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私は決め付けられてもいいよ

2007年01月21日 09:53

Ladder to the Moon - 文章は書き手をあらわす。でも文章すべて集めても書き手自身にはならない


書き手像を想像するまでになった書き手さんは自分にストーカーされる



この人が誰をすとかするのかちょっと興味あるかも。(笑)


私は別にすべての場所での私を見て「あなたはこういう人だ」と決め付けられても今はいいと思ってる。それで好感持たれようが嫌悪持たれようが、その相手が私の好きな人じゃなかったらどうでもいいってやっと思えるようになったから。だから、私が表現しているそれぞれの場所で「私」に対して好き勝手言ってる人いるけれど、やっとこさそれらを面白く見れるようになった。みんなの反応がおもしろい。でも、それぞれの場所の私はかき集めれば「私」そのものだと思うんだよね。


 だから、書き手が書いた言葉、言った言葉をすべてより合わせてもそれでも、書き手自身にはならない。
 それらは無数のかけらであって、そのかけらはその瞬間には真でも次の瞬間には嘘になってしまうこともあるのだから。



だから、私に対してだけは、私のすべての書き物を合わせて「あなたはこんな人だ」と言ってくれてもいいと思ってるし、それが「私」なんだって私は言いたい。私自身だよって。私は包み隠さず発言する人だから。ココで書いてなくても別の場所でちゃんと書いてるし。まあ、すべての私の場所を把握してる人なんていないだろうけれど。だったらすべての場所教えろよと言われてしまうかもしれないけどね。やだもん。手の内見せたらつまんないじゃない。
嘘なんてないよ。そりゃあちょっとは脚色して書いてるものもあるけれど、それは嘘と言わないと思うし。「そのかけらはその瞬間には真でも次の瞬間には嘘になってしまう」っていうのは、考え方が変わったりとかそういうことを言っているのかもしれないけれど、それって真が嘘になるということとは違うように思う。ただたんに変わってしまったというだけであり、そのことは嘘だったわけじゃなく、間違いなく過ぎる過去に真だったわけだもん。嘘だったなんて言っちゃうのはかわいそうだよなあ。




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