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くりりん

2007年02月16日 08:11

認めたくなかったというわけじゃないけれど、やっぱり好きなんだろうなあ。だから、何気ない一言でグサっとくるわけで。(^^;
こういうの、前にもあった。自分のこと言われてるような気がして。でもその人とは直接接触してるわけじゃないんで「あたしのこと?」とは聞けないのがせめてもの救いかも。しつこくしてさらに嫌われることもないしね。なるべく言及せずに静かに離れるしか手はない。つーか、好きは好きなんだろうからこれからも読むことは読むんだけど、その人が見てない場所で感想をつぶやくかー。そうすることでトラブル回避。
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記録する場所

2007年02月16日 07:45

本家の私が書いているのだとわかる日記もだけど、本家の私が書いているとはわからない日記も私にはある。で、私が書いているのだとはわからない日記は、完全に記録するための日記。積極的に嘘を書いているわけじゃないけれど、私が書いたものだと知られないようにするために多少の嘘は書いている。つまり、誰かさんが書いてるように「嘘の中に真実を忍ばせている」という書き方で、どうしても書きたいリアルのできごとを書いてるってわけ。それは記録のために書いたもの。私がいつか読み返してみて「そうか、この頃にこういうことがあったんだ」と思い出すためのもの。真実を真実のままに書けないもどかしさ。というか、その書かれた真実は大多数にとってはどうでもいいこと。だから誰かと情報を共有する場所ではない。私のために私が記録しているだけのそんな場所。まあ、ここもそのうちの一つではあるし、エッセイブログもその一つ。ただ、少なくとも何人かは私と本家の私が同一だって知ってる人が読んでるということで、語れない真実はここでは書けない。エッセイブログでは初期の頃は結構語れない真実を書いてはいたけれどね。でも今はあまり書いてないかな。それもあっての別の場所。あるふぁな人でもないのに、私は数多のぶろぎすとに埋もれて語れない事実を書き連ねるそんな場所がいくつかある。

手放してはダメ

2007年02月15日 09:35

b# - 「嫌い」の表明 その2


でも「嫌い」だと表明しなかった。いわゆる「無関心」に移行しちゃうから。


嫌いな人のために「あの人のこういうところイヤだなぁ」とか,そういう風に気持ちをやりたくない。心をつかいたくない。その,嫌いな人のために不快に感じること自体がイヤ。だったらその人は「いない」ことにしておく。



これ読んで思ったんだけど。嫌いという気持ちをとことん突き詰めて「どうしてこの人が嫌いなのか」と考えてみるのも創作者としては大切かなあという気持ちがないでもない。物語ではあらゆるタイプの人間を書く。いい人間だけじゃなく、思わず読者が「こんな激しくイヤなヤツを書く作者の人間性を疑う」と感想を持ってしまうのが、いい表現者だと私は信じてるので、やっぱ、どんなに他人に嫌われようが否定されようが、自分の感受性は守り通さなくちゃいかんよなあって。
脊髄反射を奨励。どうして自分はそれで感動するのかむかつくのか怒るのか泣くのか、そういった感情の揺れをとことんまで突き詰める。それは確かに楽しい作業じゃない。楽しいのが一番と謳い上げる自分にとっては正反対の姿勢。だけど、そのつらさを手放してしまったら、私は表現者ではいられなくなる。

