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察することにしても

2007年04月14日 09:17

たまに私は「どうしてわかったの」と言われることがある。けれど、それは私がその人に注目して見詰め続けているから。その人が漏らす言葉を聞き逃さず、この人がどんな言葉をもらいたいと思ってるかを本能的に察知するから。これを私はシンクロ率が高いというんだけど。そんなふうにして固い絆を作り上げた人たちが少ないながらも私にはいるわけで。けれど、こんな私は誤読の天才でもある。どうしてそんなふうに取るかなあといわれることもあるし、どうしてわからないのと叱れることもあった。でも、これが普通なんじゃないかと思う。みんなそうなんだよ。わかる相手とわからない相手っていうのはあたりまえにあるんだ。すべての誰かの言葉をわかってあげられるとか、どんな相手の気持ちも察することなんてできるわけがない。そういうことで糾弾されるなんて不本意だ。けどまあ糾弾しても今は別にいいやって思ってる。そうすることで前に進んでいけるなら。私を糾弾して前に進んでくれるなら。私は喜んで叩かれるよ。こんなバカで思い遣りの欠片もないような私なんかと知り合ってしまった不幸を忘れて誰か他の人ともっとステキな付き合いをしてくれるというのなら。そのために私はいるんだ。そこに私の存在意義ができるんだってことで。




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