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それは褒め言葉

2008年06月28日 10:50



「言葉」の裏側。 - オオカミの遠吠え通信


2002年の今頃、当時メール交換していた人のメール内容を取り上げて短い小説を書いていた。当時はタイトルはなく、ただ「恋愛小説」と銘打って書いていたわけだけど、のちに「メラバ」というタイトルに変更した。書かれる主人公は私がモデルだったこともあり、こっそり日記にリンクして書いてはいたけれど、気づいた人は毎日楽しみにして読んでくれたものだった。そのほとんどが書かれていることはフィクションだとは思ってくれたんだろうけれど、もしかしたら本当のことなのかもしれない、モデルである「私」は実際に不倫しているのかもしれないと思った人もいたかもしれない。でも、誰もそういうことは言ってこなかった。思ってたとしてもね。


それから、18禁小説、例の倒産した共同出版のところに投稿したあの小説も、今はサイトで公開しているのだけど、あれも読んだ人で私の体験を書いたのかと聞いてきた人もいた。絵空事を書いてはいても、自分の思想や嗜好や思いや経験を脚色して小説を書くから、「あなたの体験を書いているのか」と言われたら、違うともそうですともはっきりとは言えない。作り事だよと言ってしまえばそれでいいんだろうけれど、自分が過去に体験したことや誰かが話してくれたその人の経験をもとにして妄想を膨らませて書いたりするわけだから、簡単に「作り事だよ」とは言い切れないところがあるんだよね。


SFや異世界ファンタジーの場合は、誰も「それは体験したことなのか」と言う人もいないだろう。けれど、現代小説を書くと、どうしても誰かは「実体験なのか」と言ってくる人もいる。それはもうしかたないことなんだろうな。現代を舞台にして日常的な描写を書く小説だと、読んでいる側も「あ、似たようなことあった」と自分の過去や誰かが聞かせてくれた経験などを思い出すことだってあるだろうから。だから、この話もあのエピソードも「この人の体験なのかもしれない」とどうしても思ってしまうんだろう。それはもうそう思われてしまうジャンルってことでしかたないことなんだろうと思うよ。


で、私は別にそう思われても不快には思わない。以前、自分の書いた詩などを本当のことなのだと受け取られてしまった人がいて、過剰なまでに「これはイメージで書いたものだから本当のことだとは思わないで下さい」といったようなことを書かれている詩人さんがいたけれど、私にはその気持ちはわからなかったな。それだけ誰かの心を動かした、とか、それほどリアリティのあるものを書いた、とか、本当のことなんだと思わせることのできるものを書いたってことで、私ならそれを「褒め言葉」と取るだろうから、だから、不快だなんて思わない。「そう思うならそう思ってくださってけっこうですよ」になると思う、私なら。もっとも、それがトラブルに発展してしまうこともあるんだろうけれど。たとえば、不倫のことを書いたら、旦那が信じてしまって問い詰めてきたり、とか。(爆)


ただ、創作って、他の人はどうか知らないけれど、私に限り、自分で自分の創作世界を信じ込んで書いているところがあるんだよね。自分で作り出したキャラなのに、どこかに絶対にこのキャラは実在してるんだって、本当に信じてるところが私にはあるもの。きっといる、あのキャラは。絶対に。まあ、それはそうかも。だって、既存の人物をモデルにして書くことがほとんどだから、自分の書いたキャラは実際にいるとも言えるよなあ。(W




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