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失敗じゃないと思うよ?

2006年12月31日 11:07

heartbreaking. ゆがんだはしご記事は削除したということらしい)


ゆがんだはしごもはしごたんもどっちも同じキミでしょうが。どっちかに囚われてるってそんなことはないと思うんだけどな。どっちのキミだろうが、キミには間違いないんだから、そんなこと気にせずに自分の好きなこと書けばいいと思うよ。わかる人はわかってくれる。それだけでいいんじゃない?
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ほらほらーあ

2006年12月31日 10:32

betatics 無料ウェブサービスの対応(リンク切れ)


そういうのって当たり前だと思ってたよ。逆にはてなの対応の方が丁寧過ぎてびっくり。



ほらーそうでしょ?(って、誰に言うてる誰にっ)

そうそう

2006年12月31日 10:29

【SOMETHING BLUE】 - 気になった記事


例えば毎回ホットエントリを繰り出す人とか。多くの人が共感するような発言(記事の発信とかコメントとか)のできる人とか。それを見て、「いいなぁ、すごいなぁ」とは呟きながらもブクマもしないとかw



私もだ。(W

じゃあ私もやっぱりヲタクだ(笑)

2006年12月31日 10:26

Something Orange


これって孫引きになるのかな?


本棚の整理同様、web上においても自分の所有物や、観た・読んだものをきちんとリストアップしないではいられないのがオタク。感想文はまだよいとしても、主観入りまくりの☆や点数をつけて後々検索しやすいようにしたりするのが特徴。またそれにはランク付けという意味合いもあり、とかくオタクはこのランク付けが大好き。年末には必ずその年のベスト10など挙げて総括したり、実は一年間も我慢できないので上半期ベスト10などもしていたりします。さらに行き過ぎと、とにかく作品名がずらっと画面に並んでいるのが心地よいがため、ただ所有しているだけの本をデータベース化したり、今日買った本や気になっている本を感想もなしでひたすら律儀にblogに載せたりします。



そういうのがヲタクとゆーのなら、間違いなく私はヲタクで、旦那はヲタクではないのかもしれない、と。昔はどうあれ、今の旦那にはこういうのないと思うしなあ。
私の場合は今は時間がないということで、そういうのやらないでいるけれど、サイト創設当時はとにかく何でもかんでもデータベース化するのが好きで、掲示板に書き込まれた感想なんかでさえもHTML化してサイトに展示してるし。さすがに書かれた人の気持ちを考えて今ではひっこめてるけれど。それでも今でも公開してる掲示板ログもあったりする。
所蔵している本やCDなんかも並べたりしてたし。今は取り下げたけれど。
まあ、ぐーぶろぐでやってるのがその名残って感じかな。

ぶわははは!

2006年12月31日 10:14

とあるところからゲットしてきた「ユーモア占い」をノイズでやってみた。


ノイズ の行動特性


ノイズ は、叱りつけると、顔が赤くなります。
ノイズ は、後悔すると分かっているのに、おやつを食べ過ぎてしまいます。
ノイズ は、信号が赤に変わりそうなとき、走って渡ろうとします。
ノイズ は、目の前に食べ物があると、おなかいっぱいでも手が伸びてしまいます。
ノイズ は、とりあえず、パソコンの前に座ってしまいます。



すごい!
もしかして「ノイズ」って素の私に一番違いのかも!(爆)

他人じゃなくまず自分をどうにかすること

2006年12月31日 10:00

ネットの意見相互調整機能に個人は抵抗できるのか ARTIFACT ―人工事実―


少数に限らず、なかなか自分は「こう思う」っていうのは書きにくいと思うなあ。
たとえば、N氏関連のことで、例の事件(って言うのもなんだけど)以降は、やふとぴには彼女に肯定的な人は書き込みしにくくなってると思う。たまーに覗きに行くけれど、「これはひどい」タグみたいな書き込みのオンパレードだし。まあ、それ言ったら、あの事件以前は信者と言われてもしかたないような書き込みばかりのオンパレードで、私が腐女子発言をした時に「そんなの書くな」っぽいこと言われたりしたこともあるしねえ。確かに、立ち上げ人はあの作品につい語りましょうということで立ち上げたんでしょうけれど、タイトルが○○の本というものだったから、彼女の書いたものなら何でも話題にしてもいいと思うもの。で、絡みたい話題に絡んで、絡みたくない話題はスルーするってことできないことじゃないものね。
でも、今のあの場所は、たとえば前のような「よかったよねー」という書き込みしたとしたら、たぶん、アンチの人たちはこぞって「どこが?」「説明してみろ」とか言い出すような空気がムンムンしてるもんなあ。で、スルーしたら「無視かよ」みたいなこと言われたりして。まあ、書き込みしてみない限りはどうなるかはわからないけれど。でも、やっぱ、なかなか書き込めないと思うよ。ふつーの人としては。


