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意味はないことないよ

2007年04月21日 09:52

はてなブックマーク - 深く考えないで捨てるように書く - 保護者会の出席率


suVene つーか、前から疑問だったのだが、保護者会とかPTAって何の役に立ってるの?実感がなかったのでわからん。数十人も寄り集まるコストかける意味を教えて欲しい。



私はPTAが嫌いではあるんだけど、全く意味がないとは思ってないんだよね。集まるっていうのは、まず第一にどんな人がいるか誰がどんな人かっていう認識ができる。そこでできる連帯感。その連帯感は行事する場合に和気藹々と遂行するためにも大切だと思う。ただ、これには自分の時間を削られてしまうという欠点があって、私のように他人に合わせて何かをすることに苦痛を感じる人間にはきつい。だから私は中学の時にはほとんど出なかった。小学校のときは欠かさず出たけどね。それはまあ小説書くときのための経験ということで出たということも理由の一つではあったんだけど。中学はその延長線ということで出なかった。


コメント

  1. suVene | URL | 5lgk84Pk

    >>そこでできる連帯感。その連帯感は行事する場合に和気藹々と遂行するためにも大切だと思う<<

    連帯感は確かに大事だと思うのですが、それは望む人同士でやればいいと思うし、強制させられたり、来ない人を責めたりするのはなんだかなぁと思う訳です。
    連帯感を得ることが、集るコストを上回る人はよいでしょうけど。

    後は、「子どもの教育環境の配備や幸福を実現する為」なんてもっともらしい目的を掲げているところも有りますが、具体的な目標なり手段なりを提示しなければ、単なる寄り合いになってしまってるのじゃないかなーとか。

    いかんせん、PTAなるものの実態を知らないので、他にも意義目的があるのかもしれませんね。

  2. ノイズ | URL | -

    実はsuVeneさんの言われることは、私が日頃からPTAに持っている疑問でもあるんですよね。
    私は小学校の時にPTAの役員をしていました。初めての子供が初めて小学校に入学していきなりです。しかもそれがいきなりの広報部長。最初はそれでも引き受けたからには頑張ろうと努力しましたよ。書く側の人間でもあった私ですから、広報はうってつけだし、もし何だったら毎年引き受けてもいいかなあと思ったんですが、結局、私の考え違いで、PTA役員というものはその仕事だけをやってればいいというものじゃなかったんですね。ようするに雑用なんですよ。だから、私のPTAに対する印象は大方がそんなものです。
    ただ、うちの学校はまだマシだったと思います。他の保護者が協力的でしたから「一人で抱え込まないでちゃんと言ってくれれば手伝うよ」と言ってもらえてましたから。でも、私は他人に「これをやって」と頼めるタイプじゃなかったので、結局は一人で全て抱え込んで精神的に疲労してしまい、もう二度とやるもんかと自分で自分を追い詰めてしまったのですね。
    役員を断り続けて、それでもまだ最初はよかったのです。私が一人で大変だったということはみんな知ってましたから。だけど、年数が経つにつれてそれは忘れられていく。PTAの仕事は大変なのに、一人だけそれを逃れていると思われていく。

    子供たちのためにということを掲げてPTA活動はなされています。でも、私にはとても子供達のためにとは思えなかった。子供たちのためにと予定された行事なども保護者たちが楽しんでいるだけのような気がして。でもそれでもいいんですよね。子供たちって親がイヤイヤしているよりは親たちも楽しんでやってるんだっていうのは安心できるんですよ。自分が子供の頃を思い出してみればわかるんです。親が自分のためにイヤイヤ子育てをしているっていうのは、親は本当は子供なんてほしくなかったんだろうかって、そう思ってしまうわけで。
    それもあって、私もPTAってやりたい人がやればいいんじゃないかって思ってたんですよね。PTAは嫌いでしたけれど必要はないとは思いませんでした。PTAの仕事って、学校で子供たちが何をやってるか、学校の実態なんかもけっこう知れたりできるんですよね。
    昔、職場に、積極的に学校と関わっていると言ってる同僚がいたけれど、その人は「子供が学校で何をしているか気になるから」と理由を挙げてました。
    子供の様子を見守るのは親の義務でもあります。あんまり干渉しすぎるのもよくないんですけど、まったく干渉しないのも親としては失格だと思うんですよ。で、そのためのPTAでもあると私は思ってはいるのです。
    だから、本当なら、役員じゃなくても、学校行事とか会合とかには出たほうがいいと私はPTAには反発していても思うわけです。それもあったから、居心地悪くても何とか小学校の時は毎回会合には出てました。
    息子が小学校の時にも、担任が子供に問題発言をして、その実態を説明するという会合も開かれたことがありました。私もそれには出席しましたが、その会合自体には反発とかはしませんでした。今学校で何が起きているのか、それを知れると思っていましたから。ただ、どうでもいいことを長々と話しているだけで、いつのまにか一部の保護者たちのグチの披露会みたいになってしまったのには辟易してしまいましたけれどね。でも、会合そのものには意義はあると私は思いました。


    とまあ、長々と自分語りをしてしまいました。(^^;
    しかも、何言ってるのかよくわからないような内容になってしまったように思います。
    小学校の時に息子と同級だったある子供の父親さんは、後にPTA会長にもなったんですけれど、その人、結局は今は市議会委員をしています。そういった議員などをするようなタイプの人間が結局はPTAの仕事に向いてるよなあなんて私は思ったものでした。人の前に立っていろいろ活動できる人が、というふうに。
    PTAの意義って、実際にやってみないとわかりません。私も多少足を突っ込んだので、まったく意味のないものじゃないというのは実感しているんですよ。だけれど、私のような気質のものにはなかなかこなせるものじゃなかったので、意義を認めつつも反発もあるということで、PTAには複雑な気持ちではあるのです。

  3. suVene | URL | 5lgk84Pk

    >> それもあって、私もPTAってやりたい人がやればいいんじゃないかって思ってたんですよね。PTAは嫌いでしたけれど必要はないとは思いませんでした <<

    まったく同意です。
    子と親。そして、教師と親の間には、適度に情報交換できる場があるほうがよいのは明白です。
    そして、その場を提供するのが「PTA」であり、「保護者会」であると思います。

    時として、「PTAの為のPTA」「会合の為の会合」になってしまい、役員を押し付け合い、できる事なら参加したくないと思われるような状況で、参加を強制するようになっては意味ないなぁと。

    PTA に意義がないとは、個人的には全く思っておりません。
    せっかく会を作り、寄り集まり、意見交換するのだから、他の人も参加したいと思わせるような活動ができればよいなぁと思います。

    まぁ、理想論ではありますが。

  4. ノイズ | URL | -

    そうなんですよねえ。参加したくなる魅力的なPTAにすることは理想論でしかないと思います。結局は雑用ばかりしているようなものでしたから。それって地元の自治会でも感じていることではあります。ほんと人の上に立ってするような人でさえもしんどいと思ってしまうほどだと個人的に感じたものですから。もっと気楽に気軽にできればいいのになあ。

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