紹介すること

2007年02月15日 07:49

去年の本日、彼女のサイトでの例のトラブルが何とか解決し、まあ解決と呼べるものじゃないとは思うけれど、彼女がまたサイト運営ができるようになったということで、トラブル渦中は沈黙していた私が日記で語ったわけですが。たーしゃんはそこらへんはわきまえてくれてて、決して表立っては彼女のことをすごい人だとは言わなかったけれど、Mさんはダメでしたね。当時もビシっと言えなかった私でした。何とか、掲示板が復活したら声をかけてあげてと言うだけでした。その後に書き込みしてくれたかどうかは確かめてないからわからないけれど。
以前にも、素材を借りている私ではなく、作者本人に褒める言葉は言ってくれと他の人には言ってきたけれど、その私の気持ちは届くことはなかった。私の書き方がマズかったんだろうかと思ったものだった。
私は好きな人のことはみんなに知ってもらいたいから日記とかで紹介してきた。けれど、ほとんどの人が紹介した私の場所に感想を書く。そうじゃないのに。私のところに書いたってどうしようもないのに。どうして向こうに書いてくれないのか。もちろん、そういった人ばかりじゃなかった。私のところから来ましたという言葉とともに相手の場所に書きこんでくれた人もいた。けれど、そういう人は少なかったな。
あれから、お気に入りの人やお気に入りのサイトや、そういったものを誰かに知ってもらうために紹介することがなくなっていった。
私なんかが好きになったばかりに、相手に迷惑をかけてばかりで。私という存在を疎ましく思ったものだったな。
私から「好き好き大好き」という言葉を取ったら、ただの気難しいおばちゃんになっちまうのに。まあ、そのほうが落ち着いてていいふうに見られるかも?orz

エロはロマンだ

2007年02月14日 09:23

過去に何本かエロゲしたことあるけれど、そのうちの一本で泣いた、泣いた泣いたああ泣いたさ号泣したさ。(爆)
それだけじゃなく、エロアニでも泣けるのはいっぱいある。(例のこどもの何たらと同タイトルのヤツなんだけど、作ってる会社が倒産して途中で打ち切りになってしまった、ものすごく残念)エロって泣ける要素があるんだよね。話の作り方しだいでエロの要素があったほうがより泣ける話になることもある。私が書いた例の官能物がそれだけど。あれはエロがなかったらあそこまでいい話にはならなかった。主人公の心の葛藤を表現できなかったと思うし、そりゃ、エロなしで感動させてみろよって言われたらそれまでではあるんだけど。
でも、私はやっぱり物語にはエロは必要不可欠だよなあという気持ちがある。エロがないとヤだよって言い切るくらいに。エロはロマンだよ。

ライバルが一番の友

2007年02月14日 09:04

私をいつでもその気にさせるのはただの友達なんかじゃない。同じ物書き同士、私の自尊心をくすぐってくれる人が一番の友達かもしれない。それを人はライバルと言う。


もっと早くに気がつけばなあと思った。昨夜遅くに気が付いたんだもの。彼女の新作。さすがに体調がいまいちだったんで遅くまで起きて書くわけにはいかなかった。今日は何をおいても書こう。そう思った。ただ、短編でと思ったけれど、これって本編に組み込んだほうがいい内容だよなあ。でも一気に残りを書く元気はないかも。さすがに数時間で書くのは無理っぽい。集中力ないし、仕事もあるし。と、いい訳してるヒマがあったら書け、書くんだーーーーー!!!(爆)

嫌いの話

2007年02月14日 07:57

suVeneのあれ 人を「嫌う」ということ(その1)


嫌い関係の話は何度も書いてきてると思うんで、すべんさんが書いてることのほとんどが同感である私なんだけどね。


「自分の中の相手に対する負の感情を表層(言葉や行動)に出して認識する。そして(必要ならば)相手に理解させよう」



嫌いを相手に伝えたり理解させるっていうのはケースバイケースでしたほうがいいっていうのが私の考え。必ずしも伝えることがいいわけじゃない。ゆっけさんが「嫌いな人の投影図」でも書いているけれど、伝えて相手がスンナリと「はいそうですか。ではさようなら」と言って離れてくれるならいいんですけど、なんだとごらぁとなって嫌がらせされる場合もあるから。嫌がらせだけじゃない。私が過去にしてきたことは、別に相手にはっきりと「嫌い」と言われたわけじゃないんだけど、何となく距離を置かれてるのを感じ取り「もしかして嫌われてるのかも」と思いつつ、その心の声を無視して「だって私はあなたを好きなんだもん」と執拗に追っかけ続けた結果、相手が爆発してしまったというやつ。で、嫌いって宣言されても、それでも私の気持ちは好きだから、逆に「嫌いでも私を忘れないで」なんていう日記を書き続けた。相手が読んだとしたら、たぶん「これは嫌がらせか?」と思われてたと思う。はっきり言うことがいいとは限らない。私みたいにそれでも未練がましく相手を半ば非難するような日記を書き続けられたり、ストーカーまがいに嫌がらせされたりする場合があるから。
だから、あとはもう相手から離れて、ひたすら相手が自分のことをどうでもいいと思うようになってくれるのを待つしかないっていうこともアリだと思う。まあ、これはリアルでどうしても付き合わないといけないっていうのには当て嵌まらないとは思うけどね。