でも、やっぱり自分が「いい」と思ったものについては、素直に「いい」と感想書きたいしね。それもあって、自分の場所には好きなように書く。んで、もし、それで何か言ってくるような人がいたら、気にしないっていうことしかできないと思う。他人に「やめて」とお願いはできても、それを守ってもらえるかどうかは他人は他人であって自分じゃないんだから、それはもう自分の気持ちをどうにかするしかないと今の私は思うもの。自分が何とかしなくちゃね。って、そういうこと。で、萎縮しないで何でも書いていくことが、一番大切なのかなあって。だから、本家では書けなくなったけれど、何とか好きなこと感じたこと嫌いなこといろんなことをココで書くようになっていったんだもの。


 逆の意見を書いた時に起きやすいサイバーカスケードやブログ炎上といった現象は、ブログのコメント欄で否定的な意見がたくさん書き込まれたぐらいでいちいち気にしなければいいと思っているが、一度それを経験した人は、次にそういったことが起きるかも知れないと思って、発言を自粛したり、萎縮したりしてまうかもしれない。
 現状、ブログの炎上は、システム的な対処(登録ユーザーのみコメントできるなど)が未発達なために起きやすくなっている面が強く、ブログサービス側のシステムの発展を望むのだが、あまり対処されてない感がある。



私も当時、N氏関連で炎上しかけたせいで自粛・萎縮したクチだけど、けれどやっぱ、他人任せじゃなく、私は自分の気持ちを強くすることが一番大事だと思うようになっていった。今は叩かれても大丈夫かなあと思ってる。現に何度かあれからも叩かれたことあるしねえ。で、スルーできるようになったし。ただ、本家はやっぱリアルに繋がってるってこともあって、あそこではきちんとした意見は述べれない。ほんと、ネットでは匿名っていうのが大事なんだなあと思う。
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閉鎖

2006年12月30日 11:03

そっかー閉鎖になっちゃうんだ。あの素材屋さん。うちでも使ってたよなあ。リンクのURL外さないといけないけれどねえ。


思い出すなあ。まだライコスにいた頃、あの素材屋さんの常連客でもあった誰かさんってば、その時にその素材屋さんで企画されてた企画物の素材をゲットするために、えらく頑張ったんだぞーって、謎解きした話を鼻高々に語ってきたよねえ。(爆)
たくさん問題があって、それを解いた人にだけ配布される素材だったんだよね。私も挑戦したけれど挫折した。でまあ、誰かさんは徹夜で解読したらしく、素材ゲットしたって言ってた。


そっか、5年運営してたんだ。誰かさんもそれくらいじゃなかったっけ。その素材屋さんと同じ頃にサイト運営しだしたってことか。ちょっと残念だよね。ステキにダークな世界観で、私も好きだったけれど。とくにあの血まみれで鎖に縛られた女の子の画像はよかったよなあ。(笑)

はねられる

2006年12月30日 10:31

トラバをはねられる基準がわかんないよねえ。ここから送るあめぶろとか、本家から送るぐーとか。
承認制だと、受け付けてもらったのか、もともと送信じたいがどうなったのかわからなくて、表示されるまで悶々としちゃうんだけど。
なんつーか、嫌われたわけじゃないんだとわかっても、なんか釈然としないや。
こういうことからモチベーション下がってしまうっていうのもあるかも。やっぱトラバ送るやーめたって。
つーか、そういうのが一番いけないんだってわかってはいるんだけどね。
だからー、もっぱらさんのあの態度は好感度バツグン。どんなトラバでも「さあ、おいで」っていう。(笑)
なんつーかさ、ほんとはそういう「来るもの拒まず」っていうの、特別な存在になりたい私からすればキライなはずだったんだけどね。それで切り捨てた誰かさんもいたし。(爆)

名前

2006年12月29日 10:59

職場で、最初、誰かさんのことは下の名前で呼び、他の人は上の名前で呼びっていうの「何でだろう」と思ってた。二人、下の名前で呼ばれてる人がいたんだよね。一人は同じ苗字の人がいたから、だから下の名前で読んでるのかーと納得したけれど、もう一人は他に同じ苗字の人はいなかったんだよね。で、何でだろうと。同僚ならわかるけれど、主任さんとかも下の名前で呼んでるから、ちょっと「いいなあ」とは思ってた。だってその人、私と同じくらいの年齢かもうちょっと上の年齢の人だったから。もう一人の下の名前で呼ばれてる人は私よりずいぶん年下の人で「○○○ちゃん」と呼ばれてるのも何となくわかるよなーと納得できたし。もちろん、もう一人は「ちゃん」とは言われず、下の名前で「○○○さん」と呼ばれてたんだけど。で、その「○○○さん」が下の名前で呼ばれてた理由がわかった。やっぱり同じ苗字の人がいたからだって。ただ、その時は、同じ苗字の人は子供ができて辞めてしまったから、だから私にはわからなかったわけで。けれど、後にまた職場復帰してきたんだよね。で、その人もやっぱり下の名前で「○○ちゃん」と呼ばれてる。若い子だからねえ。(笑)


