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ネットしたいなら強くなれ

2006年06月18日 11:03



煩悩是道場 - 揉め事と言論の自由


はてぶーのコメントでは書き切れない。よってコチラに書く。


私に限りだけど、ひとつの場所では書けなくなった。脊髄反射的なものはココで、じっくり書くのは他でっていう感じかな。


私としては、やっぱ言論の自由はどんなものでも許せっていうのが基本的姿勢だと思ってる。まあ、それ言ったら先日アチラに書いた私の「不快なこと書くなと言うなら不快な物をあなたも書くな」と言った言葉もうそ臭くなるわけだけど。
結局は自分の書いたものを正当化したいがためのコメントだったということは認めざるを得ない。なんだ、やっぱ昔と変わってねーなーあたしってば。


暴言とかそういうのって結局は自分に返ってくるものなんだよね。それは確かにそうだと思う。
だから、暴言を投げつけられたこっちが気持ちの処理をするしかないと思うんだ。庇護され続けたら弱くなってしまうのと同じで、本当に強くなりたいのなら暴言に晒されるのも一つの道だと思うし。現に私はそうやって強さを手に入れた。
過去の揉め事だってたいしたことじゃなかったにしろ、それでも当時の私は精神的にかなり追い詰められてたし、あれくらい処理できないとしたら、ネットなんかするもんじゃない。そういうことを相方にも言われたしね。
弱い人間がネットしちゃいけないんかと言われたら、それはやっぱり「しちゃいけない」と答えるだろうな。


ネットしたいと思うなら強くなれってね。


何を書いてもいいということにしないと、誰も本音を書いてくれなくなるよ。それは私はいやだし、そういう考えの人はけっこう多いと思うんだけどね。私の本音を聞きたいという人だっていることだし。


つまり、そゆーこと。



コメント

  1. えっけん | URL | fYFfjCTQ

    不快な事を書くな、っていうのは、
    誰かを不快にすることを書くな、ではなくて、
    自分が書かれて不快な事は書くな、ということですよねー

  2. ノイズちん | URL | -

    アッチで書いた「不快なことを書くな」は、確かに「私が不快になることを書かないで」という気持ちから出たことではあったんだけど、どう見ても「誰かにとっての不快なことを書くな」っていう書き方だったよなあと反省してるんだよね。

    ぶっちゃけ、別にいいんですよ、不快になること書いても。誰が不快になろうが、私が不快になろうが書いてもかまわない。
    ただ、それを読んだ私も「不快になったよー」って書くことも書かせてもらいたいっていうのが本音。

    まあ、そうなると結局は揉め事にまで発展しちゃうんだろうけれどね。けれど、互いに「不快だー」と言い合いしても、場合によってはひどい揉め事に発展しない場合もあると思う。
    それはもう互いの書き方がどういう書き方か、なんじゃないかなあ。あと、不快に思ってもその反応の仕方で揉め事がひどくならないときもあると思うし。

    だから、やっぱりその人その人の気質にもよるんでしょうね。

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