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それが私の瞬間

2008年10月07日 11:12



前回「第三者のおかげで私もここまで何とか生きてこれました」と書いたんですが、こんな私でも人並みに(爆)死にたいと思うことは何度もあります。それでも、ちゃんと何とか生きていってるわけで。そこには最悪な決断をしてしまわなかった私がいるわけですけれど、そのためには自分ひとりだけじゃない、ちゃんと誰かの存在が、何かの存在がそこにあるから、だから死なずにすんだわけです。とはいえ、まだ油断は大敵。心の病という最大の敵がいますからね。これは自分ではどうしようもできない精神状態に陥った時に襲ってくるものですから、今「自分は大丈夫」と思ってても、自分の意志とはまったく違うところで、最悪な行動を取ってしまうこともある。それだけが心配ではあるんだけど、そうならないためにも、何とか楽しいことを考えるようにしないといけないんですけれど、でも、最近ではそれもなかなか難しくなってきました。それはもうあれです、もう私は若くはないということなんですよね。だんだんと年取っていくにつれて、疲れがなかなか取れなくなる、風邪ひとつにしても、なかなか治りが遅くなる、と、そんなふうに体調がすぐれないことが多くなっていき、それが精神面をどんどん蝕んでいくんですよ。私みたいなちょっとしたことでも気にしすぎてしまう性格だと、大したことがないのに、どんどん悪い方ばかりに考え過ぎてしまって、考え方で身体を壊してしまうこともあるんで。人の心ってほんと怖いんですよ。それを私は何年か前に経験しましたから。

ほんと人の心って不思議です。きっかけは大したことじゃなかったと思う。ちょっと胃が痛いなあとか、お腹痛いなあとか、別に大したことじゃなかったんだろう。昔なら早めに寝てしまえば一日でよくなるような、そんなたわいない症状。ところが、年取っていくとそれがすぐには改善されない。となると、どこか悪いのかとなってしまうもんで。そこから始まる悪循環。考えすぎてしまったために、とうとうご飯が食べられなくなってしまって、結局はカメラを飲むはめになるわけで。そこで出てきた結果は、ちょっと胃は荒れていたけれど、何もないという結果。つまり、胃が荒れてしまったのは、精神的なことからのものだったということで。心が身体を壊してしまうことにもなるんだとの証明。そして、何もなかったことで、すぐにご飯が食べられるようになった。心ってほんと不思議。だから、気持ち次第でどうにかなることだってないわけじゃないんだよね。

それは、たぶん、生きること死ぬことにも作用するんじゃないかと思った。つまり「死にたい」と思っていたのが「生きよう」になるということで。私はそれを何度も経験している。今回もそれを経験した。体調が悪いと、私はほんと生きる気力が失われる。こんなしんどいなら生きたくないとなる。あと、何となく生きる気力がなくなったりと。けれど、体調がよくなると、それまでのその気持ちが嘘のようになくなって、生きててよかった、やっぱ生きよう、頑張ろうってなる。まあ、タイミングっていうのもあるかもしれない。体調が悪いわけだから、それを改善しようと身体をいたわるわけだ。早めに寝たり、無理しないようにしたりして。でも、若い時と違って、結果がすぐには出てこない。その間、いろいろ、生きたいと思えるものを探すわけで。その時に出会った、誰かの放った言葉に力をもらう時もあるし、他のことで気力をもらうこともある、そして、今回は自分が過去に書いていた日記の中から見つけてきた。この時期になると同じような症状になるという事実を。とたんに、元気が出てきた。今まで「死にたい」となっていた私が、気分がよくなってきて、やっぱ生きようとなったわけで。たぶん、ちょうどそんなタイミングだったんだろうと思う。けれど、儀式みたいなものだったとしても、やっぱ今のこの辛い気持ちを忘れるためにも必要なことなんだと思う、何かを探す行為っていうのは。考え過ぎると私は身体を壊してしまうから、だから、誰かの書いた言葉を探す事は大切なんだと思う。

ガクトさんも言ってるしね、まずは動けって。(笑)




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