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隠せない女

2008年05月09日 22:19

ブログ人格 - raurublock on Hatena


ただね、ココロ社の人のコメントから思い出したことが一つあります。出典を忘れてしまったんだけど、前にどこかで読んだアスペルガー症候群の行動類型の一つとして、「会ったばかりの相手(特に自分が好意を抱いている相手)に対して自分の欠点を全部見せて『このありのままの私を受け入れてください』と願う」てのがありました。その話ではこの行動類型が「人格的に未成熟な行動」と評されていました。確かに一理あると思う。「世界で一つだけのありのままの自分を垂れ流す」てのも、どうなんだろうね。ありのままの自分を受け入れて欲しいという気持ちはわからんでもない。しかしそれは、社会の中に生きる人間として、どうなんぢゃろか。



ふーん。それで言うと、私もアスペルガー症候群となるんだけどな。いや違うか。さすがの私でも会ったばかりの相手に対しては猫かぶりだものねえ。まあ別に相手に好かれようと思ってとか、嫌われないようにしたいとかそういうつもりでじゃないんだけど。ただ、私も相手がどんな私でも「好きだ」と思ってくれるかどうかを重要視していたところがあるんだよね。それはまあ相手が「あなたはこんな人なんだね」と私に対してイメージを抱き、それで好きになってくれたはいいんだけど、長く付き合っていくうちに、だんだんと私の悪い面を知っていくようになり、それで最終的には「嫌い」となっていく様を見続けてきたからでもあったから。それに、自分は好かれるような良い人タイプの人間じゃないのに、私を良い人だとレッテルをはって好きになる人というものにまあ正直ウンザリしたというのもある。それもあって、私は自分は良い人じゃないし、他人に好かれるような奴じゃないんだよって振舞うわけだ。


確かにありのままの自分を曝け出して受け入れてよーと叫ぶことは、他人との交流においてスムースにいかずによくないことなのかもしれない。けれど、そういったありのままの自分を受け入れてくれる人がまったく存在しないわけじゃない。私の場合、旦那はありのままの私を受け入れてくれてるよ。旦那に受け入れられるのだったら、他にも誰か受け入れてくれる人だっているはず。でも、もし、まったくいないとしても、たった一人でも受け入れてくれる人が私にはいるということで、私はありのままの自分を曝け出すことを成功させている人間でもあるということだよね。まあでも、確かに私のような人間は、なかなか社会の中で生きていくのは難しいと思う。旦那という存在がいなければ、私はちゃんと生きていくことはできなかったかもしれないし。だから、本当はよくないのかもしれないとは思う。多くの受け入れ先があればいいんだけど、間違いなく私を受け入れてくれる人はそんなに多くないだろうからなあ。


だけど、一つの面を見せてそれが好きだと思ってもらったとしても、でも私は別の面もあるんだよ、そっちの私も好きになってくれるだろうかってどうしても思ってしまうわけで。それもあって、好きな相手には、いろいろな面を私は見せてしまう。それはもう好きな相手だけなんだけどね。どうでもいい相手には見せたいとも思わない。てか、ああそうか。だから、どうでもいい相手には好かれて、好きな相手には好かれないのか。でもまあそれがわかったとしても、やっぱり私は好きな人にはすべてを見せたいと思う。たとえ嫌われても。きっと好きになってくれる人がいると信じて。私は隠せない女だから。




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