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時は流れて

2007年05月07日 08:17

Gの「ありったけの愛で」


今でも忘れない。息子が生まれるまでのあの気の遠くなるような時間。破水が起きた夜中三時。悶々として夜明けを待ち、旦那に病院まで連れいってもらった。それからだんだんと痛くなっていくお腹。だんだんだんだん強くなっていく痛み。それから24時間の痛みとの戦い。てゆうか戦ってたとは言い難い状況だったんだけどね。途中から気力が続かなくなって、そばに人がいることもうっとうしくなったり、逆に誰かがいてくれなかったら怖くてしかたなかったり。何度も何度も分娩室に連れて行ってもらっては看護婦に「まだです!帰りなさい!」と叱られたり。あのとき、どうして私は母親を頼らなかったのだろう。ただ、あの時はあの時の私の考えっていうのがあった。たぶん、人とは違っていたいという思い。身勝手な思いがあったんだと今ならわかる。私はこれだけ姑を頼りにしているんだよ。姑といがみあってるダメ嫁とは違うんだよっていう思い込み。普通なら実家に帰って子供は産むわけだ。けれど、産んでからも私は仕事をしなくちゃならなくて。実家には預けられない。当然姑に頼まなくちゃならなくて。産まれたときからそばにいれば、子供も姑になれるだろうという勝手な思い込みから、実家ではなく嫁ぎ先に全面的に母子ともに転がり込んだ。


結果、母乳が出なくなった。


出産後、確かに母乳の出は悪く、看護婦の友達がわざわざ病院まできてくれてマッサージのしかたやら教えてくれて、まだ病院にいるときは少しは出ていたけれど、退院して姑んちに一ヶ月滞在したわけだけど、その間、まったく母乳はとまってしまった。実家の父ちゃんには言われた。「気を遣うから出なくなるんだ」と。私には直接言わなかったけれど、母ちゃんには「どうして○○はうちにこないんだ」と。で、母ちゃんも私にははっきりとは言わなかったけれど、私が実家に帰らなかったことを不服に思っていたらしい。私は子供の頃から迷惑かけて心配させてきたから、親孝行だと思って実家に帰らなかったんだけど、子供ができてから母ちゃんとだいぶ理解しあえるようになって、やっと当時の私は親不孝なことをしたんだなと気づいたよ。親は子供に頼られることが何より嬉しいんだと。まあ嬉しいというか、うがった見方をすれば、自分はちゃんと親としての義務をまっとうしているんだという充足感が得られるってことなのかもしれないけれど。でもそれは大事なことだ。ともすれば親として自分は失格なんではないかと思っている親は多いもの。私だってそうだし。


母乳で育てないとダメだという考え。育てられなかった私の罪悪感。それを払拭するかのように、母乳で育たなくてもいい子にはなるし、母乳で育っても悪いことをしでかすようにもなる、こだわるな、ありったけの愛で子供を包んでやればいいじゃないかと思い込んだ。ありったけの愛で私は息子を包んでいるつもり。つもりではあるし、実際「それでか?」と言われるんだろうけれど、その気持ちはすべての母親にとって大切な気持ちなんじゃないかなあって思う。


今朝もでかくなった息子を叩き起こして、私より背が高くなった息子の脇を抱えて起こしているときも、過ぎる日、私の胸のあたりにまでしか背がなかったこと思い出す。毎朝毎朝思い出す。ついこの間までのことだったのに。ネットを始めた頃のことだったのに。まだ10年も経ってないのに。子供ってすぐに大きくなるんだなあ。そして、母ちゃんも私に対してそういう思いを抱いてるときもあるんだろうなあ、と。


と、彼のこの歌を聞いてそう思った。



【2009/5/19追記、別に男女間の恋愛歌じゃなくても、この歌って親子間のことを歌ったものとしても捉えられると思ったんだよね】




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