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本当に生きるとは

2007年01月31日 10:43

これはこれでとてもいい紹介の仕方。でもこういう紹介のしかたを嫌悪する人もきっといるんだろうな。とくに紹介された作者に対して「人間性を疑う」と思っているような輩には。


地上の者と天上のひばりとどちらが幸せか不幸か、そんなことは誰にもわからない。自分に課せられた宿命だけを自分らしく生きるだけ。それが本当に生きるということなんだろうな。
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これもまた釣り師つーことですかね

2007年01月31日 10:28

ネットで別れてしまった彼女によく言われていたのが「あなたってほんとおもしろい」でした。当時の私の日記がそういう他人を楽しませる感じの日記を書いていたからっていうのもあるんですけれどね。私は自分が読み返しても楽しめる日記を目指してたから。
でも、ただおもしろいだけではそれ以上の目は向けてはもらえないってことも痛感していたわけです。だからこそ、おもしろいだけじゃなく、男の気を引く努力も若い頃はして、そのおかげで旦那を釣り上げたわけですから。(爆)
でもまあ、旦那はどっちかってーと「おもしろい女」に愛情を持つタイプだったからうまくいったんでしょーけれど。つーか、ほんとに釣り上げたかった人は別の人だったんですけどねえ。まあ、結果的には長続きする相手を釣り上げたということで、よかったっちゃよかったんですけれども。

私という人間

2007年01月31日 10:15

N氏が前にこんなことを言っていた。


「引きこもっていたいだけの群衆恐怖症で人間恐怖症の子供」と、「ばんばん怒鳴る演出家」だのが同時に共存している、そのせいでいっそう葛藤が強いのかもしれませんが。そういう多面性みたいなものをわかってもらえない人には、なかなかおつきあいが難しいんだろうと思います。



N氏ほどじゃないにしろ、私にも多面性はあるんですよね。それはココだけじゃなく他の場所も同時に見ている人にはわかってもらえるとは思うけれど。「私も人と接しているとどうしても「それ用の私」になるんですよね」と当時書いたわけで。そして「しかも、かなりテンション高くなるもんだから、人と接したあとでグッタリとして死んだようになってしまう。ひどいときは頭が痛くなったり吐き気がしたりするわけですよ」とも。んで、私は私のことを次のように書いてた。


人間観察をするのは好きですけれど、たくさんの人の中にいると発狂しそうになる私。そして、自分の都合はちゃんと主張ができず、結局はダダこねて泣き落としするしかないという私。けれど、人並みに思っていることや自分なりの考えは持っているために、時々それが抑えられなくなって爆発させてしまう私。それはネットに限らず現実でもそんなところがありますね。


そらもうこんな人間とは「ちょっと付き合いたくない」と思うでしょ。私ならやっぱこういう人とは付き合いたくない気がする。それなのに自分はこれでいいやって思ってるわけで。ほんと人の心って複雑怪奇だよなあ。つーか、ワガママっていうんだろうな、こういうのって。自分はいいけど他人はダメって言ってるのと同じだもん。あーやっぱ私ってヤなヤツー。(爆)

なんつーか

2007年01月31日 09:09

本人「泣き言を言ったら優しくしてもらえるだろうと甘い夢を見ていた」わけではないとは思うんだけどね。私もいちおーそういう「泣き言日記書けば優しくしてもらえるって思ってんだろうが」と言われた人でもあるんで「おいまてこら(`´メ)」で誓ってそんなこた思ってなかったと断言なんですけれど。そりゃご本人さんは私とは違う人なんで、簡単に「わかる」とは言っちゃいけないんでしょうけれど。
でも、たぶん、ご本人さんは泣き言言って優しくされたいなどとは思ってないと思うんだけどなあ。
ただ、できればご本人さんには、何が本当の優しさかはわかってほしいとは思う。もしわかってなかったとしたら、なんですけど。
まあ、私自身もそういう愛情のある構われ方をされた子供時代の相手の本当の気持ちっていうのがーわかるまで何年もかかったんですけどねえ。


それにしてもほんっとうまいよなあ。(笑)

おお

2007年01月31日 08:03

finalventの日記 - NHK 「矢野顕子 LIVE/30周年 ずうっと気持ちいいわたしです」見たよ


もっぱらさんのトラバ経由でってだけじゃなく、まあ、ふぁいなるべんとさんちはいつも見てるんでわざわざもっぱらさんの名前を出さんでもいいんですけど、そこはそれ、これが私流のクネクネってことで。(爆)


私は、矢野顕子の歌が好き。矢野顕子が嫌い。という変なファンです。



作り手も作品もどちらも好きというのが理想ではあるんだけど、こういう人がいてくれて私は嬉しい。とりあえず私も創作する側の人間ですからね。こういう見方をしてくれる人に信頼を感じちゃうってことで。(W


