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言葉

2006年12月27日 10:03

2年前、言葉が本物になるというタイトルで日記を書いた。それはとある外国人作家のこの言葉を読んだからなんだけど。


『小説家は言葉が本物になることを目指す』


『小説家というのは不思議なルールをつくって、それに従って書くのではないでしょうか』



これを読んで当時の私はこう書いた。


私には何となくこれらのことが得心がいくんですよね。
言葉が本物になるのを目指すのは当たり前だと思っているし、不思議なルールは私も持っている。
私の場合は自分の書く小説のほとんどは、どこかでリンクしているんですよ。そして、ある言葉をキーワードとして各小説に散りばめているんです。
だから、私の小説の全てを読んだ人は、どの言葉がキーワードかがわかるはずなんです。
過去、パスワードの部屋を作ったときも、そのキーワードを打ち込むようにしたんですけれど、わかった人は一人だけだったんじゃないかな。まあ、私の小説のディープなファンなんてそうそういるもんじゃないし。



まあ、ある意味、鬼畜とも言えるんですよねえ、私に関わると。(笑)
私なんかに興味ないという人にとっては、なかなかついてこれるもんじゃないとは思う。今では小説だけじゃなく、ウェブのあちこちにもそういったお遊び的なことを仕掛けているとも言えるからなあ。
ああ、それで思い出した。Gも同じだよなあって。
彼がいつもやらかすサプライズにしても、あと宝探しにしても、すごくそれってわかるんだよね。私もそういうの好きなほうだから。けれど、そういうまどろっこしい情報ゲットの仕方っていうのもキライな人はキライなわけで。正直言うと、私はしかける方は好きなんだけどされる方はあんまり好きじゃないんだよねえ。ほら、ゲーム苦手だから。お宝探してっていうゲーム、めんどくさがりな私にはちょっとねえとなる。攻略本片手じゃないとできないタイプ。
前に、Gが自分の作った映画のDVDにお宝映像を隠しているという話を聞いたわけだけど、それも結局は必死になってネットのあちこちでヒントとなる情報を探しまわったものだったもの。けど今思うと、そういう手間隙かけるのと、ひたすらDVDの画面で探すのと、大した違いはなかったよなあ、なんて思ってみたり。(爆)


てか、話だいぶズレたし。(^^;


言葉は確かに信じてないところがある私でもある。でもだからこそ、信じたい信じられるという証を求めて私はひたすら誰かに対して言葉をかけ続ける。ノイズとしてだけじゃなく、他の全ての「私」として。言葉が本物になるというその瞬間を見たいがために。だから、私は人々を試し続けるんだろうなあ。




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