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これもいわゆる不幸自慢

2009年10月12日 07:02

ついったーでは斬さんをフォローしている私ですが、彼はついったーを非公開(プロテクト)にしてるんです。私が彼の呟きを読む限りでは、プロテクトにする意味がわからないなあと思っていたのですが、本人は本人なりに他人への配慮からそうしているらしいというのが彼のブログで語られていることを読んで理解できました。その記事が「『斬(ZAN)』 Twitter で予約投稿をする理由」なんですが。

ただ、この記事についたブクマコメでこういうのがありましてね。

『リプライじゃないsouryuuseiさんの呟きは、挑発的なモノもけっこうあるよなぁという印象が。つか開き直ってどんどん斬ってしまえば。』(「はてなブックマーク - 『斬(ZAN)』 Twitter で予約投稿をする理由」より)


うーん。確かに「斬」というだけあって、彼はいろんなものを斬ってはいるようなんですが、そんなに挑発的なものってあったかなあと私なんかは思いました。まあ、その発言が自分にとって当てはまるものであれば、くりりんしてしまって「何だとこら」となってしまう場合もあるんでしょうし、心弱い人であったなら「えーん、いじめられたー」となって傷つくってことにもなるでしょう。そして、私が彼の記事を読んで感じたことは、彼は他人を傷つけることにかなり臆病になっているということ。臆病っていうのはちょっと違うかもしれないけれど、ちょとほかにいい言葉が浮かばなかった。でも、正直、私から見れば彼はどうしても「臆病になっている」としか思えないんですよね。その記事を読んだ限りでは。

『 この記事を考えていて、Twitter を非公開にしている理由がもう一つあったことに気が付きました。それは、自分のつぶやきを観る人を傷付けてしまうかもしれないから、というのが潜在的にあったのだいうことです。

・文章は、間違って捉えられやすい
・文字数が少ないことで、的確に伝えることが難しい

 これも多くは、リプライなどで相手がある場合に、キツイ発言をしてしまい、誤解を生むことを避けるためでもあります。』


傷つけてしまうっていうことで、あとでまた引用するつもりなんですが、彼は「何でそんなことで傷付くんだ?」ということで傷付かれることが怖いというようなことを書いています。それは私も経験ありますし、誰でもそれは経験してきていることだと思います。だから、はっきり言って、それを怖がっていたら何も書けなくなるということで、積極的に傷つける気持ちを持てというわけではないのですが、傷つけてもそれはもうしょうがないという強い気持ちを持たない限りは、これ以上ウェブで何かを書き続けることはしないほうがいいんじゃないかと私は言いたいですね。この私の言葉も誰かを傷つける言葉じゃないかと思います。だけど、私は誰かを傷つけるつもりはないし、この言葉で傷付かない人だって確実にいることはわかっている。だから、私は自分の正直な気持ちを書き綴るだけです。だって、私は傷つけるために書いているわけではなく、ただ書きたいから書いているだけなんですから。他人のために書いているわけじゃなく、自分のためだけに書いているし、誰かを救いたいから書いているわけじゃなく、自分を救うためだけに書いているわけですからね。誰も傷つけようなんて思ってないことだけは、私の言葉で傷付いたという人には知っていてもらいたいなあとは思っています。

もちろん、そんな私でも非公開で書いているものはありますよ。ただ、私が非公開(ついったーで言えばプロテクトをかけている状態)で書いているものは、彼のように傷つけるかもしれないというあいまいなものではなく、確実に誰かを傷つけるはずのものを書いているからです。つまり、昔のようにサイトが炎上してしまうようなものを脊髄反射で書いているようなものですから、私の正直な気持ちを読まされた誰かにとってはかなり不快になるだろうし、傷付くだろうし、それがもとで私を攻撃してくることも火を見るより明らか。でも、私は絶対に読まれたくないものはウェブでは書きません。だから、その非公開の場所に書いたものも、いずれは公開することになるでしょうね。私がそこで書くのに飽きたか、それか気まぐれでといった理由で。ただ、今現在は公開するつもりはないです。

『以前、ウェブではなくリアルで、親しくなった何人かに
 「以前言われたあなたの○○という言葉で凄く傷付いた。今でも思い出すと心が苦しくなる」
 といった内容のことを言われた経験があるのです。』


私にもありますよ。「自殺はいけないことだ」と日記で書いたら、その言葉に傷付いたと言われたことが。日記を書き出して初期のころだったので、私の言葉で大好きな友人が傷付いたと知った時にはショックを受け、私なんて日記を公開するべきじゃないんだと自分を責めたものでした。けれど、その友人は、傷付いたけれどそれでも自分はあなたに正直に書いてもらいたいということを言ってきたのです。つまり、自分も正直に傷付いたと言うから、あなたも正直に書き続けてくれと。後に、これが文字だけの交流における本当のコミュニケーションというものなのかなと思ったものでした。そして、その友人とは今でも交流しています。主にmixiで、ですが。

『 移転前の goo 時代のブログでも触れたことがありますが、このブログが『斬(ZAN)』というタイトルにしているのも、ブログの言葉で“斬る”ことを前提に、周囲に斬られる用心をするようにという意図で付けています。つまり、斬られたくなければ近づくなということです。』


まあ、それは私も同意ではあります。私の場合は書いているものに何度か「私に傷つけられたくないのなら私に近づくな」とメッセージを書きながらそれを訴えてはいますけれどね。ただ、私としては、読みたい人のものは相手が隠さない限りは積極的に読んではそれで自分語りをしてしまったりするんで、近づかないようにしていても、私から近づいてしまうんですよね。だから、私を手ひどく振るしか私から逃れるすべはないと思います、公開で何かを書いていて私を嫌いな人は。もっとも、手ひどく振ったら振ったで、私はそれについても憤った何かを書いてしまうので、始末に終えん相手ではあるとは思いますが。まあ、あれです、私に好かれしまった悲運と思ってもらいたいよなあ。私がどういったものを好むかわかっていれば対処のしようがあるんでしょうけれど、私を嫌いであればどんなものを好むかなんて気づけないでしょうからねえ。そりゃもうどうしようもないと思います。何人かは私が追えないように完全に私から姿を隠した人もいますし、とどめを刺してきた人もいますしね。斬さんがそういった経験をしているとはどうも思えないんで、やっぱり私よりは斬さんの書くものって、そんなに他人を傷つけるものじゃないと思うんですけどねえ。って、これもいわゆる「不幸自慢」とも取れる発言ですよね。(笑)

『 それは、自分ではなかなか気が付かないことなのです。何でそんなことで傷付くんだ?と思うようなことで傷付かれているので怖いのです。たぶん、元々そーゆーモノを持ってしまっているのだと思います。』


だから、「そーゆーモノ持ってしまった」という自分だとわかっているのなら、覚悟して書き続けるか、もう書くことはやめるしかないと思うんですよ。あとは、完全に姿をくらまして、自分一人相手に書き続けるか。けれど、私は斬さんの書くものは読みたい人です。すべてを読みたいわけじゃないけれど、時々すごく私の心にヒットする(自分語りを誘発させるとも言う)ものを書いたりするんで、斬さんの書くものは見続けたいと今のところは思っています。だから読ませてほしい。でも、私に読まれたくないとなって隠れてしまうのならそれはもうしょうがないかなあと思います。たとえばついったーでリムーブされてしまうこともありうるわけですけれど、もしそうなったとしても、多少不満は呟かせてくださいね。それを読んで傷付かないでくださいね。なんてね、私なんかに不満ぶつけられても傷付くかどうかは大いに疑問ではあるんですけれど。




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