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歪んだ性癖

2008年03月11日 10:22

うがー - うな風呂


恋愛→結婚→出産というありふれた幸せルートをたどりにくい関係性のせつなさが好きってのもあるし。だからまあ賞味な話、そういうせつなさのある男女話でもまったく問題ないし、やおいよりむしろそっちのが望ましいが、現実問題としてあんまり存在しない。



「せつなさのある話」に萌え(今ふうに言えば)るっていうのは、私にもよくわかる。だから、うなさんと私の嗜好ってけっこう似通ってるんだろうなあと思った。
そうなんだよね。男と男の恋愛話がいいっていうのも、あたりまえの幸せがそこにはないからなんだよね。たとえ二人が愛し合ったとしても、それを祝福するものがない。それはもう女と男であっても障害がでてくることもあるのに、男と男だったら、それ自体もうタブーな世界でしょ。まったく問題なしで世間が認めてくれるようなものじゃないわけで。男女であれば、世間もあたりまえのカップルとして見てくれるけれど、男と男のカップルは必ず奇異な目で見られる。自他とも認める幸せなカップルになんて絶対になりえない。そこに切なさが生まれる。それがいいわけ。幸せにはなりえない物語を欲するのは、その切なさを感じたいから──


どんだけMなんだよって言われるかもね。へーへーそうです、わたしゃMですよ。(爆)


それにこれは、いたって歪んだ俺個人の特殊な性癖だが、俺は性欲的には二次元三次元を問わずなんでもいけるクチだけど、逆に二次元三次元問わず好きなものには欲情できない性質なので、たとえばつまんないエロゲーをやっててムラムラすることはあるが、面白いゲームなら抜かない、抜けない、好きなキャラクターや好きな相手を考えて自慰とか100%無理、なので、そういう歪み方が、なにか曰く言いがたい形で一部のやおい作品に通じていたのかもしれない。



思わず「あんたはわたしか」と思ってしまいました。(W
私もそういった性癖があるわけです。そう、好きで好きでしかたない人とセックスはできない。それと同じなんじゃないかな、と。ただ、うなさんと私が違うとすれば、「好きな相手を考えて自慰とか100%無理」っていうのはちょっと違うかな。私の場合は脳内恋愛で満足するわけだから、当然脳内セックスもそこには含まれていて、それが自慰行為ともいえることだと思うから。直接性交渉はできないけれど、妄想でヤることはできるわけだ。それが高じてポルノ小説ができあがるっつーことで、そこがちょっと、うなさんとはまた別な私なりの歪んだ性癖なのかもしれない。


ああ、どこかに素晴らしい諦念作品はないものか。



コメントでも書かれてしまってるけれど、ほんと、うなさん本人が書けばいいんじゃないかな。あれだけの小説を書くことができるわけだから、栗本さんみたいに「自分の書きたいものを書く」でやっていけばいいのに。
ただ、栗本さんや私(同列で言っていいものかどうか疑問だけど)みたいに、自分の書いたものが偏執的に好きというわけじゃなかったら、自分が書いたものより他人が書いた「自分の好きな話」を読みたいと思うのもわからないでもない。そういった人は、いくら好きな世界観でも自分には書けないだろうなあと思う。書けないというか、書けるんだろうけれど、きっとつまらないんだろうと思うよ。だって、自分で書いたものは「何が書かれているかわかっている」からねえ。他人が書いてくれたものなら「何が書かれているかわからない」という点で、純粋に読者として楽しめるわけだから。つまり、うなさんは書き手より読み手側の人間ってことなのかもしれない。と、勝手に他人を分析してみた。とんでもないヤツです。(爆)




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