俺が言っているのは、その「嫌い」を誤魔化して表面上仲良さそうに取り繕っているような場合の話だ。



それは実感してる。ココでも過去にそういうのがあった。この場合も相手は私が嫌いだったんだけど、私のほうはとにかくその人が好きで、その人の日記をよく言及してた。ただ、その人はいい人だと見られたい人だったらしく、私に対しては本心は言いたくなかったみたいだね。それもあって、ウェブ上の場所を転々としていたんだけど、私は好きだから検索を駆使して探しまくるわけ。そういうの、けっこう得意なんだけど、その人の場合はキーワードがいつも同じなんですぐに見つかったものだった。たぶん、今でもその語句でヒットするに違いないと思う。でまあ、見つけて接触するたびに、嬉しそうにしてくれるわけよ。時々、誰かを嫌ってるようなことを日記で書いたりして、何となく私にあてはまってるような気がしたから「私のことかしら」とさりげなく聞いたこともある。でも、そのたびに違う人のことだと言われてたんで、それをいつしか信じ込んで、相手が私を嫌ってるなんて思ったことなかった。けれど、はっきりと絶縁状突きつけられたんで、もう探してその人の書いたものを見ることはしてない。今度関わったら、2ちゃんに晒し上げるとかそういう脅しまがいのこと言われたけれどね。


ほんと、私の「好き」って報われないことが多い。つーか、なんでか自分を嫌いになってしまう人ばっか好きになってしまうんだよなあ。orz

千住明の言葉

2007年02月13日 11:59

「作曲という仕事は、人の感情に忍び込む危険なものです。聴く人を悲しませたり、泣かせたりするばかりか、ときには残酷なものさえ提示してしまいます。音楽家は何をしているのかをよく考えなければなりません」

こどものなんたら(爆)

2007年02月12日 10:15

最近よく見かけるんですけど。私は別のが浮かんできてしょうがない。言えやしない言えやしないよそれについては。といいつつつぶやいてりゃ説得力なっしんぐ。(W

何度も書いている

2007年02月12日 10:01

その話は、前にも書いた。 - こんな世界のはしっこで・・・


私なんて前に書いたことを何度も書いてるよ。しかも、書き直して書けばまだマシだとは思うのに、ココではそのまんまコピペしてしまってるしね。まあコピペしてるだけってわけじゃなく、それについて今の私が語るってことはいちおーしてるんだけどね。本家のほうを読んでる人ばっかじゃないから、前に読んだって人もそんなに多くないと思うし。それに読んでたとしても忘れてる人がほとんどじゃないかな。それだけ長く書いてきてるから。私なんて毎年読み返してるんで大まかなことは覚えてるし。


それよりも一番の問題は、前に書いたことと同じコトを書いた場合、後で両者を比べてみると、大抵最初に書いた方ができがいいように感じてしまうのことだったりする。



↑これはよくわかる。私も時々そう思う。その年その年で文章の書き方が変わってるんで、文章によっては自分でもダメ出しするのもあるけれど、これはよく書けてるよなあと自画自賛してしまうのもあるなあ。
それよりも、私の場合は日記よりも小説のほうが問題だなあと思っている。さすがに投稿初期の頃のは目も当てられない書き方だったんだけど、ネットを始めるちょっと前あたりに書いていた小説は自分の中では一番よく書けてるなあと思った。けれど、最近は小説の書き方がいまいちダメだなあと自分に突っ込み入れてたりする。なんつーか、勢いで書くとけっこういいものが書けたりしてた経験があって、つい勢いだけで書いてしまって焦った作品に仕上がってしまうようだ。これはいかん。適度に寝かせた感じで勢いも大切にして書かないとダメだよなあ、なんて考えてはいるんだけど、難しいや。でもま、今年の○○文芸も自分なりに書いていこうとは思う。


