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気力が欲しい

2016年11月20日 08:56

毎週水曜と土曜は仕事がお休みなので、長期入院中の母の見舞に週二回行っている。もう退院できないかもしれないとは言ったけど、三ヶ月しか入院してられないんだそうだ。それ以後は何とか施設に入れるようにと弟の嫁さんが考えて動いてくれている。なんとかなってほしいけれど。

週二回顔を見に行ってるわたしから見て、母は小康状態で、気力は落ちているが、それほど様子がひどいというわけじゃない。けれど、抗がん剤治療とかはしてないし、痛み止めで痛みを緩和しているっていうだけの毎日を送っているわけだから、奇跡でも起きない限り、母が完治するということはないだろう。それをずっと最期まで見続けるのが子であるわたしにできることではあるから、つらくても週二回、通い続けている。父にはできなかったことをせめて母にはしてあげたいという気持ちから。できれば毎日でも顔を見に行きたいのだけど、いかんせん、わたしは車の運転ができないので足のある水曜と土曜に行くことだけしかできない。世間をにぎわせている高齢者の運転事故とはいうけれど、高齢じゃなくても運転に問題のあるわたしみたいなヤツもいるから、わたしは車の免許は持つべきではないんだけど、やっぱ車の運転できないのは田舎のような公共の乗り物が充実していない場所では困るんだよなあ。タクシーは便利だけど市内でも数千円もかかるとなるとね、たまに使うはいいとしても、毎日は使えないよねえ。はあ。確かに100円でどこでもいける市内バスもあるけど、ピンポイントの場所には行ってくれないし。

とと、それはそれとして。

今2008年の日記を編集し直してるんだけど、それの12月6日に書かれていた梓さんがまだ生きてるけどガン治療の真っ最中だという記述に、あの頃は、まさか母がそのガンで明日をも知れぬ状況になるとは思ってもみなかったんだよなあと感慨深くなってしまったことを今書きたいと思った。母なんて絶対そんな大病になるとは思ってなかったのに。まあ、あの頃は父もまだ生きていて、いつかは母より先に亡くなるんだろうけど、いつかはまだ想像できてなかったけど、今はもう父も死んでしまい一年が過ぎ、そして母ももうすぐ後を追うわけで。それを最期の日まで近くで見続けなくてはならないと思うと、わたしも神経持つかなあと、少しは気弱になってきてるんだよね。それじゃいけないんだけど。

でもまあ、そんなことを最近ではいつも考えつつ生活してます。なんとか少しの希望をなくなさないために、必死にすがれるものを探しつつ、わたしももうちょっとは生きなくちゃと願いつつ、わたしなりに頑張ってます。エッセイブログ、更新したいけど、なかなかできません。待っていてくれる人がいたらもうちょっと待っててくださいね。もう少し気力が出来たら必ず何か一言でも更新しますから。わたしにとってもあそこは大切な場所だもの。
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