私は教授に関しても、ご本人さんのことをあまりよく知らなかったときはそんなに好きじゃなかった。作り出す曲も私の好みじゃなかったし、私は細野派だったんで。けれど、最近、教授は人間的にはそんなに嫌いじゃない。とくにあの服装関係での発言を聞いてからは。聞いた当初は今までもそんなに好きじゃなかったから、こういう発言聞いたとしても「だから何?」的なことしか思わなかったけれど、今まで彼を好きだった人が「そんな人だとは思わなかった」となって嫌いになったというファンもいなかったわけじゃないと思うし。
ただ、私は、あの発言聞いてて、まるでGみたいだよなあと思ったことは確かで。それから何となくそういういわばバカな発言をしてしまうことに親近感を持ったなあ。


だから、ふぁいなるべんとさんのこの記事読んで、ああ、あの二人がうまくいかないのも何となくわかる気がした。つーか、かなり実感した。私は彼女ほどの天才じゃないし才能もないんで辛辣に旦那さんのことを否定することはないんですけど(だって、尊敬してるんだもん、旦那さまを(u_u*)、旦那言ってたもんなあ「自分を否定するような女とはやってけない」って。だから「おまえとは長続きするんだよ」って。


確かに私にとっては教授の音楽は最高だとは思わないけれど、彼に才能がないわけじゃない。私がただ好みが合わないっていうだけなんだから、評価されて然るべきな物は持ってるわけだもの。それを一刀両断しちゃう女とは一緒にいるべきじゃないし、持っている才能まで潰しかねないと思う。男と女の一番いい関係、長続きする関係は、尊敬し合うことが大事だっていうのが私の夫婦円満長続きする秘訣だもの。そういう相手に巡り合えたことを私はこの上なく幸せに思うし、押し付けるつもりはないけれど、尊敬し合えない相手とはすっぱり別れた方がいいと私は思ってるもんね。

[クリリンのことかーッ!](爆)

2007年01月30日 10:35

とまあノってみるわたくし。(爆)


 ブログのネタとしても「バカと思われないための文章術」のようなものが人気だったりするのだけど、僕が思うにブログ運営のモチベーションを維持する為には、むしろ「適度にバカだと思われる」事の方が大事なんじゃないかと。



私は正真正銘バカですよん。誰が何と言おうともね。けれど、それを他人に言われたらすこぶる不愉快。つーか、ブログなんて書こうとしている時点できっとみんなバカ。「書きたいバカ」ってことで。バカ万歳!(それでいいのかっそれでいいのだっ)

だから

2007年01月30日 10:10

断片部 - y0mu-trx - いいコース悪いコース


本当にその人と議論がしたい、あるいは、その人が振りまいているミームが自分にとって有害な気がするので考えを変えて欲しい、と思ったとき、話が噛み合わず「あーこの人こういうコースなんだ」と思ったら、自分のフォームが崩れてもそのコースに向けてバットを振るのが誠意というものなのかも知れない。



昔の私は「バットふらないでよ。スルーしてよ」と思ったものだったけれど、それは違うなと今は思ってる。だから「言いたことは言えばいい」となったわけで。ただし、言いたいこと言ったからって相手は自分とは違うんだからスルーされることもあるし噛み付かれるときもある。それを忘れずに言いたい事は言いましょうってことなんだろうなあって。
まあ、それでもスルーするときゃするのもしなくちゃねという思いもあったりするんで。これはもう臨機応変にやってくしかないよね。

どんなことでも表現してしまう

2007年01月30日 09:34

『所詮表現者と生活者というのは対立してしまうものだと思う』



↑はN氏がご自分の日記に書いていたこと。確かに同じ目線では見れないと思うよ。表現する人とそれを受け取る側の人間とでは。だから、適度な距離を持つしかないんだと思う。そうしないと互いに血みどろな諍いにまで発展しかねないとそう思う。そりゃそういう関係だけじゃなく、気持ちのいい関係を築ける作者と読者ってあるとは思うけれど。それは稀なんじゃないかな。表現者と生活者は考え方とかスタンスが違うからねえ。それはもうしかたないよなあ。だから創作側の人間は孤独でいるしかない。それがすべてじゃないにしても、それでも孤独であるべきっていうのが私の到達した境地かもしれない。理解されるな。理解されてしまったらおしまいだよ。ってね。