私の夢のために。

みみこぴ

2007年02月11日 10:41

備忘録ことのはインフォーマル [これはすごい]すごすぎる


これ見て思い出した。のだめがコンクールで弾く曲にバスで聞いた着メロのメロディを入れちゃったやつ。みみこぴする人はすごいよね。まあ、単純なのなら子供の頃の私もできたけど、今はできない。こういったのも鍛錬の賜物なんだろうなあ。ピアノって一日弾かないだけで取り戻すのに時間かかるんだもの。私なんて20年近くもう弾いてないから今弾こうと思っても初心者もいいとこだよねえ。

これが脊髄反射とゆーやつ(笑)

2007年02月11日 09:00

suVeneのあれ 嫌いな(ハテナの)ブロガーの ID を挙げようぜ!


だったら最後まで書けばいいのに。へたれだよなあ。(爆)


ところで思ったんだけど、私にとっては「嫌い」は別の意味での愛情表現かもって思う。私の場合の「嫌い」っていうのは、好きなのにそーゆーことするその人が嫌いっていうやつだもん。だから好きの延長みたいなもんだよね。私が「あなたは嫌い」っていうときは。そこには必ず「好きなのに嫌い」っていうあまのじゃく的な想いがあったりする。


好きの反対は無関心。相手に何も感じないのが好きの反対なんだろうなあ。
[これが脊髄反射とゆーやつ(笑)]の続きを読む

コメント

2007年02月10日 10:10

こうやって昔の日記を読み返してていつも思うんだけど、ブログに引っ越す前はサイトで書いていたわけで、その日記を読んだ人が当時は掲示板に感想を書いてくれてたわけだ。最近の分はブログにコメントが残ってて、誰がどういったコメントを寄せてくれたかは確認できるんだけど、掲示板時代は記事に付属してるわけじゃないんで、確かこんなことを書いてくれた人がいたなあというのは思い出せても詳しくは思い出せないし、それに対して私がなんてレスしたのかもちょっと思い出せないわけで。私の場合はログを残してるから、それを探し出せないわけじゃないんだけど、それを関連付けて読み返すってことなかなかできないよねえ。めんどくさいもん。となると、やっぱりブログのコメント欄って当時のコメントも一緒に読めていいよなあ。けれど、掲示板より確かに敷居は高いかも。自分が書いたものがずっと残るわけだしね。掲示板の場合だといずれはなくなっていくものだから。それもあって気楽に自分の意見が書けたりするし。

同じ朝

2007年02月10日 10:02

あははは、4年前の本日もGの声で一日が始まってたんだ。まあ、あの頃は一番Gにのめりこんでた時期だからなあ。そりゃしかたない。とにかくGにすがりついてやっとのことで生きているという感じだったんだもの。

もうあなたのためには歌わない

2007年02月10日 09:56

今でも覚えている。晴れ渡った空を眺めながら、晴れ晴れとした気持ちでメールを送った。そのメールを送った相手を後に私は切り捨てたんだ。その人のメアドの着信拒否設定を施したのはいつのことだったか。それはもう覚えていない。


やさしい人は嫌い。やさしい人は嫌いだよ。やさしくないよだって?あなたがどう言おうがあなたはやさしいよ。だから嫌いになった。あなたが言葉どおりのやさしくない人だったとしたら、私はあなたを切り捨てることしなかった。


でも、あなたとの想い出はウェブのどこかの砂漠でひっそりと佇んでいるよ。あなたも訪れるだろうその砂漠で。もう二度とあなたとは交じり合わない心を抱きつつ、私は砂漠から旅立った。もうあなたのためには歌わない。

へー

2007年02月10日 09:09

一周年だったんだ。もっとやってたのかと思ってたし。うちなんて誰も「おめでとう」なんて言葉かけてくれないもんね。そうやってとうに一周年は過ぎてしまった。まあ、自分が忘れてるんで、ココで書かないだけなんだけど。書いたら「おめでとう」って言葉もらえたのかな。サイトでもこの間はそれでも三人声かけてくれた人いたけれど。そんなふうにいつまでも声をかけてくれる人はやっぱ特別な目で見ちゃうのは否めない。つーか、話変わるけど、楽天もトラバ承認になったのかな。よくわからないや。楽天ではブログ持ってないから、とりあえず取ってみるのも悪くないかも。今度の休みに楽天でブログ開設してみよう。

