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努力の結果

2006年11月07日 09:21

あの不幸なできごとのせいで物語を紡ぐようになったというのもただの思い込みではあるかもね。
ただ、中学に上がる前の春休みだけで五つも小説を書いたということはあれ以来一度もなかったと思う。確かに拙いものではあったんだけど。でもまあ忘れるために」没頭して書き続けたと思ってしまってもしかたないんじゃないかな。


けれど、結局は他人にとっては「大したことない」と言われる不幸なできごとでしかないんだろうけど。でもやっぱり私はこう言うしかない。不幸は比べてほしくないって。


起こってしまった出来事は、消すことはできないし、不幸で辛いことではあったけれど──そして、そのトラウマのために今の私は欠陥のある人間なのかもしれないけれど──私は書くということ、物語を紡ぐということをもう私と切っては切れないものであると認識しています。
だからといって、今の私は不幸ではないし、おかげでいろんな経験もできましたし、たくさん友達もできました。これで、あとはネットで知り合った人たちと実際に会うことができるようになれば、そのとき私は己のトラウマに半分だけ打ち勝ったといえるのではないかと思います。



これはその時に書いたことだけど、くしくもこのメッセージを書いた一年後にN氏が言った「ときに喜びもあって生きてきたんじゃないのか」(9/19)というのと同じだよなあと後に思ったんだよね。
私だってそうだ。あの不幸なできごとがあった私だけど、それでも笑える時はやってきた。二度と故郷に戻れないという思いと、二度と何も知らなかった時代には戻れない思いは同じなんじゃないかと思うことはいけないことだろうか?
まあ、突っ込む人は「比べるなって言ったじゃないか」と言うんだろうけれどね。でもまあいいや。言いたい人は言えばいいし。


そして「実際に会うことができたら」と書いた一年後。私は実際に逢うことができたわけだ、ネットで知り合った人に。
明けない夜はない。いつかきっと日は昇るし、雨は上がる。私はそう思いたいな。つーか、そう思ったからこそ、今私は心穏やかにこうして何か書いていられるわけだもの。これは私の努力の結果だと思ってる。




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