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こんなこと書いてる場合じゃないんだけど

2014年10月25日 22:06

ほんとはね、本家ブログで連休のことを書こうと思ってたんだけど、いろいろとありまして今日は書く時間が取れませんでした…と言いつつこんなもん書いてる。ならば、こんなこと書かないでそっち書けよと自分でも思ったんだけど、まあ、連休の話題はわたしにとって大切な思い出であり、やっぱそれなりの覚悟(何言うてんだか)で書きたいわけよ。けど、こっちの話題はまあいわば脊髄反射。つーことで、なんか言い訳しつつえいっと書いちゃう。(笑)

とあるブログを読んでたら、「お前ら好きなエントリはちゃんとローカルに保存しておけよ!」とタイトルで叫んでた。ここまで書きゃリンクすりやいいんだけど、まあしない。記事に言及というよりは、書かれてることで、ああ、そうだよなあ。わたしもそう思うよ、けど、昔のわたしならいざしらず、今のわたしは他人の書いたものはローカル保存するほどの文章に出会えてないよなあ、と。ただ、過去に消えてしまって悔しい思いをした文章が、それが自分の書いたものであるということがいまだにトラウマとなってるよなあ、と。

これ何度も今までに書いてきたことなんだけど、2003年だったっけ、8月くらいから11月くらいまでの日記ログが完全に消失してしまったことが、今でもほんとーに残念でならなくて、どうにかして取り戻せたらなあ、今、もし選択シーがあったら、その時に戻してもらってログを何とか今の時間に持って帰れないものだろうかと考えてしまってるほど、それほど、あのログが消えてしまったことが悔しくて悔しくて。

今、子供の頃の日記からウェブで書き出す頃までの日記を編集している最中だけど、どうしてこの頃に日記書かなかったんだろう、とか、もっとそれについて詳しく書いときゃよかった、とか、そんなふうに思う頃のこともあったりして後悔したりすることもあるんだけど、それはまあ、実際には書かなかったわけだから悔しくても多少は納得はできるわけ。けど、ちゃんと詳しく書いたものがなくなってしまったというのはどうしても自分の中で納得ができないわけなんだよな。そういった執着はあんまりよろしくないとは思うんだけど、その消失したものが今でもけっうよく書けてたとわかってるものだったりすると、さらに余計に悔しくて悔しくて。それをもう一度読み返したいと切実に願ってしまうほどに。

わたしは自分の書いた物はウェブにもあげてるし、ローカルでも保存してるし、いろいろ保存はしてるわけだけど、それは昔もそうだった。ただ、その消失した時はほんとに運が悪くて、ローカルというかディスクに保存したあとにウェブ上のログを消したあと、ディスクがウィルスに感染してしまったために、どうしようもなく消えていくのを眺めているしかなかったという。ほんとに運が悪かったんだよなあ。今でもその頃の日記は読み返してみたいという気持ちはある。ちょうど、旦那さんがパン屋さんに勤めてた頃のことで、その頃書いてたものをむしょうに読み返したくなる時があるんだよね。あまりいい日々ではなかったその頃なんで、最初はいい思い出のない時期だから、神様が忘れてしまえと言ってんだとムリヤリ納得しようと思ったんだけどねえ。やっぱ無理だった。読み返したい、ほんとに。

わたし、ほんとに自分の書いた物が好き過ぎる。何度も何度も読み返してもまた読み返したくなる。

あの時の日記、ちゃんと存在してたのに…今はもうどこにも存在しない。

もちろん、この記事もこれ書いたあとに保存するよ、うん。(笑)
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うー

2014年10月11日 17:04

またしても休みが終わっちゃうー。

今日は昼からブログ書く時間が取れると思ってたんだけど、息子がリビングで録画してたものを見ながらパソコンするっつーんで、わたしはブログを時間かけて書くってことができなくなった。で、今の時間に至る。もうすぐ夕飯の支度しなくちゃだから、やっぱりじっくり書くっつーことができなくなった。