それでいいと思うよ

2007年02月10日 08:18

支えてもらうばっかりで。 - こんな世界のはしっこで・・・


ここではGという伏せ名で書いてはいるけれど、誰のことかわかるとは思う。(笑)
そのGって人気もあるしその発言を見れば本当に俺様で、よく知らない人からすれば「強く美しく言いたいことはハッキリと相手を不快にさせても言うような人間」というふうに見ている人もいるかと思う。そういう態度でいられるのも、一人で立っているからなんだというふうにも取れなくもない。けれど、実際の彼は一人では立てない人間だ。ついてこれるやつだけついてこいと他人を突き放してはいるけれど、実際についてこなかった場合に何でもないような顔をしているけれど心では深く傷付いている、と私は見ている。でも、それはきっと違わないと思う。それを匂わせるような発言も聞いたことあるしね。


そういうことに気が付いたとき、私は、誰も一人で立てる人はいないんだなあと、そう思ったんだ。


けれど、それが悪いってわけじゃない。ただし、それに甘えてはダメなんだ。一人で立てないのは事実ではあるけれど、一人で立とうとするその精神が大事なんじゃないかって。
Gはそれをわかってて、だから、一人で立つよう強くイメージをして「其処に立っている」んだと私は思った。そして、それを陰で支えてくれるのがファミリーであり、その延長線にいるファンたちなんだって。だから彼はファミリーをとても大事にしている。自分をこうやって立たせてくれる人たちだから、いつも感謝の気持ちを持ってる。彼に出逢った人たちはみんな言う「とても律儀で真面目な人」だってね。とても俺様発言をするようなそんな人じゃないみたいだよ。


それよりも、なにより、未熟な自分という奴をなんとかしていくのが先決のように思えていて、せめて、自分が支えてもらう部分を減らしていこうとはしているつもりだ。


自分が弱いこと、未熟なことに、変に引け目を感じている部分があるのかもしれないけど、一方でどこかでそれを盾に、誰かに甘えていたりしないだろうか…。


そういう意味でも、一人でも立って歩いていけるようになりたいと思っている。



それでいいと思う。まさにGもそんな気持ちでやってきて、今の彼がいるんだと思うから。だから、あなたは間違っちゃいない。それでいいと私は思う。

きっと不愉快にさせる

2007年02月10日 07:55

鼻が赤くなりにくいティッシュです - はてな小説をとりあえず書く気はないですよ。


↑を読んで思った。私も過去に何度もネット上の友人をネタにして小説を書き、それを実際に投稿した物書きでもあるんで、誰かの経験をデフォルメして、これからも小説は書いていくと思う。
昔から私のことを知っている人なら知ってるはずの例の恋愛小説の主人公は、初めて私がネット上の友人をネタにして、しかも、その人とヤフーの掲示板でやり取りしたことやメール内容までもネタにして小説にし、投稿したこともある。もちろん、かなり事実に基づいた内容をそのまま使ったので、本人には了解を取って書いたものではあるけれど、それでも人によっては私の物語の進め方を不愉快に思う人もあるだろう。物書きが必ず通ると思われる、お気に入りのキャラが意に添わぬ扱いをされてキレる読者というのも私は経験してきたしね。まあ、私の場合はキレるという過激な人じゃなかったんですけれど、それでも「そんなこと○○にさせないでください」なんて声は当たり前にもらったし。
確かに、当時はその読者に申し訳ないとは口では当たりさわりないことを言ったけれど、だけど、やっぱり心の中では「そんなことは言われたくない」とむかついていたことは確か。