子供の頃から慕っていた友達には、一人だけどうしても下の名前で呼べない人がいたな。他の共通の友達はみんな彼女のことを下の名前で呼んでるんだけど。そんなふうにどうしても下の名前で呼べないっていうのあると思う。彼女のほうは私のことを下の名前で「○○○さん」と呼んでくれるのにねえ。


遡って、中学のとき、もうちょっとで仲違いすることになるというある女の子がいて、その子のことも下の名前で呼んでなかったんだけれど、塾帰りのバスの中で、彼女に思い切って聞いたことがある。「○○○ちゃんって呼んでいい?」って。確か「いいよ」と言われたような気がする。けれど、その出来事も何となく本当にあったことなのだろうか、もしかすると私の妄想だったんじゃないだろうか、と、今では思っている。それ以降も結局は彼女のことを下の名前で呼ばなかったから。それにその後すぐに私たちは仲違いした。


とまあ、そんなことを思い出した。


暗くなった窓の外。
ごとごとバスは揺れて、隣に座るキミの優しい笑顔と声を思い出す。
あれはすべて夢ではなかったのかと。
思い出すたびに切なく思う。
キミも子供だったけれど、私も間違いなく子供だった。しかも、キミよりもっともっと私は子供だった。
キミたちを苦しめてた。私という存在。
今思うと、なんと罪深き子供だったんだろうって思うよ。
あの頃の私は、何も考えない傲慢な子供だったんだって。
今よりもっとずっと。

グチ言ったっていいじゃん

2006年12月29日 10:33

断片部 - kg's frag - 批判される愚痴


これは私の印象なんだけど、男のグチって男がより辛辣なこと言ってそうな気が。「恋愛強者」っていう言い方は好きじゃないけれど、でもそういった男からすれば「男のくせに」と言ってそうな気がする。


うちの旦那は確かに私という嫁をゲットできたわけだけど、それでも恋愛強者とは言えない。モテていた自覚は本人はないらしいけれど、少なくとも私の知る限りでは一人は彼に言い寄ってた女がいたわけだし。でも、それは一般的なモテる男とは違うよね。モテるっていうのはやっぱ何人もの女からアプローチ受ける男であって、そういった男は学校でも一人か二人くらいしかいなかったと思うもの。
で、旦那はヲタクでチビであったにも関わらず、一人は言い寄る女がいたわけだ。それはやっぱ本人の性格なんじゃないかなあと思ったな。だって、いわゆる非モテと言われる人たちのようなループした考えを持ってなかったもん、ヤツは。ヲタクでチビのくせして「俺が最高」という言い換えれば空威張りオーラ出しまくりの男だったからなあ。そういった自信満々な男って、けっこう一部の女にはそそられるものがあったりするんだと思う。女って強い男に弱いからねえ。


でも、非モテの人たちのグダグダループしたグチなんかも聞いてて「何とかしてあげたい」と思う女だっていないわけじゃないと思う。昔の私は頑なな女でもあったんで、自分の好きな男以外には見向きもしなかったけれど、今の私だったら「付き合ってくれる?」と言われたら付き合っちゃいそう。ただ、売れてしまった私としては、もうそれはできないわけで。さすがに旦那以上の男はいないと思ってしまってるからねえ。でも、私の他にも手を差し伸べる女がいないってわけじゃないと思うけどな。

確かに

2006年12月29日 09:04

誰かさんが似たようなこと言ってたけれど。その人が書き込みしてくれることは100人が書き込みしてくれるのに匹敵するのと同等だっていうのあるよね。うん。ほんとだ。

がーん…

2006年12月29日 08:45

バカバカバカノイズちん。ぜんぶ消えちゃったじゃないか。あれだけの長文が間違ったクリックのせいで消えてしまった。もうあれは記事上げするなってことかもしれない。はあ。脱力。(;´Д`)

