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救いたいと思って救えるものなんてないんだ

2005年11月30日 08:57

きっと、彼女に「私も同じだよ」と言ったとしても、その言葉自体が彼女を傷つけるだろうと思う。たぶん、似てるからこそ傷つくんだろうな。
だけど、私も「そういうこと」をぶちまけたい誘惑にかられるけれど、私はもうしないだろう。そんなことしてる心の余裕がない。って言うと彼女には余裕があるって思うヤツもでてくるかな。まあ、誤解したけりゃすればいい。余裕ないからぶちまける場合もあるけど、余裕がないからこそぶちまけられないということもある。物事は一方向だけしかないってわけじゃないもの。想像力のないヤツが「そんなことしてる余裕がない」と言えば、「じゃあ余裕があるからそんなことしてるのか」と決め付けるんだ。いつでもそうだ。そんなふうに自分勝手に解釈する。そんなヤツもいる。彼女もそれで苦しんだわけだ。
けれど、彼女も言うなとは思わない、言えばいい、言ってくればいい、自分は切り捨てるから、見ないことにするからと言っている。だから言ったもん勝ちだと思ってしまうわけだ。言えばいい。誰が傷付くかなんて考えずに言えばいい。言わなきゃこっちが傷付けられる。そういうことなんだよね。


私は彼女にメッセージを送った。それに対してのレスはなく、あの記事が更新された。以前の私なら、ああ、また私は傷つけてしまったんだなと思っただろう。実際、あの記事を読んで、私のメッセージに対するものがないかと探して読みつつ、もし傷つけたとしたならそれはもうしかたないかと思った。だって、どんなものを書いたって傷つくんだと彼女は書いていた。とすれば、きっと私のあの言葉でも彼女は傷ついたに違いないから。それに、彼女は「ずっとまともな反応がなかった」とこの記事でも書いている。私が過去にトラバしたあの記事も、そして今回のメッセージも、その言葉で「そうか、私の反応もまともじゃなかったんだな」となるからね。
でも、不思議なくらい傷ついたと思わない。少し悲しいけれど、この悲しみも本当の悲しみかどうかもわからなくなっている。


人には救いたいと思って救えるものなど一つもない、と気がついたよ。


救いたくて救うのではなくて、一生懸命に、淡々と生きていけばいい。誰かを救いたいから生きるのではなく、ただ生きたいと思って何も考えずに一生懸命生きていれば、それを見た誰かがどこかでそっと救われるのだなと。


そうそう。昨夜の夢では彼が出てきたよ。何だかとても楽しい夢だった。キーワードは「○んこ」(爆)
そんなことで頑張ろうなんて思える自分が何だか好きだ。


そんなことを思った朝だった。




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