私は覚悟が足りないんだなと、そう思ったものだった。


私だって故意に傷付けるために書くわけじゃない。けれど、それでもどうしても傷付けるような表現になってしまうこともある。傷付けないように配慮して書いたって、どんな書き方だって、傷付く人は出てくるだろうから、それはもうしかたない。非難を覚悟で書くしかないし、過去に日記にも書いたけれど、いつか私も訴えられてしまうものを書いてしまうかもしれないなあと。まあ、これはプロになった場合にその可能性は高いというだけであって、今のままだったら、訴えられる可能性は低いだろうとは思うけれど。
書くなという人のことは書かないがいいということはそれは正しいことだと思う。けれど、物書きの私からすれば、書きたいとなったら、それが書いちゃダメだとしてもどうしても書いてしまうこともある。それだけその話、その人に魅力があるからなんだと思う。恋愛小説で書いたその人は独特なキャラだったから、それもあって書きたくてしかたなくて書かせてもらった。あと、私の母親の遍歴も小説ネタにはもってこいで、過去の投稿小説で使わせてもらったこともある。ネットで知り合い小説のネタにさせてもらったその人も私の母も、どんなことでも自分をネタにして書いていいと言ってくれたから、それもあってそのままの設定で使わせてもらった。私にとってそういう声がもらえるということは望外の喜び。他にも何人か、いつか書かせてもらうと約束している人がいる。
けれど、書かれたくないという人がいることもわかってるし、書かれたくないっていう態度がダメなんだと言う気はサラサラないけれど、でも、私は自分が書きたいとなったらどうしても書いてしまう物書きなんで、きっと書いてしまうと思う。だから、私に書かれたくないなら私に近付かないことだし、私に見つからないことではあるんだけど。これが見つけてしまうこともあるわけで。あとはもう宣言してくれるしかないよねえ。これは書かないでって。
書くとか書かないとかじゃなくても、私に読まれたくないという人は何人かいたんで、その人たちはハッキリと私に絶縁状を突きつけてきたこともある。読むなと。それはそれで確かにむかつくことではあるんだけど、そういうふうに宣言することは大切なことだと思うよ。私もそういう声が私に突きつけられれば、書かないように、読まないようにと意識はするからね。


だから、私は「絶対に書きません」とは宣言できない。そんなに自分を律することはできない。やっぱ物書きっつーのは人間性がいいもんじゃないというのが私の物書きに対する見方であるからなんだと思う。いい人間は物書きにはならないよって。もちろん、これは何度も言ってきたことだけど、いい人間だって物書きにはなれるし、現に作家としてやってる人はいる。けれど、私はそういう作家にはそんなに魅力を感じない。いつでも自由奔放に激しく書き続け、人々に「狂ってる」と言われるような作家に惹かれるから。だから、私もそんな物書きになりたいと思っているのかもしれない。

やっぱり好きなんだな

2007年02月09日 10:11

betatics みんな恥ずかしく生きてる。(リンク切れ)


逆に何も言うことを聞いてくれない人にも好意を持ったりする。



↑の言葉は書いてる人の意図とは違う受け取り方をたぶん私はしていると思う。いや、絶対に、だな。(笑)
けれど、私は「ああ、そうだよなあ」と思った。私も私の書いたものに反応してくれる人、たとえそれが否定的な反応であっても、その人に興味を持つし、時には好きになったりするんだけど、でも、まったく反応してくれない人に対しても、どうしようもなく「好きだよなあ」と思うことがあるから。今一人そういう人がいる。でもやっぱり私はその人が好きなんだ。なかなか素直にはなれないけれど、それでも私なりにその人と対峙していこうと思う。って、そう思ってることはその人は夢にも思わないんだろうなあ。

呪ってやるから(笑)

2007年02月09日 10:01

「俺」のセックスなんて不完全なWeb6.0ターンよく読んでたブログのこととか。 - livedoor Blog(ブログ)


キミも消えたら呪ってやるからね。私の呪いは強烈だよ♪(W


【2009/5/15追記、あらいつのまにか消えちゃってたし】

負けずに強く・・・・

2007年02月09日 09:54

セックスより完全なもの - 傍にいて(リンク切れ、過去ログから探すのめんどいので引用だけさせてもらう)


 誰かが傍にいて支えてくれるというのはとても心強いし幸せだと思うけれども一人で立てるようになりたいと一条は思う。



一人で立つことの意味は私はちと違う。一人で立ってる人なんてこの世には一人もいないよって。自分は一人で立っているように見えても、必ず誰かの何かの支えがあるはずだから。私はそれに気付いたとき、それでもいいじゃないか、一人で立てるならって思った。
私は支えてくれるのが人じゃない場合もある。ただの幻想とか物とか、そういう無機質なものや形のないものでも支えにすることができる女だ。それを誇りに思ってるし、だからこそ、私は自分がこの世でもっとも強い女だと思っている。私以上に強い人間は誰もいないよって。