覚悟を持つこと

2007年01月30日 09:21

前にこんなことを書いていた。


プライバシーを尊重するということは、その人の人間性が素晴らしいのであって、作家として素晴らしいというのとは違うのではないかと私は思っていますから。


これは、ある作家に「素晴らしい作家の爪の垢を飲ませたい」ということを書いていた人がいて、つい脊髄反射をして書いてしまった日記に書いた言葉です。
私も人間性に問題ありな物書きですからね。そういう目で見られているとはいつも実感しているわけですが、そういう非難に晒されても書くことを続けていく覚悟がなくちゃ物書きなんてできないよなあと今は思ってます。まあ、昔から思ってはいたんですけれど、叩かれるたびにヘチャっとなってしまったもんで。ヘチャっとなってしまうのもまた悪くはないとは思います。続けてることさえできてればね。私の場合は泰然自若としていられる人間性は持ち合わせてないんで、ギャースカ脊髄反射しつつ書いてけばいいのです。それが私ですもん。そして、それが私なりの「覚悟」っていうだけですわ。はい。
で、その時にゆっけさんの日記に書かれていたことを引用して次のように締めくくりました。(ゆっけさんが「爪の垢を飲ませたい」と言ってたわけじゃないですからね)


私自身は間違いなく人間性に問題のある作家にしかなれないと思っています。
けれど、ゆっけさんが言われている『天涯孤独を覚悟して書く作家』になるしかないとしても、それでも自分に誇りを持って物語を書いていきたいと思っています。
私の中の線引きに従って、これは書く、これは書かないと選択しつつ、苦悩しつつ、書き続けていきたいと思っています。私なりの覚悟を持って。とはいえ、線引きは日記でのことで、物語では取捨選択は一切しませんよ、私はね。



本当いうと日記も線引きってしたくない私ではあるんですけれど、それをするのも今はちょいとめんどくさいということで書くことと書かないことは選んで書いてます。けれど小説ではどんな表現でもとりあえずは黙認されなくちゃいけないというのが私の考え。どんな表現というのには、もちろん差別用語・禁止用語も含まれます。それが書けない小説なんて私は認めない。「どんな表現もしていい」を推奨するつもりはないですけれど、絶対に弾圧だけはやめてほしい。それが創作者としての私の切なる願いです。

結局は

2007年01月30日 08:45

それは私ではない。


こういうことを言われるから、人は読んだものをぼかして感想を書くしかないわけだ。気にする人はね。そして、さらにそれを読んだ人は「対象をぼかして書くな」と嫌悪感表す。ループする嫌悪感。だったら、好きに「わかる」と書けばいいし、好きに「わかると言うな」と書けばいいし、それを言われてもスルーして「わかるわかる」と書けばいいってだけのことだよなあ。つーことで、私も好きに「こう思う」と書くだけだ。(W

削除と謝罪

2007年01月30日 08:05

プライベートモードになってしまったので当該記事は読めないんだけど、何となく揉め事の内容はどんなものかはわかる。なんつーか、どっちも私は経験してきてるからっていうのもあるかな。


人の感情で遊ぶというのは言いすぎなんだけど、私だって結局は人の書いたものをネタにして書くという点では、相手にとっては遊ばれているとか感じられちゃうわけだし。私や他の人が「この書き方が遊んでいるとは言わない」と思ったとしても、そして実際、今回のような書き方をしていたわけじゃないんだけど、それでも書かれた側にとってはLSTYさんがブクマで「人はそれぞれ違う所に逆鱗を持っている」と言ってるように、その人にとっては「遊ばれた」と思ってしまうのはしかたない。それを非難することは誰にもできないと思う。
で、それで遊ばれたとなってイヤになってブログを削除してしまったり、プライベートモードにして誰にも見せないようにしてしまうという行為は、私だってココでもやってきたわけで。削除だってしたしね。ブログとか記事とか。
さらにさらに、私がココでプライベートモードにしちゃったとき、第三者は私をかまった相手に対して「いじめるな」とか「迷惑している」とか言ってくれたわけなんだけど、そういうこともあるから同情引こうとしているとか思われてしまうのもまたしかたないよなあ。私なんてそんなに待ってくれること書いてるわけじゃないのになあ。でも嬉しかったけれどね。そう言われてね。それはもう感情ある人間ですので、好意的に見られれば嬉しいもんでしょ。わたしゃ正直もんですからして。


まあだからこそ、プライベートモードになってしまったんで巡回していたそのブログが読めないってことは「迷惑している」ではあるんだけど、相手にはそれを私は言えないわけで。私もそこまでひどい構い方ではないにしろ、構う側の人間ってことで、言えやしない言えやしないよ「いじめるなよー」とは。

