かは誤読とまではいかなくても冷静でいられなくなったということもあった。


故に「あなたの書いたものは脅威を与える」と言われた。


特定の人にとっては深く傷つけられるらしい。別に、それだから文章力があるとはいえないんだけどね。ただ、物書きとしては、誰かを癒すものを書くだけじゃダメなんだっていう思いがないわけじゃない。傷つけるものだって泣かせるものだって怖がらせるものだって笑わせるものだって書けなくちゃダメなんだっていう思いは持っているもの。


前にホラーもどきを書いてたときに、読者の一人が「めちゃくちゃ怖い」と評してくれたけれど、今まで見てきた読んできたものの焼き直しでしかなかったそれだったとしても、それでもそういう感想がもらえたことは嬉しかった。私の書いた言葉で笑ってくれる人もいたし、泣いた人もいたし。そうだとしたら、怒ってしまう人や悲しむ人や傷つく人だっていなくちゃいけないだろうし、そういう人がいないっていうのは物書きとしてどうなんだろうって思ってしまうから。


つーか、どんなに丁寧な口調で書いたとしても、罵倒口調となんら変わりはないんだよね。言いたくないけれど、どうしても思わざるを得ない。やっぱりどっちもどっちだなあって。それは私にも言えること。「不快になるものを書くなって言うならあなたも書くな」発言と同じってことだよなあ。


それを踏まえた上での感想としては、どっちもどっちではあるけれど、彼女のほうがうわてだなあってこと。私にはそう見える。


2006-06-17

ネットしたいなら強くなれ

2006年06月18日 11:03



煩悩是道場 - 揉め事と言論の自由


はてぶーのコメントでは書き切れない。よってコチラに書く。


私に限りだけど、ひとつの場所では書けなくなった。脊髄反射的なものはココで、じっくり書くのは他でっていう感じかな。


私としては、やっぱ言論の自由はどんなものでも許せっていうのが基本的姿勢だと思ってる。まあ、それ言ったら先日アチラに書いた私の「不快なこと書くなと言うなら不快な物をあなたも書くな」と言った言葉もうそ臭くなるわけだけど。
結局は自分の書いたものを正当化したいがためのコメントだったということは認めざるを得ない。なんだ、やっぱ昔と変わってねーなーあたしってば。


暴言とかそういうのって結局は自分に返ってくるものなんだよね。それは確かにそうだと思う。
だから、暴言を投げつけられたこっちが気持ちの処理をするしかないと思うんだ。庇護され続けたら弱くなってしまうのと同じで、本当に強くなりたいのなら暴言に晒されるのも一つの道だと思うし。現に私はそうやって強さを手に入れた。
過去の揉め事だってたいしたことじゃなかったにしろ、それでも当時の私は精神的にかなり追い詰められてたし、あれくらい処理できないとしたら、ネットなんかするもんじゃない。そういうことを相方にも言われたしね。
弱い人間がネットしちゃいけないんかと言われたら、それはやっぱり「しちゃいけない」と答えるだろうな。


ネットしたいと思うなら強くなれってね。


何を書いてもいいということにしないと、誰も本音を書いてくれなくなるよ。それは私はいやだし、そういう考えの人はけっこう多いと思うんだけどね。私の本音を聞きたいという人だっていることだし。


つまり、そゆーこと。

300以上で

2006年06月17日 20:15



Tritsch-Tratsch - こんにちは。


現在じゅげむが300以上ある。たまに200台に下がることがあるんだけど、以前の80くらいが一番いい感じだったかなあって。ちと物足りないけれど好きなこと書けていいかもねって。
けれど、結局好きなことを好きなように書くと1500以上にあがってしまうっていうのもなんだかなーなんだよね。
言及したい記事って、いわゆる大手のブログのになっちゃうし。大手だからやっぱり言及したい記事いっぱいあるしね。


なんだかんだ言ってみんな大手じゃんって思ってみたり。えっけんさんに関わりある人たちってみんな。やっぱそゆ人たちが自分はあるふぁなんたらじゃないって言っても違和感あるし。私から見たらほとんどの人があるふぁなんたらだと思うよ。

突っ込みどころ

2006年06月16日 09:11



ノイズ自身の書いたものを読み返してみて思ったんだけど。
筋道立てて書いてない。
余計な背景書いてない。
誰に向けて書いているのかもあやふや。
こんなの読んだって、はてなんのことやらとなるのが普通だろう。
ただ、なんとなく、ああ自分のことか、とか、あああの人のことか、なんて薄々気づいちゃう人もいるような、そんな微妙な書き方してる。


これだってじゅうぶん突っ込みどころ満載な書き方だよねえ。


まあ、だからって突っ込んでくる人もいないけれど。
ただ、こういう書き方がおもしろいって思う人もいないわけじゃない。
勘違いでぷんすかしちゃう場合もあたしなんかはあったりするけれど。
そのぷんすか込みで気になって何度も覗いてしまうわけで。
それがどうしてアッチではできないのか。
やっぱりリアルだからなんだろうなあ。
たぶん、文体を変えれば静かに書けないこともないんだろうけれど、さすがに私も文体をガラリと変えては書けない。


だからこうやって別の場所で書いてしまうわけだもの。


やってみなくちゃわからないこともある

2006年06月08日 14:20



ってことであたくしもはてぶーぶーのなかまいり♪


仕事でのイヤなことを忘れるためにも楽しく楽しくいかなくちゃね♪
つーか、釣られてやったのにヤツは逃げたな。(笑)



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