そういうところ

2006年12月29日 08:03

あそこはそういうところだよ。そんなことは前から知ってた。たかだか日記に「本を出した」と書いただけで削除されたサイトも知ってるし。だから、あそこで何かを書こうと思ったら細心の注意が必要。私のサイトだってある日突然削除されても何も言えない。それだけ綱渡りしてるサイトでもあるし。ただ、私はN氏関連以外では無茶なことはしてないつもりだから皮一枚で繋がってるけれど。それでもあそこから撤退できないのはURLを変えたくないから。初期の頃に他サーヴィスでいいところがなかったから。それだけなんだけどね。ほんとは撤退したくてたまらないんだけど。まあ今は半ば放置ではあるんだけど。それでも削除されるまでは自分からは撤退しないつもり。

うーん

2006年12月28日 10:19

新年バトンをまたもらってしまったぞ。(爆)
ここで語りつくしてしまったからなあ。かぶらない書き方したいとは思ったけれど、かぶらないってことはできないか。まあいいや。語るじゃなく事務的に書いて、回しちゃえ。(* ̄m ̄)ノ彡

だいぶ自信持てるようになってきた

2006年12月28日 10:09

去年、友達からもらったクリスマスプレゼントがG関連グッズだったんですけれど、次の日に、それでも自信が持てないというようなことを書いたわけだけど。


今ではもう「私ってこんなことされるほどの存在なのかなあ」とは思わない。だって、私自身も相手に「あなたにそんなことまでしてもらえるようなこと私はしていない」と言われたら悲しいもん。
相手にとって大したことない何気ない一言や行動だったとしても、その時、それは私にとって喉から手が出るくらいにほしい言葉だったりすることは歴然とした事実。
その一言のおかげで私は行動を起こしたり考えを変えたりするわけだから。その感謝の気持ちを表したいと思うのは当然のことだと思う。それが物だったり時には言葉だったりと違うわけだけどね。「そんなことをされるほど」じゃなく、間違いなくその人にとって自分の存在は救いだったんだと自信を持つことが大切なんだなあって。


でもまあ、そのせいで、相手の何気ない一言が「もしかしたら心変わりしてしまったのだろうか」と思ってしまうことにも繋がりかねないんですけれど。特別な相手じゃない場合ならスルーできることでも、大事な相手だからこそ、手放したくないと強く思い過ぎて、言いたいことも言えなくなってしまったら…と思うと、あまりにも特別視してしまうのも問題あるかもしれないね。まあ、よっぽどのポカしない限り、普通にしていれば大丈夫なんだろうとは思うけれど。

ぐだぐだ言ってるヒマあったら

2006年12月27日 11:02

セックスより完全なもの - 君がもうすぐ死ぬなら優しくしてあげる


こういうのをGが読んだとしたら(って、またしても他人の心を勝手に推測するヤツ)「俺は常に明日はないと思ってるから大切にするよ」って言いそう。「ぐだぐだ言ってるヒマあったら今すぐ大切にしろよ!」ってね。まあ、私なんてGにはケチョンケチョンに言われるんだろうなあ。ぐだぐだいっつも言ってるからさ。
でも、今年最後のメールでは、いい報告ができそうで、私も嬉しい♪

わははは!

2006年12月27日 10:24

6年前、私は明らかな言葉の間違いをやらかしてたっていうのに今気が付いた!(爆)それはこれ。


どなたかが私のことを「アクティブな人だ」とおっしゃっておられましたが、実際の私はとんでもないくらいに「ネガティブなヤツ」なんですよ。


アクティブの反対はネガティブじゃないでしょー。そらもう当時は「こいつバカ」って言われてただろうなあと思われ。つーか、アクティブって行動的っていう意味だっけ。とするとその反対って何だろう。で、ぐぐってみたら、見事に2ちゃんで晒されてたよ。いえ、私じゃないけどね。似たようなことを書いてた人がいたんだろうなあ。(^^;
どうやらアクティブの反対語は「パッシブ」ということらしい。「受け身の」という意味らしいよ。なるほど。ちゃんと調べてから書きましょうね、ノイズちん。


でもまあ、当時はヤフーで私が一人爆裂カキコをしてたから、それを快く思ってなかった人がどこかで晒してたというのも考えられないわけじゃない。たぶん、この言葉の間違いも晒されてたに違いないよなあ。

あそこで…

2006年12月27日 10:12

今年の私は確かに仕事の上で「あそこでああしなかったら…」ということはあったけれど、すごく感慨深くなるほどのもんじゃない。なんというか、精神的葛藤とかいろいろあったはずだけど、なんかどうでもいいや、終わったことだしーって案外スッキリとした気分な年の瀬。(笑)
それこそ、4年前に「いろいろあった出来事を後学に活かすことはいいが、それらに囚われてしまって自分を見失うのはいけない」と書いたような気分だなあ。けれど、4年前そういった言葉を書いてたくせに、結局はしばらくはズルズルとその年の最後に起きたトラブルを引き摺っての年明けとなったんだよね。しばらくはすったもんだあったんだもの。まったく、「それらを後学に活かすことは…」なんていう境地に至るまで実に4年かかったということですか。しょーがない女だなあ私ってやつは。(笑)