あの事故

2007年01月29日 11:07

そっか、あのホーム転落事故って6年前の今頃だったんだ。確か今回映画になったのってその事故を映画化したんだったよね。


それってどうよと私は思った。


あの時も、遺族には申し訳ないとは思いつつ、そんなにいい印象は持っていなかったのだけど。だって、私は「他人を助けるのなら自分こみで助けなければ意味がない」と思っている人間だから。自分が助からなくてもとか、そういうの考えずに思わず助けてしまうというのが本当の善意であるってわかってても、それでも私はやっぱり助けるのなら相手も自分もちゃんと助かるように助けなくちゃなあと思ってしまうんだよね。
でもまあ、助けようとするときに、誰もそういうことは考えないものだと思うし、助けようとしたその行いは素晴らしいものだとは確かに思ってはいるんだけど。でも……と思ってしまう気持ちは止められない。で、それをさらに美談として映画化してしまうこと。それってほんとにどうよって思うんだけど。それに意味はあるのかって。それを「人を助けましょう」という宣伝に使おうという気持ちがあるとしたら、そんなもの見たからって今まで助けようとも思わなかった人が助けるかといったらそれは違うと思うし。助ける人はそんなもの見なくても助けると思うしね。それとも、供養のための映画化? それも何だかなあと思うんだけど。誰だって忘れないよ。そういう勇敢な人がいたってこと。忘れるもんですか。わざわざ映画にする意味が私にはわからない。といっても、意味がある人はいるんだろうから、これは私がただそう感じるっていうだけのことなんだけどね。

あらま?

2007年01月29日 10:45

某所でも友達がやってて私もやってみた「前世占い」あー去年やってたんだ。忘れてたし。で、某所で出た結果と一年前にやったのとでは結果が違ってたよ。去年の結果はこれ。


平安の世に蝶よ花よと面白おかしく遊び暮らした貴族



某所では「幕末に人知れずところで影のように暗躍した暗殺者」だったんだよね。まあ、質問に答えてって出すやり方だけから、時が過ぎれば変わっていくんだろうけれど。つーか、前世がそんなにコロコロ変わってどうするねんって感じだけど。それだけ生まれ変わりが激しかったっつーことですか?(W

変わらぬ愛を誓いましょう

2007年01月29日 10:39

という言葉を書いたことがある。


相手と深く繋がりたいのは今でも変わらない。それもあって相手を試し続けているのもあったりする。ただ、深く繋がりたい相手っていうのは、私が求め、そしてそれに応えてくれた人が理想ではあるんで、そういった相手にはまだ出逢ったことはないなあ。たぶん、死ぬまで出逢うことはないと思う。きっとそれでいいんだろうとも思ってるしね。

超私的な見解で語る詩的な日記について

2007年01月29日 09:50

それと、これ、の間|とりもなおさず


 「詩」というものの定義にもよるのだろうけど、広大な枠で「詩を書く」「詩情を持つ」ということを自分なりに定義すると、「何かを感じて、それを何か別の言葉に換言しようという欲求に従って書く文章」ということだと思う
 しかし、この定義を考え付いて、これって、全ての文章において当てはまることだよなぁ、と



たとえば私が2006年4月のツブヤキで書いたこの文章。


あなたに逢いに行く夢を見た
汽車に乗って
あなたの街まで直通じゃないのに
それでもごとんごとん揺られて
あなたに逢うために
向こうについたら
どうせすぐに逢えないだろうから
逢えるまで何か仕事して暮らさなくちゃ
そう思って窓から流れゆく景色を見つめた
夢は夢でしかない
けれど
あなたは空想の産物なんかじゃない
現実に其処に居る存在


逢いたいという気持ちは本物
けれどたぶん逢いたいというその執着が
今の私を生かしている
私を生かすためには必要な執着
だから逢いたいが逢ってしまわぬように
でもこんなにも焦がれてる
逢いたくて逢いたくて逢いたくて
あなたに逢いたくて
気が狂いそうな夜
私は彼のように眠れなくなる


お願い私を眠らせて
たとえそれで永遠に目覚めなくてもいい



↑これなんか詩とも言えるし詩じゃないとも言える。こういうのが「詩的な日記」というもの。まあこれだけがそういう詩的な日記というわけでもないんだけど。これもひとつの詩的な日記と言えるってことで。
つまり、事実を事実として淡々と書く日記とは違って、事実を何らかの脚色をして書くというのが詩的かなあと私は思ってるんだよね。別の言い方をすれば「ネタ的に書く」ということ。そのネタ的に書く表現方法がナルシーっぽくなるのが詩的とでもいう感じかな。で、対象をぼかして書くのも詩的ということで、こういう書き方をするのを好まない人もいるんだよね。逆にこういう書き方をする人を好きな人もいることは確かなんで、誰に何を言われようが好きに書けばいいんだけど。


ただ、すべての文章が詩的かと言ったら、それは違うんじゃないかな。だって、えっけんさんたちが書いてるようなブログ論なんてどう見ても詩的じゃないもの。(W

あるあるあるある!(爆)

2007年01月29日 08:29

琥珀色の戯言 - 男性の日記サイトと女性の日記サイト


多くの女性が「彼氏の話」を書くのには、「モテ女アピール」だけではなくて、「ひとり暮らしの女性が、お父さんの下着をベランダに干しておく」というような意味合いもありそうです。



