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きっと不愉快にさせる

2007年02月10日 07:55

鼻が赤くなりにくいティッシュです - はてな小説をとりあえず書く気はないですよ。


↑を読んで思った。私も過去に何度もネット上の友人をネタにして小説を書き、それを実際に投稿した物書きでもあるんで、誰かの経験をデフォルメして、これからも小説は書いていくと思う。
昔から私のことを知っている人なら知ってるはずの例の恋愛小説の主人公は、初めて私がネット上の友人をネタにして、しかも、その人とヤフーの掲示板でやり取りしたことやメール内容までもネタにして小説にし、投稿したこともある。もちろん、かなり事実に基づいた内容をそのまま使ったので、本人には了解を取って書いたものではあるけれど、それでも人によっては私の物語の進め方を不愉快に思う人もあるだろう。物書きが必ず通ると思われる、お気に入りのキャラが意に添わぬ扱いをされてキレる読者というのも私は経験してきたしね。まあ、私の場合はキレるという過激な人じゃなかったんですけれど、それでも「そんなこと○○にさせないでください」なんて声は当たり前にもらったし。
確かに、当時はその読者に申し訳ないとは口では当たりさわりないことを言ったけれど、だけど、やっぱり心の中では「そんなことは言われたくない」とむかついていたことは確か。


私は覚悟が足りないんだなと、そう思ったものだった。


私だって故意に傷付けるために書くわけじゃない。けれど、それでもどうしても傷付けるような表現になってしまうこともある。傷付けないように配慮して書いたって、どんな書き方だって、傷付く人は出てくるだろうから、それはもうしかたない。非難を覚悟で書くしかないし、過去に日記にも書いたけれど、いつか私も訴えられてしまうものを書いてしまうかもしれないなあと。まあ、これはプロになった場合にその可能性は高いというだけであって、今のままだったら、訴えられる可能性は低いだろうとは思うけれど。
書くなという人のことは書かないがいいということはそれは正しいことだと思う。けれど、物書きの私からすれば、書きたいとなったら、それが書いちゃダメだとしてもどうしても書いてしまうこともある。それだけその話、その人に魅力があるからなんだと思う。恋愛小説で書いたその人は独特なキャラだったから、それもあって書きたくてしかたなくて書かせてもらった。あと、私の母親の遍歴も小説ネタにはもってこいで、過去の投稿小説で使わせてもらったこともある。ネットで知り合い小説のネタにさせてもらったその人も私の母も、どんなことでも自分をネタにして書いていいと言ってくれたから、それもあってそのままの設定で使わせてもらった。私にとってそういう声がもらえるということは望外の喜び。他にも何人か、いつか書かせてもらうと約束している人がいる。
けれど、書かれたくないという人がいることもわかってるし、書かれたくないっていう態度がダメなんだと言う気はサラサラないけれど、でも、私は自分が書きたいとなったらどうしても書いてしまう物書きなんで、きっと書いてしまうと思う。だから、私に書かれたくないなら私に近付かないことだし、私に見つからないことではあるんだけど。これが見つけてしまうこともあるわけで。あとはもう宣言してくれるしかないよねえ。これは書かないでって。
書くとか書かないとかじゃなくても、私に読まれたくないという人は何人かいたんで、その人たちはハッキリと私に絶縁状を突きつけてきたこともある。読むなと。それはそれで確かにむかつくことではあるんだけど、そういうふうに宣言することは大切なことだと思うよ。私もそういう声が私に突きつけられれば、書かないように、読まないようにと意識はするからね。


だから、私は「絶対に書きません」とは宣言できない。そんなに自分を律することはできない。やっぱ物書きっつーのは人間性がいいもんじゃないというのが私の物書きに対する見方であるからなんだと思う。いい人間は物書きにはならないよって。もちろん、これは何度も言ってきたことだけど、いい人間だって物書きにはなれるし、現に作家としてやってる人はいる。けれど、私はそういう作家にはそんなに魅力を感じない。いつでも自由奔放に激しく書き続け、人々に「狂ってる」と言われるような作家に惹かれるから。だから、私もそんな物書きになりたいと思っているのかもしれない。




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