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どこまでいっても平行線

2008年10月07日 09:31



自分の考えや行動や言葉なんかを今まで読んできた本やマンガの中から「そうだよなあ」と思うことによって自分の物にしていったり、辛いこと嫌なこと死にたくなること痛いことがあった時にも、それを忘れさせてくれる物語や一般の人たちが何気なく放った言葉で勝手に救われたりして、第三者のおかげで私もここまで何とか生きてこれました。人に嫌われるような私みたいな奴でも、それでもそんなふうに誰かに何かに感謝する気持ちは持っているつもりです。

あと、謎なつぶやきになってしまいますが、作り手と受け取り手は永遠に平行線でしかないと思います。両者が互いを理解することはできないんじゃないか、と。でまあ、暴言だとわかってあえて言うのですが、ただ、作り手っていうのはまずスタートが受け取り手だったということが作り手であると、私は言いたいんですよね。まったく何かを作ってない受け取り手でしかいない人は、受け取り手と作り手両方を経験している作り手側のことはなかなか理解はできないのではないかと、そう思うわけであります、私は。だから、どうしても受け取り手よりも作り手のほうが上と思ってしまうのは、しかたないんじゃないかなーって。

作り手が受け取り手に感謝していることは間違いないし、受け取り手だって作り手に感謝しているのは間違いないと思うんですよね。だから、その両者がどうしても相手を理解できないのはしかたないとしても、両者がいがみ合うところは見たくないと私は思います。納得いかないことは確かにぶつけてみて、何かが和解できるというなら意味はないかもしれないけれど、それでも、巷で見受けられる作り手と受け取り手の議論は不毛に私には見えるんですよね。そんな不毛な争いをするよりも、作り手は一作でも多くの作品を作るか、受け取り手は一作でも多くの自分の好きな作品を楽しむかしたらいいのにって、私なら思います。

って、謎なツブヤキのほうが長くなってしまった。(W




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