言葉

2006年12月27日 10:03

2年前、言葉が本物になるというタイトルで日記を書いた。それはとある外国人作家のこの言葉を読んだからなんだけど。


『小説家は言葉が本物になることを目指す』


『小説家というのは不思議なルールをつくって、それに従って書くのではないでしょうか』



これを読んで当時の私はこう書いた。


私には何となくこれらのことが得心がいくんですよね。
言葉が本物になるのを目指すのは当たり前だと思っているし、不思議なルールは私も持っている。
私の場合は自分の書く小説のほとんどは、どこかでリンクしているんですよ。そして、ある言葉をキーワードとして各小説に散りばめているんです。
だから、私の小説の全てを読んだ人は、どの言葉がキーワードかがわかるはずなんです。
過去、パスワードの部屋を作ったときも、そのキーワードを打ち込むようにしたんですけれど、わかった人は一人だけだったんじゃないかな。まあ、私の小説のディープなファンなんてそうそういるもんじゃないし。



まあ、ある意味、鬼畜とも言えるんですよねえ、私に関わると。(笑)
私なんかに興味ないという人にとっては、なかなかついてこれるもんじゃないとは思う。今では小説だけじゃなく、ウェブのあちこちにもそういったお遊び的なことを仕掛けているとも言えるからなあ。
ああ、それで思い出した。Gも同じだよなあって。
彼がいつもやらかすサプライズにしても、あと宝探しにしても、すごくそれってわかるんだよね。私もそういうの好きなほうだから。けれど、そういうまどろっこしい情報ゲットの仕方っていうのもキライな人はキライなわけで。正直言うと、私はしかける方は好きなんだけどされる方はあんまり好きじゃないんだよねえ。ほら、ゲーム苦手だから。お宝探してっていうゲーム、めんどくさがりな私にはちょっとねえとなる。攻略本片手じゃないとできないタイプ。
前に、Gが自分の作った映画のDVDにお宝映像を隠しているという話を聞いたわけだけど、それも結局は必死になってネットのあちこちでヒントとなる情報を探しまわったものだったもの。けど今思うと、そういう手間隙かけるのと、ひたすらDVDの画面で探すのと、大した違いはなかったよなあ、なんて思ってみたり。(爆)


てか、話だいぶズレたし。(^^;


言葉は確かに信じてないところがある私でもある。でもだからこそ、信じたい信じられるという証を求めて私はひたすら誰かに対して言葉をかけ続ける。ノイズとしてだけじゃなく、他の全ての「私」として。言葉が本物になるというその瞬間を見たいがために。だから、私は人々を試し続けるんだろうなあ。

えー?

2006年12月26日 21:40

某所、そんなに儀礼的雰囲気かなあ。私はそうは思わないけどな。まあ、私の日記を登録してる人たちが、そういう儀礼的なことをしない人ばかりだからっていうのもあると思うけど。なんか某所も公の場所のブログみたいなもんだしーと私は思ってる。たぶん、某所での友達を増やし過ぎるとそうなってしまうのかもね。10人前後がいいんじゃないかと思ってみたり。
とはいえ、リアル友もいたりするんで、なかなかぶっちゃけ話ができないのが難点ではあるけれど。

言いたいことはそういうことだー(って?)

2006年12月26日 21:31

はてなブックマーク - はてな匿名ダイアリー - 最近のはてな


職場にはストレス性潰瘍の30代の高学歴の男性がいるけれど、あれでは確かに潰瘍になってもしかたないよなあと思う類。まあ、似たもの同士の私が言うのも何だけど、あれでは性格を変えない限り潰瘍がガン化してしまってもしかたないかもとちょっと心配ではある。
それに比べ、40代初老のこのあたくし、なんだかんだ言っても結局は一年間持ったわけで、最悪に苦手な年下の先輩のチクチク攻撃にもめげず、ストレスもこうやってネットで晴らしてやっと掴んだ自分の立ち居地。新人くんに比べたら、やっぱ年取った分だけ図太くなったんだなあと思う今日この頃。
で、思った。何かと煙たがれる「ババア」と呼ばる人種ってーのも悪いもんじゃないなあって。(笑)
つまり、確かに他人の迷惑顧みないとは思うんだけど、他人に気を遣い過ぎて体調を著しく壊して仕事にならない役に立たないってーのも、結局は他人に迷惑をかけるってことだよね。そういうの、けっこう若いもんに多いと思った。
うちの50代の女性陣は、とにかくタフだ。一人は持病を持ってても、とにかく明るい。明るいし話しやすい。もう一人は口が達者。言うべきことはキチンと言う。けれど、なぜか話しやすい。確かに私とソリの合わない年下先輩も、口が達者で思ったことはすぐに言うタイプで、同じは同じなんだけど、タメで話ができるのは、50代女性のほう。あと、年下でも今の部署の人たちにはタメで話せる。その違いは何だろうと思った。違いはない。たぶん、私の心構え。私の気持ちの持ちよう。つまりは性格を何とか変えた。ってこと。


