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横暴なお子様でした

2008年12月27日 11:23



はてブのコメントを見ていてゆっけさんのこんなコメント読んで自分語りをしてみる。


何にせよ目立つのがいかんのではないかと。末の子が中学に入るとき高校生の兄が「いいか、いじめられたくなかったら謙遜してろ。できるだけ隠せ。」と言い聞かせておりました。でも今の中学生は事情が違うかも。



彼女の息子さんも私の息子と似たような年頃だと思うので、今の子供たちは目立つとか、勉強が出来るとか出来ないとか、そういったことでいじめられることが多いんだろうな。もちろん、性格とか特異性とかそういったことでもいじめられるんだろう。今はどんな子供だって、ちょっとしたきっかけでいじめられてしまう、そんな感じなんだろうねえ。


中学の頃の私の日記を今読み返している最中なんだけど、自分ではいじめたつもりはないけれど、どうも誰かには「あなたにいじめられていたんだよ」と思われている過去だったみたいだよなあと思った。実際にいじめていたような記述はないけれど、思い返す中での「あんなこと、こんなこと」が、それっていじめでしょーと思うような思い出がチラホラあったんですよね。で、思い出してみて、むかつく誰かっていうのは、性格がどうもイヤだっていう人だったわけで。勉強が出来たとか出来ないとか、運動が出来るとか出来ないとか、目立つから目立たないからとか、そういうことではなかった気がする。当時の他のいじめっ子たちが、私と同じような気持ちでいたかどうかはわからないけれど、私の知る限りのいじめっ子は、やはり「こいつ生意気だ」っていう奴をいじめたような気がする。何というか、いじめられている相手もかなり我が強く、自分は決して悪くないと思い込んでいるようなそんな気の強い性格の子だったな。で、そういった子っていうのは、むかついている者がけっこう多くて、それで一対多っていう感じになっちゃって、それではたから見るといじめられてるっていうふうに見えるわけ。もっとも、それはうちの学校だけで、他の学校ではもっと陰湿ないじめとかあったかもしれないんだけど。


というかね、今のいじめが「目立つ」ということでいじめられるとしたら、間違いなく昔の私はいじめられてただろうなあ。とにかく、私は目立つ子だったから。負けることが嫌いで、人の注目を浴びたくて、そのために勉強も頑張るわ、運動も頑張るわ、ピアノも歌も人前で率先してやるわ、何かの長はやるわ、人々の関心を引くために大騒ぎするわで、たぶん、かなりうざがられてた女の子だったと思う。実際、幼馴染の旦那が「うるさい女だった」と当時の私の印象を教えてくれたしね。でも、誰もいじめてくる子はいなかった。いじめっ子さえも、もしかしたら陰では私の悪口を言ってたかもしれないけれど、表面ではそんなことは微塵も見せなかったしね。つーか、たぶん、当時やられたら、その倍は私も相手にやり返すような子供だったんで、そりゃもう誰もいじめる奴なんかいなかっただろうし。そんな横暴なお子様でした、わたくしは。(爆)


だから、目立つことでいじめられるっていうのが、私にとっては信じられないことであり、そして、時代は変わっていくもんなんだなあとしみじみ思ったということです。ただ、思春期の息子を持つ親としては、自分の子供がいじめられることはもちろんイヤなので、もしいじめられたら「相手に倍返ししておやり」って言うでしょうね。そういうことがいじめの連鎖を生んでしまうとしても。他の子なんてどうでもいい。私は自分の子供だけが一番大事なんだもの。何も言い返せないような穏やかで優しい性格ではこの時代は生きていけない。そういったことが人としては求められているとしても、この世知辛い世の中を生き抜いて欲しいと思うから、だから、何としても生き続けろって、そう心から願っている。とはいえ、それを言う前に、私自身もちゃんと生きろよなとは思うんですけどね。たぶん、私も親に似たような心配はさせていると思う。すまん、母ちゃん。何とか頑張るよ。うん。




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