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嫉妬心の表明

2008年12月29日 10:05



かのせさんのこの記事を読んで思ったことなど書いてみる、そろそろ今年も終わるそんな寒い朝、ううう、ほんと寒いぜこの部屋は。(W


嫉妬心を持つのは人間として当たり前じゃないか!みたいなことを書く人が、よく出てくる。でも、「嫉妬心を持つこと」と「嫉妬心を公開の場で書いたり、他人に伝えること」は別だからね!



まあ確かに嫉妬心持つのは当たり前っていうのはそりゃ言い過ぎだよなあと思わないでもない。まったく嫉妬心なんて持たないっていう人だって一人もいないとは限らないよねえ。私はそういう人には出会ったことないけれど。でも、きっとこれだけ多くの人間がいるんだから、世界のどこかには一人くらいはまったく嫉妬心なんて持たないっていう人も存在しないわけじゃないだろう。だから「当たり前」っていう言葉は確かに違うんじゃないかと思われ。ただ、当たり前じゃあないけれど、嫉妬心持つ人が圧倒的に多いんじゃないかなあ。だから、どうしても人は「当たり前」と言ってしまうんじゃないかなと思う。だから、言ってしまうことはしかたないと思うよ。つーか、きっと「当たり前」って言う人だって、そんなことはわかってるかもれないよね、嫉妬心持つことと、それを公開の場で言っちゃうことは別なんだってことは。かのせさん、なんか重箱の隅をつつく人っぽく見えてしまうのは私だけ?(W


嫉妬心を公開の場で書くのって、他人の共感を得ようとしているんじゃないかと思えてしまえて、うわーゲスやなーと思ってしまう。



私は、他人の共感を得ようとして公開の場で書くことのどこが悪いんだって思う。まあ、かのせさんは、それを悪いとは言ってないし、別に書きゃいいじゃんって思ってるんだろうけれど、それでもさ、「うわーゲスやなー」っていう言い方は何だかなーって思った。悪いとは思ってないかもしれないけれど、そういうヤな目を向けてるって、さらに他の誰かからは「うわーゲスやなー」って思われちゃうと思うんですけどさ。まあ、そんなことは百も承知って思ってて、そういうことを書いたのかもしれないんで、別にいいんですけど、好きなこと言えば?って。好きなことを書くことができるのがウェブのいいところって私は思ってるんで。


コメ欄で誰かが書いている「ウェブは肥溜めなんだよ。痰ツボなんだよ」っていうのは言い過ぎかなあとは思いつつ、それも一理あるとは思う。けれど、それだけじゃない。そういったクソな言葉たちが公開されている一方で、感動させたり、感激させたりする言葉たちも溢れている。私なんかはそういった言葉たちで背中を押されていろいろ頑張って生きようって思えたんだものね。きっと私だけじゃなく、他の多くの人だって、そういったことで素晴らしい言葉に出会ってる人だっているはずだもの。それと、かのせさんが学級委員的なモラルを書いているとは私は微塵も思っちゃいないけど、匿名さんはそう思ったらしくて、でも、私はその学級委員的なモラルだって不必要だとは思ってない。そういうものだってないとなあって思ってるしね。


差別するならしたらいいんだよ。
黒人は猿じゃん。白人はゲイじゃん。アジア人は戦争犯罪者で経済バカじゃん。
それでいいじゃん。そう思うなら。
思ったことを表明するんだよ。それがウェブなんだよ。



って、そう言うならば、やっぱ学級委員的モラルの表明だって肯定されなくちゃならない。まあ、これ言った人は思ったことを表明することを否定されているからこう言ったんだろうけれどねえ。だけどさ、私にはかのせさんが表明するなとは言ってないと思うんだけど。「言いたきゃ言えば?でも俺はうわーゲスやなーと思った」ってことを結局は言ってるんじゃないかと思ったけど。まあ、私も読解力なっしんぐな人間なんで、かのせさんには「違うよ!」って言われちゃうかもなんですけど。


でまあ、またしても脱線するんですが。(爆)


嫉妬心で思い出したのは、前にも書いたことではあるんだけど、ガクトさん関連ではその嫉妬という言葉は当たり前に出てくる言葉だよなあと思う。まあ、ガクトさんに限らず、有名人にはその嫉妬ということは切っても切れない縁があるってことで。ガクトさんがバツ一だということは知ってる人も多いでしょうけれど、私は彼がいつ結婚して離婚したかは知りません。だから、昔のことではなく、たとえばもし今彼が誰かと結婚した場合、それが同じ芸能人じゃなく(芸能人だったとしても)、一般の女性がお相手だった場合、かなりの嫉妬が彼女に集まるでしょうね。そんなことはいつだったかのライヴで、会場にきていたとある女性がたった一人選ばれてメンバー全員からプレゼントをもらった時に、その女性にかなりの誹謗中傷が寄せられたことでわかりますから。私はその時、嫉妬心を持ってしまうことは当たり前と書いたと思う。そりゃ彼をどうしようもなく愛していれば、選ばれなかった自分としては選ばれた人を羨んでしまうことは当たり前だとは思いませんか。羨む事は悪いことじゃない。羨んで嫉妬して、それをバネにして、次こそ自分もと夢に向かって努力する。そういった嫉妬心の使い方もあるわけですからね。だから、私は自分の嫉妬心を無くそうとは思わないわけです。それが自分を高めるための糧となるってわかってるから。ただ、嫉妬を持ってしまうことまではいいと思うけれど、それが相手への攻撃に変わった時に、それは責められなければならないと思うんですよ。それは間違った嫉妬心の使い方だから。


嫉妬心の表明。誰かに共感してもらいたければ表明すればいいし、それをイヤだなーと表明することも間違っちゃいない。でも、私の場合は嫉妬心を表明することで共感を得たいわけじゃなく、自分自身を鼓舞するために表明する。その嫉妬心が喜びに変わる瞬間を誰かに見てもらいたいから。私の物語を、私の奇跡の物語を見てもらいたいから。まあ、究極のナルシー人間なんでしょうね、私って奴は。でもそんなバカがいたっていいじゃない。私は楽しいし、少しでもこの楽しさをわかってくれる人もきっとどこかにいると思うから。だから、私はこれからもいろいろ表明していくと思います。これからもバカやってくよ!(爆)




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