ああああ、ほんとーにスルメ歌だ。(爆)


話がぶっとぶのもご愛嬌。今この瞬間を支えている歌に感謝。傍にいなくても、たとえこの思い込みが本当にただの思いこみだったとしても、私に立てる力をくれる存在だから。それが傍にいなくても立っていられる理由。その人が其処に存在しているという事実だけで、私もがんばれる。


セックスより完全なもの - 何ができるかできないか、ではなくて(リンク切れ、過去ログから探すのめんどいので引用だけさせてもらう)


 多分できることは色々あって問題はできるかできないかじゃなくってするかしないか。自分が何をするのか。しないのか。何のために誰のために何をするのか。答えは自分の中にあるのだ。



そう。いつでも鍵は自分の中にあるんだよ。それを活かすも殺すも自分次第。

今朝もぐるぐる

2007年02月09日 09:25

そういえば昨夜息子が「2位だし」と言った。「やっぱり1位は無理だね」って。ほっとけ。ぷんすか。でもがんだむのアレでも2位で最高だったわけだから、それに次ぐ快挙だと思われ。いいじゃないか1位じゃなくても。なんか、どこだかではおぢさんもポスターしっかりもらって買って帰ったっていう話じゃん。わかる人にはわかるんだよっ!

元気をくれる言葉

2007年02月09日 09:15

まなめはうす ことば


「何かを表現したって誰にも届かない」という諦観は、
「何かを表現すれば、それを必要とする誰かにきっと届くはず」
という希望に変わろうとしている。from ウェブ進化論



本日の元気の源、まめさんありがっとー♪

そのアクセスは

2007年02月08日 23:01

そのアクセスはプライベートモードからなんで、私がどんなコメントをつけたかはわからないと思う。まあコメントというよりはあなたの書いたものを引用したというだけのことだけどね。あなたの答えてくれたことを何度も読んで考えたいから。そのためのブクマ。私のはてブはいろいろと公開しちゃマズイものがあるんで(お気に入りに知られちゃいけない人も入れてるし)それもあって公開はするつもりないです。その代わりに、ココでコメント代わりに記事書くことにしたから。たとえ一行だけでも。せっかくお気に入りに入れてくれた10人の人には申し訳ないと思うけれど。
あれって公開しない限り削除できないんだよね。相手には表示されないから、私のはてブをお気に入りに入れたこともいつしか忘れてしまうんだろうけれど、私のほうはいつまでも登録者数が表示され続けるんで、その数字を見るたびに心がチクチクするけれど、それはもうしかたないことだ。それを覚悟でプライベートにしたんだから。


そして、あなたがいつまでもそこで書き続けてくれることを切に願ってます。大好きなあなたへ。いつまでも心は繋がってるよ。(*^_^*)

書き上げたけれど

2007年02月08日 22:45

原稿書き上げてウェブから投稿したけれど。あれってちゃんと投稿できたかどうかの確認メールってこないんだろうか。一応メールアドレスは記入するようになってたからグーのメアドを記入したけれどね。
さあ、どうなりますことやら。採用されるかどうかはわからないけれどね。まー思いっきりイタイ文章書いちゃったし。でも、私はああいう書き方しかできない女だし。掲載されたい文章で掲載されたいじゃない?それ以外で掲載されてもねえ……や、それでもやっぱ選ばれたいとは思うけれど。でもまあもう投稿しちゃったし。でもま、採用されなかったら、ライブドアであげちゃおっと。ちゃっかりノイズちんなのだ。(爆)

好き好き大好き

2007年02月08日 22:40

↑のタグは私です。(笑)
といっても、彼女がココを読んでるかどうかは不明だけど。(^^;


Ladder to the Moon - suVeneのあれ りんごの実とムラ - 伝えたいこと聞きたいこと(suVeneさんへの返信)


