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どんな言葉でも傷つく

2008年03月13日 17:00

乙一『きみにしか聞こえない CALLING YOU』を読んでの雑文。 - かみんぐあうとっ


7年前の日記に私は「私たちは決して自らの命を絶ってはいけない。たとえ、死ぬ権利がどんなに理にかなっていたとしても──やはり自分で自分の命を絶つなんてしちゃいけない」と書いたわけですが、それを読んだ友達が「傷つきました」と言ってきたことがあります。彼女は精神的に不安定な人で、自傷行為もやったことがある人だったんですが、私の書いた当時の「残された人の気持ちも考えたら死ねないでしょ」といった日記で、自分は大切な人の気持ちも考えないダメな人間なんだと思ってしまい、それで深く傷ついたのだと思います。死にたいと思い込んだ者は、他人のことまで考えが及ばないのだということを当時の私にはわからなかったんですよね。死なないで、残された自分たちのことも考えてと思うことは、結局は死にたいと思っている人よりも、死なれてつらい思いをする自分たちのことしか考えていないと思われてもしかたないんだろうなあと今の私なら思います。そりゃ、自分たちのことだけを考えてると言われるのも心外ではあるんですが、でも、死にたいと思う側は死にたいと思うことしかどうしてもできないわけで。そういうことでも傷ついているのに、さらに追い討ちをかけられるように「他人ことも考えろ」と非難めいたことを言われる。そうじゃないのに。やっぱり死にたいと思う自分のことなんか誰もわかってはくれないんだ──と、そんなふうになっていくんでしょうね。


それから、私は誰も自分では救えないんだなと思うようになっていったように思います。


ふと立ち寄った日記で「死にたい」「死のうと思います」と呟いていたら、やっぱりどうしても救ってあげたいと今でも思うんですけど、昔の私はためらいなく声をかけたものでした。でも今はかけません。かけられないのです。だって救えないから。私は他人を救えない。私は私自身を救うことで手一杯だから。他人の悲鳴まで背負えない。背負おうとしても私は傷つけるだけだから。そんな私に救えるはずがないんですよ。傷つけまいとしても、私はどうしても相手を傷つけてしまうんです。ヘタすれば、相手を死に追い込んでしまう。私はそんな人間なんです。


だから、私は「死にたい」と呟く人の前で立ち竦むしかないのです。




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