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歪んでしまうのは環境だけじゃない

2012年02月24日 21:40

イザークとラチェフは似たような境遇だと思う。いや、厳密にいうと違うか。イザークは化け物になるべくして育てられ、子供に注がれる親の愛情はもらえず愛を知らずに育った。ラチェフも同じように親からの愛情はもらえなかった。子供さえいなければ幸せになったのにと言い続ける親に否定され続けて育った。親からの愛情をもらえず自分を否定されて育ったという点では同じだけど。ただ、イザークの親は彼の本当の親なのかどうかはちょっとわからないが、ラチェフの親は実の親だったみたいで、あの親にしてこの子ありというのもしかたないのかもしれない。だから、様々な要因が子供の性格付けに関係してくるんだろう。だから、何も最悪な環境だったから歪んだ性格に育って、将来、何らかの犯罪に手を染めるってものでもないと思う。イザークが光に向かうこと、ラチェフが闇に落ちていくこと、それらは創作ではあるけれど、現実世界でも同じことは起こりうる。

不幸な生い立ちだからしかたないと言わないでほしい。不幸な生い立ちでも歪まずに育つ子だって大勢いる。不幸な生い立ちでなく、普通の家庭で親の愛情に包まれて育ったとしても犯罪を犯してしまう者もいるんだよ。決めつけないでほしい。確かにそこに至るまでの出来事は犯罪抑制のためにも考えなければならないことだろうけれど、犯罪は犯罪。許されることじゃない。それがどんな理由であっても、許しちゃいけないんだ。

話し変わって、それでもラチェフって私は好きなキャラだ。ぜひあの役はガクトさんにやってもらいたい。もっとも、ラチェフやるにはガクトさん年食ってしまってるけど、たとえばアニメになったとしたら、声はガクトさんにやってもらいたいよなあ。(笑)
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見ているだけで

2012年02月07日 22:53

昔、交流していた人のブログを読んでいてふっと思ったこと。私は交流なんかしないほうがいいのかなあって。ブログではコメントをつけることもできる。その人がコメント欄を閉じていなければ。けれど、その人のブログはコメント欄を開放しているわけだから、私だって書き込みしていいんだよね。でもできない。私は少なからずその人とは過去に親しく会話させてもらっていたから、その人の反応が怖いというのもある。もっとも、その人は他の人に対する接し方と同じ接し方をしてくれるだろうと思うし、それに、だいたい「怖い」って思うこと自体が「そんなこと思う資格もない」と自分ツッコミしてしまう。「怖い」と思うならあんな騒動起こさなきゃよかったんだよって。で、その人とはまた別の人のことでつぶやいてみる。


彼女のことも最初は見つめているだけだった。
偶然見つけた彼女のサイト。
当時私が好きだったドラマのこと書いていた。
それから彼女の書く詩に惹かれ、彼女の書くものすべてに魅了され。
でも話しかけれなかった。
あるきっかけで「話そう」となって掲示板に書き込みしたわけだけど。
その人と交流しなければよかった、と今は思う。
私にとってはその人と交流したことは今でもよかったことと思える。
けれど、彼女にとっては私は害にしかならなかった。
深く深く傷つけた。
どうして私はこんなふうに相手を傷つけてしまうんだろう。
私はそういう人間なんだ。
たぶん今まで私と知り合ってきた人すべてが私に傷つけられてきたはず。
ただの一人も傷つけられなかった人はいないはず。
そりゃ、傷つき傷つけられることが交流であって、傷つかない交流なんて存在しないというのが真実なのかもしれない。
けど、そうだったとしても、私のように相手をとことん傷つけてしまう奴は、本当に大切に思う相手とは接触しないほうがいいんだろうなあって。

見ているだけでいい。
見ていられることは幸せ。
けれど見ているだけはちょっと淋しい。
でも、それが双方にとって一番いい関係なんだ。



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