だから、性格を変えなさいって言いたい。新人くんには。


たぶん、初期の頃の私が他人にそう言われても、聞く耳持たずだったかもしれない。でも、やっぱりそうなんだ。周りじゃない。自分自身が問題なんだって。自分が変わらなきゃ何も変わらない。そう思った時、若いってことがどれほどのもんかって。年を取ったおかげで、すこーし楽に物事が考えられるようになったと思う。頑なな気持ちも滑らかになっていくんだなあって。今の若い人にはそういうことをわかってほしいなかなあってそんなふうに思った。つまり「ババア」を嘲笑うことは、ひいては自分たちをも嘲笑っていると等しいってね。だって、みーんないつかはジジイ・ババアになるんだよ? それを想像できないヤツぁ、どんなにいいことや偉そうなこと言ってたって、薄い、人間が薄すぎるーっ!

私は聞きたくて書きたくてしかたない人間

2006年12月26日 09:09

5年前、リアル友のAくんが私のサイトを見て「よくあれだけ毎日書くことあるな」と言ってたことを書いてた。今でも見てるかもしれない。彼だけじゃない。他にも何人もリアル友だとか息子の小学校の担任だとかはたぶん今でも覗いてるんだろうと思う。ヘタすると新聞関係者も見てるかもしれない。当時、新聞の投稿の常連だったときに、サイトのことも書いたことがあったからなあ。だから、やっぱりなかなか本音とか書けない。匿名じゃないんだもん、私のサイトは。6年前(もうすぐ7年になるけど)に開設してからアドレスもサイト名もPNもそのままで運営してるからねえ。やっぱネットでは匿名のほうが本音が書きやすい。




そしてさらに、記憶喪失になったことのある友達の話も書いていた。その友達はそういうプライベートなことも書いても全然OKと言ってくれる数少ない理解者でもあった。しかも、たとえ自分が傷付いてしまうような書き方でもOKだよと言ってくれる本当に私がすごいと思う人でもある。その彼女と今でも細くではあるけれど繋がっていられるのがとても嬉しい。


たぶん、こういう私の物書くスタンスが一部の執筆仲間には受け入れられなかったのだろうなあと思った。私とは創作に対する考え方が違うと言っていた人、いたしね。けれど、私はそういう物書きなんだもの。そして、それが一番私にとっての物書きとはそういうものなんだという考えなんだから、それは堂々と「こうなんだ」と言いたい。それがなくなったら、私は私らしい物書きなんかじゃないと思う。
私は聞きたい。誰かの体験談も考えも何もかも。ネットではそれが溢れてて、とても嬉しい。それを好きなだけ読めて、それについて何か書けて。本当に素晴らしい世界だと思う。私にもっと書かせてと言いたい。




そして、5年前にN氏の本をあげて、夢のあって幸せになれる小説も、もちろん私は欲しているし積極的に書いていきたいと思いつつも、でも反面、滅びをテーマとした切なく不幸にあふれた小説もどうしても読みたい、書きたいと思ってしまうと書いた。そういう相反するものを求めてしまうって、かなり屈折した心を持ってるなーと思い、どんなに「これしかいらない」と言い切れる人が羨ましいと思ったことか、どうして、傷つくとわかってて、不幸になるとわかってて読んでしまうのかって。


本当に傷付きたいとか不幸になりたいと思ってるわけじゃない。けれど、それを読みたい、書きたいと思ってしまうのも事実。その混沌とした自分の内面が時には疎ましく、時には愛しく思えてしまう。それが私という人間なんだ。そんな私をあなたは好きと言ってくれるのか?って、そんな感じどぇす。ってどんな感じだよっ!(爆)

大切な人だから

2006年12月26日 09:00

ネットでは、誰かが人名を出した時点から、見せ人間関係はスタートする ARTIFACT ―人工事実―


 特に誰々と会ったという話は深読みの対象にされがちなので、一切触れないという人も多い。ブログを始めた頃はそういった誰々に会った報告をしていても、だんだん報告しなくなったりする。そういう視点で過去ログを読んでみるのも面白い。



