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生きる原動力

2013年03月06日 22:17

中貫さんのブログのコメント欄にも書いたけど、麦ちゃんテルちゃんシリーズ(笑)を読み返してみて、やっぱり私は「はらきよ」が一番好きだなあと思う。サイトのブログで「最強最愛」読んだ感想めいたもの書いたけど、「はらきよ」にもいろいろ引用して自分語りしたいこと出てきた。まあ、サイトのブログに書きゃいいことなんだけど、何となく内容としてはこっちのほうがいいかなということで。こっちは、ほら、とりとめないことをダラダラ書くって感じでやってるからさ。(笑)

中貫さんは主人公の麦ちゃんを「いい子」にしないようにしたと言っていた。同じく主人公のテルちゃんはもちろんまったく「いい子」の要素はなく、いわゆる悪人側のキャラだ。ただ、麦ちゃんを愛することでちゃんとした(?)極悪人にはなりきれない。私もこの世の中、「いい人」では生きていけないよなあと思ってて、どちらかというと麦ちゃんの考え方に近いと思ってる。ただ、麦ちゃんのように自分の考えに信念を持つことがなかなかできなくて、麦ちゃんみたいに堂々と自分の生き方を公言できない。だから、苦しむ。だって、自分の生き方を正当化しようとしていろいろずるがしこいことやっちゃったりするから、その行為で自分の中にある良心が自己嫌悪をもよさせて、それで苦しむんだ。私も言いたいよ。でかい声だして麦ちゃんのこの言葉を。

『なんでせっかくあるコネをありがたく使わないんだっっ。名薬師直伝とか父親が「お前にはもうかなわん」って言ってたとかあることないこと言って売るのよっっ!!死人の名誉より生きてく人の野望のが大事なんだから!!それで売れたら結果は勝ちよ!親父の城がジャマなら上から自分の城ぶっ建てろ!天気のいー日に上から見下ろせ!!』


まあ、私にゃそんなコネなんかないんだけどね。ただ、コネと言えるかどうかアレなんだけど、私の母親はけっこう地元じゃ知られた人で「あの人の娘さんなら…」と、なんか等身大以上のこと噂されたりしたこともあった。だから、それを利用して条件のいいとこに嫁に行けたりしたんだろうけれど、いかんせん、きっといいとこに嫁に行ったとしても「騙された」とか言われて三行半されただろうけどねえ。親がすごいと子供はダメになるの典型的な例が私だから。でもまあ、自分で言うのもなんだけど、私でも努力とその気があればある程度ひとかどの人物になった可能性はあるんじゃないかなあと思ってたり。(言うはタダタダwww)でも、私は母親のように自分のことより他人という考えの持ち主じゃないんで、さすがに母親のような存在にはなれないだろうけど。

ここのブログでもいつだったか引用元を書かずに引用したのが次の言葉。

『オレはお前みたく、何もできんでできんことを当然に思うような女は好かん…その顔で他の男を捕まえろ』


あの時は「その顔で…」のくだりは引用しなかったんだけど、この言葉、「はらきよ」7巻でのテルちゃんの言葉だった。テルちゃんはうじうじぐじぐじした女が嫌いで、とにかく気の強い生命力の塊のような女がタイプらしく、あー、私ってけっこう麦ちゃんみたいな面もあるけど、麦ちゃんと違うとこは、いったんネガティブに囚われると、テルちゃんのいっとう嫌いなタイプになるよなあと思い、ここで引用した時はめちゃんこそのネガティブ路線に突入してた時だったんだよなあ、と。(笑)まあね、麦ちゃんだって、たまーにネガティブに囚われることもないこともないわけで。「はらきよ」最終巻で、麦ちゃんも『悲しいだけの人生なんて、楽しいだけの人生と同じくらいありえないよ』と言ってたもんね。それって、楽しいを追及して、楽しいことを感じる為に生きている麦ちゃんが、楽しいだけで生きてきたわけじゃない、時には悲しいことに囚われることだってあると言ってるわけだよね。だから、私だって麦ちゃんと似たようなもんだよなと、そう思い込むことで、私も「そうだ。私だって間違っちゃないんだ。これでいいんだ」と、背中押してもらったような気がしたんだ。ホント、私っておめでたい人間だよなあと思う。でも、ちゃんと生きていけるのならそれもアリかな、って。だって、私は生きなきゃならないもん。私に生きててほしいと思ってくれる人のためにも。そして私自身のためにも。

それにしても、その「はらきよ」最終巻でのテルちゃんの麦ちゃんへの「愛の告白」(笑)は壮絶だったよなあ。

『麦子。オレは昔…悪霊に憑かれたおかんを殺した…そんで、たとえもし、もう一度あの時に戻れたとしても、同じようにおかんを殺す。何度おかんを苦しめても何度血の涙を流しても「今」と違う「今」は欲しくない。麦子と逢える未来しか選びたくない』


陳腐な言い方をすれば、子供っつーのは親を超えてかなきゃならんわけだから、母親より愛する女を取るというのは理に叶ってると思う。親としては寂しいことではあるんだけど、そんな我が子を頼もしく思って送り出すのが本当の親なんだろうな。

私はこうやって子供の頃から物語の中のキャラのセリフで考えや生き方を学んで、それを自分の物にしてきた。生きてる誰かの言葉で考え生き方を決めてきたという覚えはあまりない。まあ、物語の場合は、ああ、そうか、そういう考えはこの物語のこのキャラから取り入れたのかと確認が取れるけれど、生きてる誰かの言葉はなかなか確認を取るということができないんで、もしかしたら、中には生きてる誰かの言葉が私の考えや生き方になってることもあるかもしれないけど。それにしてもほんとに生きてて良かったと思う。こんなふうにまた夢を見させてくれる物語に出会えて。多田さんが亡くなった時、栗本さんが亡くなった時、他に何人かの夢を見させてくれていた書き手さんがいなくなってしまって、もう私に夢を見させてくれる誰かは出てこないかもしれないなんて思ったこともあったけど、こんなふうにまた中貫さんのような書き手さんが出て来てくれた。それだけでも生きてて良かったってほんとに思う。それは私の生きる原動力となる。そして、それが私は本当に嬉しい。


……どうでもいいけど。やっぱひとこと付け加えておきたい。↑の「本当の親なんだろうな」以降の文章は書きなおした。つか、せっかく渾身の思いで書いた文章がものの見事に消失してしまって、またしてもわたしゃ気を失いかけてたんだよ。(爆)だかだかだかーっと書いて読み返そうと更新ボタン押したとたん、ログアウト画面が出て、またしても頭真っ白になりかけたんだよっぷんすかっ。コピペしてから更新ボタン押すべきだった。おのれ、FC2め。またしても私を陥れるつもりだったのかっ。うがーーーーー。(さて、更新ボタン押す前にコピペしなくちゃ(--;)
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