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私は聞きたくて書きたくてしかたない人間

2006年12月26日 09:09

5年前、リアル友のAくんが私のサイトを見て「よくあれだけ毎日書くことあるな」と言ってたことを書いてた。今でも見てるかもしれない。彼だけじゃない。他にも何人もリアル友だとか息子の小学校の担任だとかはたぶん今でも覗いてるんだろうと思う。ヘタすると新聞関係者も見てるかもしれない。当時、新聞の投稿の常連だったときに、サイトのことも書いたことがあったからなあ。だから、やっぱりなかなか本音とか書けない。匿名じゃないんだもん、私のサイトは。6年前(もうすぐ7年になるけど)に開設してからアドレスもサイト名もPNもそのままで運営してるからねえ。やっぱネットでは匿名のほうが本音が書きやすい。




そしてさらに、記憶喪失になったことのある友達の話も書いていた。その友達はそういうプライベートなことも書いても全然OKと言ってくれる数少ない理解者でもあった。しかも、たとえ自分が傷付いてしまうような書き方でもOKだよと言ってくれる本当に私がすごいと思う人でもある。その彼女と今でも細くではあるけれど繋がっていられるのがとても嬉しい。


たぶん、こういう私の物書くスタンスが一部の執筆仲間には受け入れられなかったのだろうなあと思った。私とは創作に対する考え方が違うと言っていた人、いたしね。けれど、私はそういう物書きなんだもの。そして、それが一番私にとっての物書きとはそういうものなんだという考えなんだから、それは堂々と「こうなんだ」と言いたい。それがなくなったら、私は私らしい物書きなんかじゃないと思う。
私は聞きたい。誰かの体験談も考えも何もかも。ネットではそれが溢れてて、とても嬉しい。それを好きなだけ読めて、それについて何か書けて。本当に素晴らしい世界だと思う。私にもっと書かせてと言いたい。




そして、5年前にN氏の本をあげて、夢のあって幸せになれる小説も、もちろん私は欲しているし積極的に書いていきたいと思いつつも、でも反面、滅びをテーマとした切なく不幸にあふれた小説もどうしても読みたい、書きたいと思ってしまうと書いた。そういう相反するものを求めてしまうって、かなり屈折した心を持ってるなーと思い、どんなに「これしかいらない」と言い切れる人が羨ましいと思ったことか、どうして、傷つくとわかってて、不幸になるとわかってて読んでしまうのかって。


本当に傷付きたいとか不幸になりたいと思ってるわけじゃない。けれど、それを読みたい、書きたいと思ってしまうのも事実。その混沌とした自分の内面が時には疎ましく、時には愛しく思えてしまう。それが私という人間なんだ。そんな私をあなたは好きと言ってくれるのか?って、そんな感じどぇす。ってどんな感じだよっ!(爆)




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