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独り遊び

2008年03月03日 11:24

★ 電脳ポトラッチ 誰かのために心理的リソースをどれだけ割いているか


自由と孤独は紙一重です。



↑の言葉は本当にそうだなあと思う。自由でいたいのなら、誰からもかまってもらえないことを受け入れなくちゃいけない。でも、どうしても好きな人にはかまってもらいたいと思ってしまう。その気持ちを自分ではどうすることもできないわけで。やっぱ、私って女はどうしようもなくろくでなしな女なんだなあ。
結局、昔もらった言葉通り、私の傍には誰もいなくなってしまった。いや、それはしかたないと思っているし、傍にいなくなってしまった人たちに対して思うところはないんだけどね。自分でもわかっててそうし向けてしまったというところも無きにしも非ずだから。何ものにも束縛されない自由でいたいと思ってしまった私のせいなんだから、私は誰のせいにも何のせいにもしないよ。けれど、寂しいという気持ちや悲しいという気持ちが出てきてしまうのはしょうがないんだよね。私はいい人間じゃないから。自分のことしか考えていない、そんな奴なんだから。もうそれを隠そうとも思わないし。


とにかく、好きに書くために、すべてを投げ打ったんだから。


また大げさなこと言ってるよ。(笑)でも、自分を「良く見てもらおう」なんて今は思ってないしね。もう好きに言ってくれればいいよ。こんなろくでもない女見たことないとか。そんなふうに。だってホントのことだもの。


わたしは博愛主義者でも何でもない。だから、自分が好意を持っている相手、自分が世話になった相手に限定して何かを返してあげたいと思うし、相手が苦しいときは自分にできることをしてあげたい、と思う。マザーテレサ以外は人間みんなこんなものだろう。
自分がこうだから、当然、わたしに対して何の好意も持っていない人に対して助力を期待してはいないし、そんな人に甘えても、「甘えるな」と突き放されるのは当然だと思っている。
それを冷たいとはまったく思わない。自分も無関心あるいは嫌いな相手に対しては、どうしてもそうなってしまうからだ。



私から見れば、ナツさんもまだ私より真っ当な人間だなあと思う。ていうか、私より真っ当なんていう言葉さえも失礼なことかもしれない。ナツさんのような人が普通人なんだろうと思う。
私はきっと自分以外はどうでもいいと思ってるかもしれないな。私はとんでもなく史上最悪に自分本位な人間なんだろうなあって。そりゃね、創作のためなら悪魔に魂を売ってもいいなんていう言葉まで出てくるほどだから、決して私はいい人間であるはずがない。たとえ自分が好きな相手であろうが、私は期待もしないし期待もされたくないって思っているのではないかって。昔、日記でギブ・アンド・テイクの話を書いたことがあるけれど、私はもらうばかりで誰にも何も返してない気がする。私ほどとんでもなく偽善者は誰一人いないんじゃないかなあって。


そりゃもうね、そんな私の書くものに魅力があるはずがないんだ。なんだかよーくわかったような気がする。それでも私は誰にも見向きもされなくても、醜悪な垂れ流しをしていたとしても、それでも書き続けるに違いない。誰にも理解されず、他人に不快感を覚えさせても、それでもなお私は。いいんだ。私には私がいるから。それでいいんだ。孤独なんかじゃないよ。私には私がいるじゃないか。だから独りなんかじゃない。それでいいんだ。自分のためだけに書けばいい。独り遊びをしていた昔に戻っただけだ。昔にね。いつか、あの人のように私も消えていくんだろうか。そうなってしまうかもしれない。けれど、そうならないかもしれない。案外、私は図太いようだしね。あの人のように消えないかもしれない。でもわからない。でもそれでもいい。消えてしまっても消えなくても、誰の関心もないとしたら、もうどうでもいいじゃないか。私は自由なんだから。




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