他の人は知らないけれど私はそのとーりだなー。ただまあどういった内容を書くかでまた違ってくると思うよ。たとえば、旦那さん彼氏さんの不満やら何やらを書いてると「だったら俺が~」というのもないわけじゃない。実際、別キャラでそういった不満日記を書いてたときに、そんな声はかけられたことあるし。そりゃ私にだって不満とかまったくないわけじゃないからね。でまあストレス発散を兼ねて駄文を晒したこともあったんだけど(ココもじゅーぶん駄文ではあるんだけど)、お誘いの声はけっこうあったよなあ。


あと、「彼氏」って書かずに「ダーリン」「相方」って書くのは、おそらく、そういう普段は使わない「気恥ずかしい」表現をあえて用いることによって、「非日常感」を出すというか、「これはネタですよ」というようなアピールを読んでいる人(そして自分)に向かってしているのではないかと思います。「日記」書くのは恥ずかしいけど、これは「日常を題材にしたネタ」ですからね、と。



うちは彼氏ではなく旦那であるから旦那と書くわけだけど。ココでは最初は「相方」って書いてたな。それはまあ本家で「旦那」って書いてたから区別するためにそう書いてたんだけど、私はやっぱ相方より旦那という言い方がしっくりくるからココでも旦那って書いてる。手書きの日記では名前を書くし、私は普段から旦那を名前で「○○さん」と呼んでるんで、本当言うとそういう書き方が一番しっくりくるんだろうけれど、さすがに名前は出せないしねえ。とりあえず本家では○氏という呼び方をしてるわけだけど、一応旦那にもネット上のハンドルネームがあったりするんで、それで呼べばいいとは思うけど、なんつーか、そのHNで呼ぶのはちょっとなーと思わないでもない。そのうちのひとつは前に本家で旦那の書いた小説を公開してたんだけど、その小説のタイトルの一部が旦那のHNなんだよね。いまでもサイトのどこかにタイトルだけは公開してたと思う。小説自体は旦那が飽きてしまって途中どまりだったからサイトからは取り下げたんだけど。


それにしても、確かに私の本家で書いてた日記は「日常を題材にしたネタ日記」とも言える日記だったな。ライコスで書く以前はネタっていう書き方はしてなかったけれど、ライコスで日記を書き出した頃から、そういう日常をおもしろおかしく書くスタイルに変わっていったものだったし。それって書いててもけっこう楽しいし、何より読んでくれる人がおもしろがってくれるのが嬉しかったな。

機械かー

2007年01月28日 10:34

404 Blog Not Found機械が見た機械論


私もまだ一応女だけどね。実際機械じゃないんだから腹も立たないと言うか何と言うか。(^^;
ただの言葉じゃん。まあ配慮に欠ける言葉であって、そういうのを公的な立場で発言するようなもんでもないことは確かなんだけど。つーか、言われたら言い返す、やられたらやり返す私であるから、こういう場合、こう言うだけなんだけど。「そっちだって産ませるだけの能しかない男だろうが」って。(爆)
どっちかが欠けても子供は産まれてこないんじゃないの? でも、女は精子だけあれば幾らでも産むことはできるんだから、男なんて必要ないじゃん。っていうSFもあったよなあ。

あははは!。・゚・(ノД`)・゚・。

2007年01月28日 10:22

スカートたくしage


今日だったよね…。ミツが…ミツがぁぁぁぁ。・゚・(ノД`)・゚・。

へっちゃらぽん同盟入りませんか?

2007年01月28日 10:20

今朝は11月のログ保存作業やっとりました。で、ついつい自分の記事読み返してこんな時間に。うああ、某所にもログインしなくちゃなのにー。


まなめはうす ★傷つく事には敏感で、傷つける事には鈍感で。


私も傷つけちゃう言葉を言ってしまうことは多い。だから、「自分の嫌なことを他人にするのはやめなさい」と言うくらいだったら、「ちょっとくらいで傷つかないような強い人間になって」と言いたいな。無責任、だよね。



「自分の嫌なことを他人にするのはやめなさい」という言葉は私もよくもらうし、私も基本的なところではそれに賛同ではあるんだけどね。でも、やっぱり自分のイヤなことが相手のやってもらいたいことってこともあることは事実なんで、逆に自分がされたくないからやらないでいたら「何でやってくれないのー」と非難されてしまう場合もあったりする。とすれば、やっぱ、まめさんも言ってる「ちょっとくらいで傷つかないような強い人間になって」と私たちは言うしかない。で、無責任だと私も言われたことある。だから、無責任であることも認めたうえで、言い続けるしかないんだよね。


