スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

誰にも認められないことが幸せなんだと思えれば

2008年08月30日 11:07



真似から入ってオリジナルを目指す - 北の大地から送る物欲日記


なんでも最初は真似からでいい。真似てできるようになったら、そこに少し自分のオリジナルを加えてみたり、他の方法と合わせてみたりっていう世界を広げる工夫をしてみる。失敗したら、単にその方向はダメだったってだけ。また違うやり方にチャレンジしてみればいい。

料理でも学問でもスポーツでも。世の中のありとあらゆることは、そうやってみんなが世界を広げていくことで広がってるんだと思う。そうやって、自分だけのオリジナルな部分に突入できた人が、いろんな分野で成功してる人なんだろう。


↑の考えは私もそう思っていることでもあるんで全面的に賛同。ただ、真似っこって、それを非難する人もいるんだよね。私も以前にとある人の文章に似ているからと「猿真似」とか言われて非難されたことがあったんですけど、いっとくけど、あの時は私は別に真似したわけじゃない。たまたま似てしまっただけで、しかも、ああいった文章を書き出したのはその人が最初ってわけじゃなかったはず。私だって昔からああいった文章は書いていたしね。つまりは、非難した人は、その文章を書く人がとても好きで、他人がそれを真似することが許せなかったんだろう。気持ちはわからないではないんだけどね。私もそういった気持ちになることもあるから。


こういうブログだって、どんな記事を書くかなんてあらゆる方法がある。人気があるブログは、見てるとだいたい得意な記事ジャンルを絶対に持っている。それはその人が記事を書きつつ広げて来た部分。

人気があるブログにしたい!と思ってるなら、自分が好きなブログの書き方を参考にしつつ、どこかからまだ誰も足を踏み入れていない自分だけのオリジナルな部分に進んで行けばいい。



けっこういろんな見せ方をしてきたもんだけど、他の人どうあれ、私に限りはとてもじゃないけどどんなブログを書いたって人気者にはなれないなと思い知った。得意分野で書き綴ったって、それでも私には絶対的に足りないものがある。それは「運」だ。どんなに「これが?」と思われるものだって、時と場合によっては爆発的な人気を得ることができる。それは運やタイミングもあるわけで。私はどうも書く事での運とタイミングは決定的に欠けてるなと思う。どんなに頑張ったって、一部に絶賛されたって、私は多くの人には受け入れてもらえるだけの魅力はないんだ。自分にはたくさんの人を惹き付けるものを書く事ができるという気持ちを持つことも大事かもしれないけれど、その気持ちが自分の心を傷つけるとしたら、私はそういった自信を捨てることも必要。


誰にも認められないことが幸せなんだ。


それを幸せだと本当に心から思えるようになれば、私は本当の意味での幸せな人間になれるんだろうな。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。