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あの事故

2007年01月29日 11:07

そっか、あのホーム転落事故って6年前の今頃だったんだ。確か今回映画になったのってその事故を映画化したんだったよね。


それってどうよと私は思った。


あの時も、遺族には申し訳ないとは思いつつ、そんなにいい印象は持っていなかったのだけど。だって、私は「他人を助けるのなら自分こみで助けなければ意味がない」と思っている人間だから。自分が助からなくてもとか、そういうの考えずに思わず助けてしまうというのが本当の善意であるってわかってても、それでも私はやっぱり助けるのなら相手も自分もちゃんと助かるように助けなくちゃなあと思ってしまうんだよね。
でもまあ、助けようとするときに、誰もそういうことは考えないものだと思うし、助けようとしたその行いは素晴らしいものだとは確かに思ってはいるんだけど。でも……と思ってしまう気持ちは止められない。で、それをさらに美談として映画化してしまうこと。それってほんとにどうよって思うんだけど。それに意味はあるのかって。それを「人を助けましょう」という宣伝に使おうという気持ちがあるとしたら、そんなもの見たからって今まで助けようとも思わなかった人が助けるかといったらそれは違うと思うし。助ける人はそんなもの見なくても助けると思うしね。それとも、供養のための映画化? それも何だかなあと思うんだけど。誰だって忘れないよ。そういう勇敢な人がいたってこと。忘れるもんですか。わざわざ映画にする意味が私にはわからない。といっても、意味がある人はいるんだろうから、これは私がただそう感じるっていうだけのことなんだけどね。


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何かに殉じる、といえば

 「ノイズなツブヤキ」の、「あの事故 」を読んで ちょっと、話が飛躍してしまうのだが、三島が、戦前の「一億総玉砕」と戦後の「一億総懺悔」が同じ精神性であることを喝破した 話を思い出した(リンクした記事の一番下の方) リンクした記事が、断片的にしか




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