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ある意味これも悪口になるよなあ

2008年03月24日 11:23

明けぬ夜の夢 人は悪口を言うものなんですよ-コメント欄


>義父は最初から、離婚に関しては家同士の問題だということを強く主張していたので、

その主張であれば、離婚も結婚も家同士の問題になります。うーん、家って何なんでしょうね?



結婚って、それは家同士の結びつきのための儀式なんじゃないかと思う。だから、結婚は家同士の問題なんだと思うんですよね。まあ儀式っていうのも、結婚式なんかが儀式ともいえるよなあと思うんで、別に結婚式を挙げずに入籍だけするカップルもいるんだけど。で、結婚というものができた背景を知っているわけじゃないんで、これは私が受けた結婚への印象でしかないんですけれど。それほど間違いじゃないとは思っています。一緒にいたいから結婚するとか愛している人と結婚するもんなんだっていうのもありますけれど、それも結婚の意味のひとつではあるにしても、それだけが結婚の意味じゃないですものねえ。だってさ、一緒にいたいというなら同棲してしまえばいいわけですし、わざわざ結婚なんてしなくてもね。


私の親たちの時代、私の母親は今70代ですから、そういった世代の人が若かった時代では、大抵は結婚相手は親が決めてたみたいでしょ。それはいろいろな思惑もあったんじゃないかな。家同士の釣り合いとかもあっただろうし、援助する条件で婚姻関係結んだりとかもあっただろうし。
私の母親の話をすれば、母は大阪に集団就職したんですけれど、その就職先で恋人がいたんですが、親の決めた相手と見合いをするために故郷に戻り、初めて会った相手とそのまま結婚したんですよ。好きだった恋人と別れて、親の決めた相手と結婚した母なんですよね。でも、母の妹、つまりは私の叔母は親の決めた相手ではなく、自分が結婚したいと思った相手と駆け落ち同然に結婚したんです。私の母はそういう人で、私の叔母はそういう人だったわけです。つまり、母は家を何よりも大事に思い、叔母は自分の気持ちに正直に生きたということ。たぶん、あの頃にしては、叔母は珍しい選択をした女性だったと思います。今の若い人たちは当たり前に愛している人と結婚しますが、当時はなかなかそういった結婚ってなかったんじゃないかなあって。


まあ、親としては、家のためになる婚姻を結んだつもりだったんでしょうけどね。私の父親の実家は分限者だったみたいですから。でも、ほんとのところどうだったんだろう。母の父、つまり、私の祖父が母のために決めた結婚相手の家が、話を決めたときはまだ裕福だったんだろうか。たぶん、まだそれほど悪くはなってなかったかもしれない。父方の祖母は私が小学2年生の頃に死んだけど、まだその頃は大きな庭があり、そこでダチョウなんかを飼っていて、ダチョウの卵で作った玉子焼きを食べた記憶があるし。そんなダチョウがいるような家なんて、その頃にはなかったように思うから。それに、母の話では、舅が家の財産を食いつぶしたみたいなことを言っていたんで、裕福だったけれど、母が嫁に入ってからは急速に傾いたんでしょうね。そのせいで、6番目の末っ子に嫁入りして、本来なら舅・姑の面倒は長男夫婦が見るし、それに他に何人も兄弟がいて悠々自適に自分たちだけの暮らしができたはずが、嫁いだ先の家事やら甥っ子や姪っ子の世話から舅・姑の世話まで押し付けられた母でした。


今でも覚えてるけれど、祖母が死んでから自分が死ぬまでの4年あまり、祖父は毎日のように私たちの家までやってきてました。来ては息子である私の父とケンカばかりして、私は正直、祖父がやってくるのがイヤだったんですよね。必ず二人はケンカをしていたので、その言い争う声を聞きたくなくて、布団にもぐりこんでは耳をふさいでました。でも、動ける限り、祖父はうちまでやってきました。ここらへんのことは、とある小説に書いたことがあります。だからここでは書きません。けっこう悲惨な話なんで。


母の結婚に思いを馳せるとき、私は「本当にこの人は絶望とか感じたことはないんだろうか」と思ってしまいます。愛する人と引き裂かれ、親の決めた相手と結婚し、新婚当初から様々な苦労をさせられ、でもやっと自分たちのマイホームも建て、さあ、これから幸せな生活が始まるんだと思ったら、夫の発病、それからは入退院の繰り返しで、娘が結婚するような年頃になってその夫は目が見えなくなってしまった。
そりゃ、自分の妹のように、あの時、愛する人と駆け落ちでもしていたら、ずっと穏やかで幸せな結婚生活を送って、今頃は子供たちも独立して、二人で旅行なんかして暮らしていたかもしれないですよね。でも、母は恐らく後悔という気持ちは持ってないんじゃないかなあ。そんな性格の人だから。なんというか、運命をそのまま受け入れるタイプなんですよね。これが自分の人生なんだと悟りきった、そんな感じ。かつての恋人とは、別れてからもずっと手紙などやり取りしていたそうですけれどね。今はその相手も連れ合いが死んで一人でいるそうで、でも、もし、ここで私の父が亡くなったとしても、かつての恋人のもとに行くということはないんじゃないかなあって思います。母とはそんな人だなあと感じられるから。


だけど、私は一つの妄想を時々することがあります。運命を受け入れるそんな母ではあったんですが、一度だけ「やってられないわ」と思って、父とは別れるつもりで父方の祖父母の家を出て、実家に戻ったことがあったんです。あまりにも長男夫婦の母への扱いがひどくて、それで腹を立ててということだったみたいだけど。生まれたばかりの私を連れて、実家に戻ったわけですが、私の父も身体一つで家を出てきたそうで、母の話では、娘である私と別れたくないからということらしかったみたいですけれど。まあ、それだけじゃなくて、母とも別れたくなかったんだろうなあとは思いますけれどね。
でも、あの時、本当に母と父が別れてしまっていても、きっと、私と母は二人で何とか生きていけたんじゃないかと今では思います。母はそういった生命力の強さがある人ですから。何があっても、何とかして生きていけるスキルがある人。本当に時々、私は思うんです。別に父は嫌いじゃないですけれど、それでも、私は時たま父と話していて非情にむかつくことがあり、昔、父と祖父がケンカしていたように、私たちもそんな言い争いをしてしまいそうになるんですよね。それもあり、私は実家にはあまり行きたくないんですよ、こんなに近くに実家があるのに。
だから、母と父が別れている未来とは、いったいどんな未来だったんだろうって。もっとも、それほど違いはないのかもしれませんけれど。でも、確実にちょっとづつ何かが違った人生を歩んでいたと思います。たぶん、今の旦那とは結婚してなかったという気もしているしね。(笑)


とまあ、またしてもまったく自分の世界に入り込んで語ってしまいました。でもまあ、どっちかっていうと、これもまた父親に対しての悪口とも取れますよねえ。父さえいなかったら…ということで。酷い娘ですよ、まったく。(W




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