どうもこういうことを書かれると困るなあと苦笑してしまう。(笑)
私の過去ログもまさにそんな感じだものね。初期の頃は、ほんっと仲良しさんのことは書きまくってたから、だから、へーあの人と繋がってるんだーっていうのバレてしまうこともある。とくに例の人。その人以外、とらぶってしまった人の名前とかは徹底的に削除はしたけれど、昔からずっと私の日記を読んでる人で、覚えてる人なんかにとっては「あら、なくなってる」と思う人もいるかもね。でもまあ、そんなに細かいとこまで覚えてる人なんていないでしょ。せいぜい、書かれたその本人くらいで。


自分の感覚では「本当に仲良しの人はブログのコメント欄にコメントしない」である。



まあ、それが全てってわけじゃないっていうのはかのせさんもわかってるんだろうな。私の場合は本当はそういうスタンスじゃないんだもの。ただ、仲良くしてる人が、そういったスタンスな人だから、それに合わせるしかないという付き合っていく上でのマナーとして、私も書かないようにしていくようになっていったってだけ。だからこそ、サイトのほーは更新しなくなったんだよね。
私は書いてしまう人間だから。書かないことはストレスだから。だから、別キャラでやっていくしかないとなったわけで。


まあ、それだけ私はその人を大切に思ってるってことなんだけど。でも本当に大切に思ってたら、こんなとこで本音日記なんて書いてるなよって他人には言われるんだろうなあ。本家とノイズがバレてしまってる今となってはね。その大切に思ってる人もココを探し当ててしまってるかもしれないし。

なくしてしまったもの

2006年12月26日 08:46

finalventの日記 - ネットと誤解


私は何度も移転とかHNを変えるということはないな。サイトはずっとそのままでやってるし、2年前からやってるブログは時を同じくして最初から複数運営している。サイト続きのブログ以外の別ハンでやってるのもメインの分と時間的にそんなにズレはない。更新頻度は少なくてもずっとそのブログとHNでやってるわけだから、移転を繰り返しているのとは違う。だけど、それでも私にはごく少数しか信頼してくれる人はいない。その他の物見遊山の人はきっと私に対しては信頼などしてないと思うし、私のいう事は信じようとはしてくれないと思っている。それが昔はたまらなくイヤだったけれど、今はもうどうでもいいやって思うようになった。誤解したければ勝手にすればいいって。まあ、私の方も誰かに対してそういう誤解をしていることもあると思うしね。他人にまで「誤解しないで」と言うのもおかしなもんだしね。今はどんな人に対しても誤解してほしくないっていうのはない気がする。そういった強く思い入れのある相手ってなくなってしまったように思う。それ、あの4年前のトラブルでなくしてしまったものかなあなんて思ったり。まあ、自業自得ではあるんだけど。

私にとっては同じ

2006年12月26日 08:40

人がダメになるのは


人が人としてダメになるのは神経を病んだ時。精神的なプレッシャーに耐えきれなくなった時。
こればかりはどうにもならない。



例の新人さんはどうだろう。精神的プレッシャーが潰瘍にきたというのなら、まだ精神を病んでないだけにマシってことなのかな。精神的な重圧で精神の病になる人と潰瘍になる人の差って何だろう。どちらにせよ、その人自身が潰れていくのは目に見えているよね。潰瘍はガンに変わる場合もあるし、精神を病んだら自ら死を選ぶ場合もあるという点で、私から見れば同じにしか見えない。で、私の場合は潰瘍までまだいかない一歩手前で大騒ぎして事なきを得たというわけで。つまりは、私は他人より強い人間なんだろう。運も精神も身体も。


たーしゃん、頑張れ。としか、私には言えない。頑張れ。おーえんしてるよ!(><)

興味を持たせる説明の仕方

2006年12月25日 08:06

もちがやります’隣の芝生男とバー・カウンター・わんだー・らんど


前に日記で書いたことがある。あれは彼が映画のスタッフロールを見ないということを聞いてのことで、だったんだけど。
私は彼の小説は読んだことがない。彼に興味がなかったからというのもあるんだけど、それ以前に彼の書くジャンルは好きじゃないから。私はとにかくSFが好きで、そういった雰囲気のものしか食指が動かない人だったからねえ。けれど、最近ではN氏の書く現代物を読むようになって、実は本当はそういったものが好きなのかもと思うようになっていったけれど、なんというか、もちさんのこの「隣の芝生男」っていうのを聞いて、やっぱり私にはあまり好きになれない小説を書いてるのが彼なんだなあと再確認。


私が読みたいものは、そんな洗練されたものじゃない。読みたいのはドロドロ。これでもかと痛みを伴うもの。他人の書くものではそういったものが読みたいなあと思う。お洒落で洗練されたものなんて何の面白みも感じられない。それはなぜか。私は読んだもので思わず自分が書きたくなるものを読みたいからなんだと思う。で、それを元に書きたくなるものは、ドロドロなんだと。