「どうか傷付いてもへっちゃらぽんと言える人になって」って。

強く願うことで行動を起こす

2007年01月27日 11:01

いやまああれだね。Leftyさんとこに書いたコメントでリンクしたうちの日記にリンクしてた2002年6月に書いた投稿小説を読み返してみたんだけど。


あらまあまあ、Gが言ってたことがテーマになってるし。(爆)


まだあの頃は、Gという人物がどういった人か知らなかった。だから、彼が「まず動け」という言葉を今私は聞くようになったわけだけど、きっと昔から彼はそう思ってたんだろうな。「動き出せば道は開ける」ってね。なんつーかここまでシンクロ率が高い人もいないと思った。私は別に当時はGのことをよく知ってたわけじゃない。ただかっこいい人でヘンな人ってだけで。(W
小説では私はこう書いた。


「春日さんが、たくさんの人に自分の物語を読んでもらいたいって思ってれば、きっと春日さんは自分の書いたものをいろんな人に読んでもらおうとするはずよ。人ってね、願えば願うほど、それが強ければ強いほど、どうにかしたいって絶対思うものなの。そして、動き出せば道は開けるものなのよ」
「動き出せば道は開ける……」
 真由美は繰り返し呟いた。
 まるで大切な呪文を教えてもらったかのように。
 桐江の言葉が、真由美の小さな心に深く深く刻み込まれた。
 願うこと。
 強く強く願うこと。
 強く強く願えば、人とは必ず行動を起こすもの。



つまり、私がテーマにしたかったのは、強く願っているだけでは夢は叶わないけれど、強く願うことでどうにかしようと行動を起こしたときに夢は叶う可能性が高くなるというもの。そして、それが私の理想。
願うだけで何もしなければ絶対に叶うことはない。けれどどうにかしようと行動をするためには強く願うことは原動力となるわけで。だから、たぶん、Gもそれと同じことで「夢は叶えるもの」と言っているんだろうなあと思う。


私の書いたこの小説は、奇麗事でしかないとは思う。けれど、奇麗事でも安直なスートリーでも、私の伝えたいことが詰まっている大切な小説だ。

あえてリンクはしないけれど(W

2007年01月27日 10:30

わかる人にはわかっちゃう。(W


うちは度量が広いめんどくさがりやなのでコメントもスパムトラバも一切削除いたしません。どんなエロや変態行為でも大丈夫です。



ほんと、こーゆー人大好き。だから尻尾ふってたんだけどねえ。記事内で私のはてな名が出たときは小躍りしちゃいましたYO!(爆)
まあもうはてぶは公開するつもりないんですけど。結局はココではてぶみたいなことやってるよーなもんだし。同じことを二つの場所でするのもなんだかなーだもんねえ。


とはいえ、私の存在ももー忘れられちゃってるかもね。(--;

傷付くとか傷付けるとか

2007年01月27日 10:20

今の私なら傷付けられても苦手でも一緒にいたいと思った人とは離れないようにしたいなあと思う。でもまあ、リアルでいえば、適当な距離は取ってではあるんだけどね。つーか、リアルではやっぱり苦手な人は近寄りたくないとは思うんだけど。それでもまあネットでもたった一人以外はやっぱり遠ざけようとするだろうなあ。遠ざけるというかはっきりぶっちり切ってしまうと思うし。なんだ、じゃあ私も結局は「人を苛立たせる人」はカンベンと思ってるんだ。つーか、「人を」じゃなく「私を」が正しい言い方なんだけどさ。まあ、私自身も誰かにそう思われてるんだろうからお互いさまなんだろうけれど。(W
けれど、私にはたった一人、私をいつも苛立たせるけれど切れない人がいるんだよね。どうしてここまでその人に執着するのかわからないんだけど。別にお得意の「ほしい言葉をくれた」というわけでもないとは思うんだけど。なんでだろーなー?(・・?

あのにますだざっかん

2007年01月27日 09:15

ゆっけさんに教えてもらった「アノニマスダ宣言」を読んだのだけど、匿名ダイアリーの存在は知らなかったんだよね。最近はてぶで誰かがはてぶってたので時々読むようになったから誰かが書くたびに読んでるわけじゃないし、最初から読むのもこりゃかなわんだろうとは思って、やっぱり誰かがはてぶってる分しか今も読んでない。ああいうのって対象ぼかして言及してる最たるものだから、脊髄反射で書いてるのを私のような人間はついついせきずっちゃうこともありうるんですけれど。まあ常時はりついてそれっぽいのを見つけてっていうのも今の私にはできないことなんでむかつくこともないんですけどね。それこそ「くりりんのことかー」ってな具合に。(W
誰だったっけ、誰かあるふぁな人も「これは増田に書くことだったかな」とか書いてるの見て、ああこの人もあそこに書くことあるんだなあとか内心思ったりするんだけど、まあ、それ言ったら「あなたも書いてるんじゃない?」と私のことも思われてるんだろうなあとか思ったり。どうせ「絶対書いてない」って言ったとしてもそれを証明することはできないわけだから、まあ思われててもいいんですけどね。と同時に誰もあそこに書いてないと言い切ることは誰にもできないということで「みんな一緒や」って感じではある。ただ、対象をぼかして言及するのが嫌いだとか言う人があそこに書いてたりしたら、昔の棚上げが嫌いな私がちょいと戻ってきたりもするけれど。けっこういるでしょ、言及圏の人たちって、対象ぼかして批判とかするの不愉快だとか。


