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コゲチャはもういません

2007年01月14日 09:15

もちがやります’背伸びして


その瞬間には泣けないってことがある。


昨日、いつものように休みの旦那の車に乗せてもらって駐車場を出てすぐの交差点で赤になったので停まった。すると旦那の「あ、コゲチャ」という声。見ると歩道に横たわったコゲチャが一羽のカラスに突付かれていた。頭は半分なくなりかけていた。旦那も私も押し黙ってしまった。それからしばらくしてから、旦那は別の話題をふってくる。極力さっきのことは話さぬようにしてるようだった。


近所では、私と旦那が勝手に名前をつけた「ミカン」と「グレ」と「コゲチャ」の三匹のネコがいたんだけど、ミカンとグレの写真はあってもコゲチャの写真って撮れなかったんだよね。グレも一枚だけ何とか撮れたけれど、ミカンの写真が圧倒的に多い。ミカンの写真ははてダでも使ったことがある。グレのは今度サービスが終わってしまうやぷーすで掲載したことがある。


その時にはショックはショックでも涙は出てこなかった。これから仕事でもあったし、涙なんて出せないから気が張ってたのかもしれない。けれど、今、もちさんのこの記事を読んで、ブワッとなぜだか涙が出てきてしまった。


コゲチャはもういない。
ハムのジャンみたいにコゲチャはもういなくなってしまった。
もうあったかい日光の下、駐車場でひなたぼっこするコゲチャは見れないんだ。
命ってこんなにも簡単になくなってしまうんだなあ。
というか、カラスがコゲチャを突付いてたのはショックだった。カラス、何でも食べるんだ。そんなものまでも。きっと人のまでも食べるんだろうな。


とらば、送ろうかどうしようかと思ったけれど、アンテナにココを入れてくれてるみたいだから、あえてとらば飛ばさないでおきますね。


コメント

  1. もちもちおねいまん | URL | -

    ノイズさん心中お察しします。わたしも猫が大好きですよ・・・。
    悲しいときは悲しいほうに思い切り傾いても良いのですよね。-90度の悲しみを味わう勇気のある人だけが味わうことのできる+90度の喜びというものがあるのではないか・・・と思って書きました。
    ノイズさんのこの記事を読んでわたしの心も左右に揺れたのを感じました。

  2. ノイズ | URL | -

    >悲しいときは悲しいほうに

    そうですね。私もそう思います。
    悲しいとかツライとか、そういうのを感じない心ってほしいとは思うんですけど、それを手にしてしまったら逆に喜びも感じなくなってしまうのではないかという恐れも持ってます。
    だから、悲しみやツラサを感じる勇気も必要になってくるんですよね。
    でもまあ、わかっていても、それでも「イヤだ」という気持ちはどうしようもないと思います。
    そうやってみっともなく生きていくのも私と思ってますけれども。

  3. もちもちおねいまん | URL | -

    >でもまあ、わかっていても、それでも「イヤだ」という気持ちはどうしようもないと思います。
    わかります・・・、特に死は受け入れがたいです。いやだいやだとひとりでよく叫んでいます。いやなんだからしようがないもの、いやだものーーって。

  4. ノイズ | URL | -

    いやだいやだと叫んでいるもちさんを想像したら「かわいい♪」と思ってしまった。そばにいたら絶対抱き締めてる。(笑)

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