この記事を読んで、驚くほど似てるよなあと思ったんだけど、もちろん、同じ人間じゃないんで、細かいところでは違う。
私は旦那に「苦労はさせないから」と言われて結婚したわけだし。自分が旦那を幸せにするんだっていう気持ちは持ってなかった。ただ、旦那の方は、とにかく私が傍にいることだけで「幸せなんだ」という人だったから、結果的には私は旦那を幸せにしているはず。じゃなかったら、とっくの昔に三行半を渡されてるだろうからねえ。あたしゃ良き主婦じゃないんで。


とと、またしても自分語りをおっぱじめるところだった。(W


とにかく、いいと思うよ。そのまま書きたいことを書いていけば。私も書きたいことを書いていくし。って、別に関係ないか。彼女は彼女。私は私だ。それでいい。それで。


【2008/11/14追記、言及したことを本当に嬉しいとその時は思ってくれたんだろう、恐らく。それが読まれたくないと思うに至った心理というものを純粋に知りたいと思うよ。とはいえ、ご本人さんも私に読まれたくないという気持ちは自分でもどうして読まれたくないのかわからないかもしれないのだが】

ぐるぐる

2007年02月08日 12:05

少なくとも一人は虜にしたということだ。(笑)
本来ならここまで虜にされるはずじゃなかったし。とはいえ、一番好きというわけじゃない。大切になったことは違いないけれど。
あああ、ぐるぐる頭で流れてるよ~。ううう、原稿書かなくちゃなんだけど。今日はいろいろと予定が狂ってきてて。某所にもまだログインしてないし。午後から書ければいいんだけどなあ。いや、絶対書く。書くったら書く!

これもまた魂の双子

2007年02月08日 11:59

とはいえ、本人たちは「どこが?(`´メ)」となるんでしょうけれど。(爆)


以前、旦那がネゴシエーションしたことを日記に書いたわけですが、Gも学生時代に似たようなことしていたとか、先生を泣かしたとか言ってて、やっぱりこいつらは似てるよと思った。考え方が全く同じではないにしろ、かなり似通ってはいると思う。まあ、女の好みも似てないとも言えないし。そうなると、同属嫌悪っていうのもあながち違うとも言い切れない。Gはもちろんうちの旦那のことは知らないからどうなのかは本人同士が話してみないとわからないことではあるんだけど、話し合ってない旦那にしてみれば、自分が見れる範囲だけのGのことしか知らないわけで。そうなると、どうしても男として同じに見られるのはおもしろくないとなるだろうしねえ。
ただ、Gは私たちに見せているあの姿が本当かどうかはわからない。そのまま信じることはさすがの私もできないし。こういうことってやっぱり本人に直に接してみないとねえ、わからないもんでしょ。ネットの知り合いにしても、直接逢わないと相手の本質に近づけないのと同じで。

いつも読んでます

2007年02月08日 11:17

304 Not Modified みんなが元気になる記事を書いてみたい


まめさんが好きに書くだけでいいんだって私も思う。私は元気もらってるし。それに私一人だけじゃない。ああ、今日もまめさんいろいろ書いてるなあって。そうみんな思って読んでるんじゃないかな。

号泣

2007年02月07日 09:56

あなたは私をどこまで泣かせる気ですか。そのフレーズは反則だよ。「カノン」その曲を使うなんて。


こういうことがあるから。
そういうことがあるから私はいつまでも彼に縛られる。
こういうことがあるからもしかしたらやっぱりGは私を見ているのだろうかと思ってしまう。
どうしてその曲なのか。
これはただの思い込みなのか。
もしかしたら他の人の紡いだ言葉でそうなったのかもしれないとか。
でも、でも。信じたいと思ってしまう。
これは私に向けられたメッセージなんだと。


君が目指すものに辿り着いたら約束を果たすよと。


たとえこれがただの思い込みであったとしても。
それでも、結果は残るのだとしたら、私は辿り着くために頑張りたい。
貴方に誇らしげに報告ができる日を夢見て。
ああ、カノンが流れる。
永遠に流れるこの曲に心も身体も浸っていれば、きっとできる。きっと。
私にイメージを与え続けてくれる貴方に感謝して。
私は逝くよ。(笑)



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