アノニマスダ宣言(草稿)

・絡めるだけ絡む。
・ロジックは忘れない。ただし、空気も読む。
・アンチ妄想。事実を積み上げていくことで、問題点を浮き彫りにする。
・一方で、無意味、無文脈、シュールを愛する。
・アンチニヒル。清澄なウォッチャー。
・メタの匠、メタクミを目指す。
・わかりやすい表現をこころがける。無用な解読作業を読者にさせない。



この中で妄想はダメっていうの、その線引きがよくわかんない。私には妄想にしか見えないようなこと書いてる人だっているし。私自身は妄想側だからなあ。まあ、定義ったっていつでも守られることっていうのはないと思うんでいいんだろうけれど。
その次に言われてる無意味とか無文脈とかっていうのも私にとっては妄想の一種ではあるんで、ようするに何でもアリってことなのかなあなんて思ってみたり。
わかりやすい表現とかっていうのもさー無意味や無文脈っつー文章こそわかりにくいとは思うんだけどねえ。
私にとっては2ちゃんとどこが違うんだろうって、それがあのにますだに感じた気持ちかな。


あと、そこにリンクされてたリンク先に書かれてたこれ。


スルーとか言ってるとマジで2chみたいになるから困る。
むしろどんどん絡んでいこうぜ。
相手が困るくらい粘着しようぜ。



2ちゃんはスルー文化圏なんだね。でも2ちゃんって知らない人から見たら粘着も絡みもアリなんじゃないかなーとか思ったり。なんつーか粘着して絡むっていうのとってもタチが悪い感じがする。2ちゃんもますだもどっちも似たようなもんに感じるのは私だけ?

誰か教えて

2007年01月26日 09:56

はてなでよく見る「増田」ってどういう意味?

削除はやっぱねー

2007年01月26日 09:33

以前、ある人の日記についてリンク付きで書いたんですけれど。リンクについてこんなふうに私は書いていた。


ところで、話は変わるんですが、そうやってリンクを張ってもらってとっても嬉しいのですが、いずれはブログに移行しちゃうんですよね。まあ、私の日記にリンクを張ってる人ってほとんどいないと思うし、私が把握しているのも三人くらいかなあ。もしデッドリンクになってしまったら申し訳ないです。一応ブログに移行したら、よほどのことがない限りそのままにしますので、よろしくなのです。
てか、そう思うと、N氏のようにそれぞれの日々の日記のURLが変わらないっていうのはありがたいですよねえ。私もできたらそうしたいのですけれど、なかなか難しいです。ブログに移行したとしても、絶対にもう引っ越さないとは言えませんしね。



取り上げた日記の人は私が日記に書いていたことをリンク付きで言及してくれてたんですけれど、それをさらに私がリンク付きで日記を書いたんですが、そのリンクが今ではデッドリンクとなってます。(笑)
思うに、今、私は各場所に散らばる書き物のバックアップ作業をしているんですけれど、けっこうリンク先がデッドリンクになってしまったりしてヤだなーと思うこともあります。
言及記事ってほとんどは引用したりしますけれど、引用も転載もせずに書くこともあったりするんですよね。だから、元の記事はどんなことが書かれてあったのだろうかと頭をひねる場合もあったりします。まあ、私の書くものはほとんどがその記事を読んでの自分語りオンリーという感じになってるんで、ぶっちゃけ元記事に何の関係があるんだろーというホント誰かも非難してたように元記事に対して誠意のない書き方と言われてもしかたないものではあるんで、ほんとはリンクなんかなしに書けばいいんでしょうけれどね。ただ、自分の覚書として「この記事がきっかけでこれ書いたんだよなー」という自分のためだけにリンクしてる、つまりブクマ程度として見てもらえたらいいんですけれど。まあ、それでもそんな記事ばっかじゃなく、たぶんちゃんとした言及のものもあったりするんでしょうけれど、でもやっぱ私はどんなものが言及なのかわかりません。たぶん、これが言及なんだっていうのは誰にも正しいことなんて定義できないんじゃないかなあとも思いますけれどね。


それにしても、当時リンクした人のその記事って、その人保存してあるんでしょうかねえ。それとも別の場所で再掲載とかしてないのかしら。まあ、公ではああいったのは書かないって言ってたから、匿名で自分とはわからないように何か発言する日記とか書いてるかもしれないけれど。やっぱ削除ってできるだけしないがいいよなあ。自戒をこめてそう思いますた。

リアルの意味は?