ただ、もちさんの説明する彼のことを読んでると、彼にとても親近感を持ってしまうのは、それはきっと私の中にも彼と同じ資質があるからなんだろうなあって。才能があるってことじゃないよ。私にゃ才能なんてないと思うもの。あったら、彼みたいに成功してるって。たかが地方文芸誌で佳作とったくらいで才能があるなんて、そんなこと思っちゃいないもの。この世界、トップに立ってなんぼのものだと思ってるしね。やっぱ単著はすごいことだと思うしね。
けれど、誰かを楽しませる、誰かを幸せにする、そんなものを私も書くことはあるから。で、それだけでは疲れるんで、私だけのために小説を書くこともあるってことで、私も彼のそういうところはわかるよなあって、ね。


つーか、ほんと、もちさんすごいなあ。鋭い。って思った。作家をこういうふうにちゃんと見てる人のおかげで、今までそんなに興味持ってなかった作家に興味が出てくるっていうの、それってすごい才能だなあと思うよ。うん。

世界で一番幸せな私

2006年12月24日 10:43

たとえ「その人」に受け入れてもらえなくても、それでも誰かは受け入れてくれる。それを心から幸せなことなんだと思えるようになれば、それが世界で一番幸せな自分となるんだよね。なかなか難しいことではあるんだけど、ちょっとだけそんな自分になってきてるかなあと今は思う。

クリスマスイヴがやってきた

2006年12月24日 10:18

クリスマスイヴの電飾なんだけど、この間から某所に書こう書こうと思っていつも忘れてた。
仕事場から戻る時に、とあるおうちの庭先でクリスマスイルミネーションを施してたんだよね。前に団地でそれをやってる人がいたのはあったけれど、一軒家でそれをやってるのは初めて見た。庭の木に青いのや緑のがキラキラしててすごくキレイ。そのおうち、窓という窓にも小さなツリーを置いてイルミネーションをキラキラ点灯させてて、ほんと幻想的な空間を作り出してる。毎日残業して疲れて帰ってくる私をそれが癒してくれてるんだ。


こんな穏やかな気持ちでクリスマスを迎えることができるとは去年の今頃は思わなかった。もちろん、いつまでも続くイヤなことっていうのはないとはわかっててもね。ただ、そうなると、この穏やかな日々もいつまでも続かないんだろうなあとか余計なことまで思ってしまって。それでせっかくの幸せな気分がぶち壊れてしまうわけで。いつでも自分のささやかな幸せを壊してしまうのは私自身なんだなあって思った。せめて、今だけはそんなことを忘れて、楽しいことだけを考えていたい。


そんなふうに思った今日はクリスマスイヴ。いい一日になることを祈りたい。私だけじゃなく、大好きな人たちにもいい一日になるよう願ってる。とくに誰かさん。って、私に言われたくないか。(^^;

なんつーかその(笑)

2006年12月23日 09:26

すてきにかれーにするーされてる感じがたまんないっす。大事にされてるなあって思えて。激しく勘違い&妄想こいてるノイズどぇす♪

その言葉

2006年12月23日 09:21

kimoi


その言葉、G繋がりの彼女のブログに書いて「書かないで」というようなことを書かれた。確かその言葉だったと思う。つーか「書かないで」だったか、「嫌いなんです」だったか、ちょっと思い出させない。ただ、相手が嫌うような語句を書いてしまったということで、恥ずかしいと思うと同時に「そんなこと言わないでよ」という逆切れっぽい気持ちに陥ったものだった。
その人のことを指して言ったわけじゃなかった。G関連のことで、他人がそういうふうに言うかもしれないけれどねって書いたような気がする。で、そういうことを言う人がイヤだというつもりで相手は「嫌い」と書いたのかもしれないけれど、どうもその反応が、そういうふうに取れなかったということで、逆にキレ気味になったという感じだったなあ。なんつーか、たとえとしてもその言葉は自分はゼッタイに使わないという意思がそこには感じられた。だからむかついたんじゃないかと思う。これもまた私の思い込みの激しさが災いしたのかもしれないけれどね。相手はそんなつもりじゃなかったと思ってるかもしれないし。まあ、どちらにせよ、もう相手に確かめる術はない。ブログは実質廃墟となってしまってるみたいだし。どうだったかな、もうメールも送れない状態じゃなかったっけ。といっても、もう確かめるつもりもないし。そこまでして繋がる意味もない。そうまでして繋がろうとして裏目に出てしまったこともあったし。だから、もう去るものは追わずでいかなくちゃねえ。



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