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コメントこわい

2008年03月04日 10:05

律儀にコメントしてくれる人


昔、ヤフーの掲示板で知り合った人の日記がとても好きになって、掲示板に毎日のように書き込みをしていたことがあった。その人から、書き込みを自粛してくれと言われ、当時の私は自分を否定された、嫌われたと思い込み、絶縁状を叩きつけたことがあった。もちろん、絶縁状叩きつけても日記は好きだったのでこっそり(でもないけど)読みに行ったものだったけれど。


私だけじゃないとは思うけれど、何かを読んだ場合、何か書きたくなることってあると思う。あの頃は、自分の日記でそれを書くという人はあまりいなかったように思う。何か感想があればその人の掲示板に書くのが礼儀だと思ってた。少なくとも私は。だから、感じたことをつらつらと相手の掲示板に書いていたわけだけど、それが相手の負担になっているとは想像もできなかった。
今は、感じたことをこんなふうに自分のブログで書くことができるから、いい時代になったよなあと思う。それに、コメントされたくないのならこんなふうにコメント欄を閉じてしまうこともできるしね。
私はワガママだから、ものによってはコメントもらって対話をしたいと思うときもあるし、ものによってはただ聞いて欲しいだけって思うこともあるんだけど、それを他人に気づいて欲しいって思っても、気づけるわけはないんだよね。それを読者に気づいて欲しいなんて、そりゃ私だって無茶だと思ってる。仮に、記事を書くときに「これは対話希望」「これはコメント禁止」と書いたとしても、不思議なことにコメント禁止にしたものに何かコメントしたくなるみたいだし。それはまあ私も逆の立場になったらコメントしたくなるんじゃないかと思うしね。


だから、コメント書くのに疲れてしまったというのもある。この記事にはコメントつけてもいいのかな、それともつけちゃダメなのかなって。昔は、とにかくコメント書き込むのが好きだった。ウケを狙って何か書いて、それで「この人おもしろい」って思ってもらえて仲良くなってもらえたらいいなあと思って、俄然コメントにも力入れて書き込みしてたもんだったし。それが楽しかったんで、私はコメント書き込むのは苦でも何でもなかった。けれど、相手がどう思ってたかなんてまったく気づいてなかった。私自身がコメントもらうのが好きだったということもあり、まったくなくて悲しい気持ちになるより、コメントがたくさんついて賑やかになるのは相手も嬉しいだろうと思い込んでたから。でも、そうじゃない人もいたんだね。私に書き込み自粛してくれと言った人以外にも、私には何も言えずに、心の中で「もうやめてくれ」と思ってた人がきっといたんだね。


もうコメントをどうすればいいかわからなくなってしまった。書き込みしていいのかいけないのか、それを考えるのもなんかもう疲れた。どういったコメントが喜ばれるのか、それも人それぞれだから、相手をよく見てない私には相手がどうしてほしいかなんてわからないよ。それにきっとわかりたいとも思ってないのかもしれない。どうしてほしい?これにはコメントつけたほうがいい?それともつけないほうがいい?もうやだよ。そんなこと考えるのも。だったら、こんなふうにコメント代わりに自分の記事として書いたほうがなんぼか気が楽だ。




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