2007年01月25日 13:08

知識とは|とりもなおさず


 「ググる」という言葉を、実生活で口にしたら、笑われてしまった
 いや、「ググる」は一般的だろ…と思ったのだが、それは、自分の中で、勝手に一般的なことにしてただけだ、そういうことにしておこう



「リアルとは」と旦那に聞かれて「現実」と答えたら「ネット人だなあ」と言われた。旦那曰く「リアルの一般的な意味は素顔だ」だって。
とまあ、もっぱらさんのこの記事でその話を思い出したとさ。(笑)


てか、やっぱりとらば反映されてないや。( ..)ヾ

ええと

2007年01月25日 11:29

タグ付けしたブクマは全て削除しました。大変ご迷惑おかけしました。でも、記事へのアクセスはこのまま続けさせてください。リンク先のコピペさせてもらいますので。しばらくご迷惑おかけしますが何卒ご理解くださいませ。

ざっはとるて

2007年01月24日 10:14

久々に聞いた名前。私は食べたことがないんだけどね。当時新聞で紹介されてて、どんなお菓子かネットで調べて知ったかぶりで小説での重要なキーワードとして使ったけれど。ほんとは本物を食べてみるのが一番なんだろうけれど。それをせずに書きたかった。ただそれだけ。

あれからまた一年

2007年01月24日 09:18

連載が止まってるあの小説、毎年「続き書こう」と思い立つんだけど、でも結局は続きが書けていない。まあ、あの頃の精神状態じゃ続きは書けないでしょ。でもなあ、完結してないのは自分で自分が許せない。何が何でも完結させたい。おおまかなプロットはあるんだけど、それに肉付けするのがちょいと今はめんどくさいって感じかな。今のままで書くと、終わらせたいがために一気にすっとばかして書くという感じになってしまい、あのホラー小説みたいな安直なラストになってしまいそうで手が出せないんだよね。そういう書き方はイヤだ。投稿しないからといって、自分にとってもつまんない話の進め方はイヤだもん。やっぱ突きあがる欲求のままで書き進めていくのが一番だし。でもなあ、そのスイッチっていつ入るんだろう。ヘタすると一生入らないことにもなりかねないよねえ。


あの頃は、休みの前の日の仕事が終わった瞬間に幸せを感じていたわけですが、今は別に淡々と仕事が終わり、淡々と休みが終わりといった気持ちしか持っていません。仕事が「出陣する気持ち」であったからこそではあったんですが、今はごく普通の精神状態で仕事に臨んでますからね。やっと手にした心の安定です。この間もちょいとミスはしてしまいましたが、以前の私なら自分は生きてる資格のないほどダメな人間なんだと凹んでたんでしょうけど、今回はそこまで落ち込まなかったし。まあ、今の落ち着いた精神状態であればこそ、以前よりはミスは減ったということでいいことではあるんですが。その代わり、至福のひとときというものを感じなくなったのはちょっと残念。
イヤな時間があるからこその幸せな時間というものなんだなあとヒシヒシと感じてますよ。幸せってイヤなものがあるから感じるものなんだなあってね。なんつーか、Gが快感を感じるために痛みを率先して体験する気持ちがこんなことでわかっちゃうのも、くやしーというか何と言うか。でもやっぱり私は痛みは自ら体験したいとは思わないよなあ。どーせいずれはまた痛みをイヤでも感じなくちゃならないんだろうからね。わざわざ自分から飛び込むなんてとんでもないことだよ。うん。ほんとGはマゾだ。精神的マゾ。つーかSでもあるんだよね。両刀使いかー。(違)

もうやめた

2007年01月23日 11:19

昨日からいろいろと素材屋巡りしたけれど、ビビビっとくる素材がなかった。とりあえず自分ちでリンクしてるところはざっと見てみたけれど、中には閉鎖しちゃったところまであって、気分は下降気味。今TOPで使ってるのは閉鎖した素材屋さんのなんだけど、ずっと私の心にヒットするものを提供し続けてくれた素材屋さんは長続きしないね。まあ、5年だの7年だの運営し続けるっていうのを長続きしないとは言わないんだろうけれど。サイトを続けていくのならそういう創作意欲を刺激してくれる素材屋さんとの付き合いがないとなかなか言葉系のサイトは続けていけない気もする。まあそういう他力本願もよくないんだろうけれどね。でも私はコラボが一番好きなんだもん。あービビビっとくる素材屋さんどこかにないかなー。



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