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「似ている」と「盗作」は違う

2008年09月28日 09:21



私も、曲がりなりにも地元文芸本に佳作や奨励賞で小説が掲載された身でもある創作者の一人として、著作権については人並みに思うところはある。けれど、小説で食っていっている職業作家というわけではないので、自作の小説で著作権を言い立てることには消極的だ。というか、私の書いたものを誰かが有名にしてくれるのなら、正直いい気はしなくても、それでも日の目を見せてくれるのなら使ってもらってもいいかもしれないとか思ってしまう。同じようなものを書いていても、私はダメでも他の誰かならそれに光を当ててくれるってこともあるだろうなあとも思うし。ただ、こういう考えを書くと、きっと「そんなことを言うから著作権侵害者が付け上がるんだ」と言う人が出てくるだろうね。

確かに権利は大切だとは思うけれど、私が嫌だなと思うのは、その創作物が封印されてしまうことなんだよ。

これは、昔から思ってたことなんだけど、著作権絡みで好きだったマンガが読めなくなってしまったことで、著作権は大切なことだとは思っても、読みたいものが読めなくなってしまうことの理不尽さを創作者は考えてくれないのだろうかと、読者側のワガママだとわかっていても悲しく思ってしまうんだよね。まあ、わかってはくれるんだろうけれど、お金が絡むとどうしてもそうなってしまうんだろうけれど。

前にも日記で書いたけれど、私は私が公開している小説にヒントを得て小説でもマンガでも映画でもドラマでも作ってもらってもかまわないって。そりゃできたら「こういうのを読んで作った」と添えてもらえたら嬉しいけれど、ただちょっと似てるってだけまでにもそういう一言を添えるっていうのは虫のいい話だろうなあとは思う。というかね、まったくのオリジナルっていう自信は私にはないんだよね。ちょっと前にも、とある映画の内容が、私の書いた「ユグドラシルの運命」(音楽鳴ります)に似てるよなあとは思ったけれど、まったく同じという内容じゃないし、まさか私の書いたものに触発されてということもありえないことはないかもしれないけれど、そこまで自分を評価するのもイタイ話だよなあとは思った。まあ、私の書いた小説も、誰か他の人も似たようなもの書いてたということもあったし。それも何となく似てるってだけで、誓って私はその小説を読んだから作ったストーリーってわけじゃなかった。つまり、似たようなことをみんな考えつくってことなんだろうなと気づくきっかけにもなったということだ。

私だってこの年になるまで多くの作品を読んできて、それらを融合させて自分なりのストーリーを考えてきたわけだ。何かの話にちょっと似てしまうことはあるし、すべての創作者にもそれは言えるはずだと思う。だから、似てるってだけで誰かを非難したくない。非難されるべきものは、似ているというレベルじゃなく、まったく同じものを他人が「自分が作った」と言うことなんじゃないかと思うんだけどね。




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