例のハーレクインで語るっていうの、まあ、厳密にいうとハーレクインというか、最近読んだハーレクインのコミックスの内容と中貫えりさんが以前描いた「魔界紳士録」の文庫サイズのコミックスに収録されてた「或る別れ」と「魔界紳士録」本編内でのとあるエピソードなどを絡めて、男と女の愛の形について書いてみたいと思ったんだよね。それと、ガクトさん表紙の雑誌に書かれていた言葉っていうのが、それらの内容に関係しているかといえば厳密に言うとちょっと違うんだけど、ただ、ハーレクインといえば、絶対ラストはハッピーエンドでしょ、んで、ガクトさんが言ってたのはハッピーエンドよりそうじゃないエンドのほうが人の心に残りやすいというその言葉だったこともあって、いやいやいや、それはそうかもしれないけれど、少なくとも昔はどうあれ、今のわたしは絶対ハッピーエンドのハーレクインに救われてのめりこんでいるわけで、わたしの心には悲話よりもそうじゃない話も心に残っているよ、と言いたかったわけで。それに、たとえ絶対ハッピーエンドというハーレクインではあるけれど、実はそこに至るまでがけっこう壮絶な運命を抱えてるキャラたちで、悲話よりも相当ハードな物語ではあるんだよねー。これでもかっていうほどキャラたちは痛めつけられてるわけだもん。けれど、ラストはそれに見合うだけの急展開な幸せラスト。ご都合主義だと言われても、現実的じゃないと言われても、つらい思いをした人が報われるっていうのは人々の願いでもあるもんねー。現実はそうじゃないから、せめて物語の中だけでも幸せでありたいと、そりゃ、物語ってそういうもんでしょ、ってなもんで。それがハーレクインの骨頂かなあ。なんてね。

とと…話はちょっとズレてきたけれど、「魔界紳士録」に絡めて話したかったハーレクインの話はリサ・クレイパス原作、岸田黎子描く「あなたを夢みて」なんだけど。詳しい内容は書かないけれど、その両方で共通しているエピソードというのが、愛する女がいるのに様々な理由で愛する女に手が出せないために、愛する女に似た別の女を抱いてしまうという男について語りたいなあと。わたしの書いてきた小説でもそういうエピソードは書いたものだけど、現実にわたしはそういうことは許せない人間であり、そういうことをする男が理解できない、というか、理解はできるけど、理解したくない、認めたくないというのが本音。自分の男がそれやったら絶対許さない。つまり、うちの旦那さんが浮気したら離婚だよなあ、と。まあ、浮気とはちょっと違う話だとは思うんだけどね、「魔界紳士録」のテルちゃんと「あなたを夢みて」のデレクの場合は。テルちゃん、デレクのその心理を自分なりに語り倒したいとは思うんだけど、いかんせん、もう時間切れ。ここまで書くので精一杯。続きはまた今度、いつ書けるかわかんないけど、いつか書ければいいなあ。彼らの愛の形について。

まあ、そのふたつの物語がきっかけで、彼らと似たようなキャラである自分の持ちキャラ、マリーの続きの話を書きたいよなあとなったわけだけど。やっぱ時間がほしいよ。書きたいけど、なかなか時間が取れないよおう。(;_;)

あー

2014年10月04日 17:09

休みが終わっちゃうー。ちゃんとしたもの、とはいえ、本家ブログというわけじゃないから、ちゃんとしたものというのもおこがましいんだけど、それでも、こんな意味のないツブヤキじゃないものっていうレベルなんだけど、それでもなんか書きたいなーって思ってたんだけどね。今日は旦那さん仕事だから、ちょっと書く時間できたんだけど、ついつい過去日記の編集しちゃったもんで、時間なくなっちゃったんだけど。

ガクトさん表紙の最新雑誌に書かれてたこととか、ハーレクインで語りたいと思ったこととか…うん、このふたつの話題って微妙に関連したことではあったんだけど。そのうち書けたらいいけどなあ。

あと、今月17日は結婚25周年記念日です。15日と18日は通常休日なんで、16と17お休みもらいました。なので4連休です。息子のことで春に連休取ったけれど、あの時は休みという感じの休みじゃなかったんで、今度の連休は休みを堪能したいと思います。ほんとはどっか旅行にでも行きたかったんだけどねえ。それは30周年の時にでも。あと5年。無事30周年が迎えられることを切に願いたいです。

ではでは。



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