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日記とはその人の人生そのもの

2008年04月29日 10:11

昔の日記を読み返して、一人で爆笑 - 発狂小町


今朝はとある小説のクライマックスを読んでいたわけですが、それがそれこそ他人に読まれたら恥ずかしくて悶絶死してしまいそうな妄想小説を書いていた少女が後に小説家となり、妄想小説を書いていた少女の頃の話を延々としているという内容でした。


つーか、やっぱ日記とか妄想小説っていうのは他人に読まれたら恥ずかしいもんなんですかね。私にはそういう気持ちが理解できませんが。


私も小学生の頃から書いていた日記があります。それを別ブログで公開中ですが、どんなにバカなことが書かれていたとしても、それを他人に読まれることは恥ずかしいとは思いません。たとえ旦那や息子に読まれたところで、それほど恥ずかしいとは思いませんけどね。つーか、確かにまあ知られたらちょっと気まずい本音とかも書かれてたりするんですけれど、それは恥ずかしいという気持ちとは別物です。
書くっていう行為はそれくらいの羞恥心は捨てて書くのが書く人だというのが私の考えるもっとも書く人に相応しい人と思ってるので。


ただまあ、普通は日記なんて他人に見せない、恥ずかしい、とんでもない、っていうのが多数なんでしょうから、私のような考えの持ち主は変人とも言えるんでしょう。私は率先して自分の日記を読んでもらいたい人だったのだから。それこそ中学生の頃から、私は自分の日記を友達に読ませ続けてきたんだし。しかも、ネット始めてからは、ウェブでも日記を公開し続けているわけですからねえ。


私はちょっとしたメモ程度でもずっと残し続けてきています。日記だけじゃない。そういったものをもとにしていろいろ書いてたりもします。私はそういった日記や書き物を何度も読み返すのが好きなんですよね。だから、ウェブで書き続けている日記も読み返すのは好きです。だから、読み返さないという人は、いったい何のために日記を書いているんだろうって思ってしまいます。他人に読ませるために書いているわけじゃない日記であれば、自分のために書いているわけでしょ。それを読み返さないなんて、じゃあどうして日記なんて書いてるんだろうって思ってしまうんですよね。それは無駄な行為じゃないかって。ただまあ、人間って無駄なことをする動物でもあると思うんで、それはきわめて人間的な行為なんでしょう。無駄なのに日記を書いているだけっていうのも。


私は、書いて、読む、という行為がとてもとても好きなんですよ。それは私にとっての夢の世界ですから。書くことも夢、読むことも夢、それらはすべて夢を見せてくれ、楽しく生きていく力を私にくれるもの。だから、私は書き続け、読み続けるんだろうって思っています。日記は私の友達です。実際に赤毛のアンのように、日記に名前をつけて語りかけるような文章で書いていた時期もありましたからねえ。ちょうど今その時期の日記をブログに転載しているところです。中学生の私は本当にバカで無知で高飛車で夢見る夢子さんな少女でした。って、今だってそうだろって、どこかから聞こえてきそうな気がしますけれど。(爆)


あと、それにね、他人の日記だって私は読むのは好きです。それはもうその人の人生そのものだから。たとえばネット上だけの知り合いであれば、その書かれた日記でしかその人を推し量ることはできないわけで、その日記が一つの妄想できる鍵となるわけです。読まれて勝手に自分を妄想されるのはイヤだという人もいるかもしれませんが、それはしょうがないと思います。書いて公開してるのはほかならぬ自分ですから、自分を正しく理解してくれないと思うは勝手ですけれど、読んで勝手に解釈するのもこっちの勝手であります。だから、これは自分じゃないというような解釈されてイヤだと思うなら読ませなきゃいいんじゃないかなあと思うわけです。あと、そうじゃない、こうなんだって説明するとか。ただまあ、私は、人ってそんなに自分で自分自身のことをよくわかってるという人はいないんじゃないかなあという気持ちも持ってたりするんで、「こんなこと書いてる人はこういう人でもあると思うんだけど」という他人の言葉も、あながち間違ってるとも言えないんじゃないかなあなんて思ってたりもします。それだけがすべてじゃないけれど、それもまた内包された性格・気質なんじゃないかってね。それもあって、その人の書くものすべてを読んでみたいと思うわけです。もちろん、興味のある人のもの限定ではあるんですが。




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