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おりばついすと

2006年01月28日 07:57

抑圧された環境や思いが文学へと昇華されるというなら抑圧されなくなった労働者たちは文学など手放してしまうんだろうな、と思った。
でも、まったく抑圧されない状況なんて生まれては来ないんだから、そういうプロレタリア文学が消滅することはないんだろう。だからその原作がまた映画化されるということは至極もっともなことで。
小林多喜二のあの小説で私は感想文を書き、それはなかなかの好評だった、当時の大人たちの間では。返す返すも原稿を紛失してしまったことは残念だ。って、また読んで書けばいいんだけどね。(笑)
そういう文学が好きというわけじゃない。ただ「抑圧された」というキーワードはどんなジャンルでもあてはまるんだと思う。満足な思いからは力は生まれない。抑圧されて虐げられるからこそ力は生まれる。そこでは弱者は消えていくだけで強い者だけが何とかしようと立ち上がるから。それが人間の持つ本当の強さだと私は思うよ。人間とはそうあるべきだって。




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