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それが希望の音色として響きますように

2009年10月26日 07:53

警告音というタイトルで書かれた記事があり、それを読んでいたらこんな記述があった。

『 人間関係において、何かが終わる前には警告音が鳴ればいいのに、となんとなく思った。もちろん、思うだけで特に本気でそう考えたわけではない。常に終わりを回避できるとは限らないし、ある一方の立場においてはうるさく感じてしまうだけかもしれないし、別の立場では警告音ではなくよろこびの合図であるのかもしれない。または別の立場であったとき、最後の音を響かせるのはとてもさびしいし悲しい。あるいは全く気づかないかもしれない。…うーん。まあ必要ないか。』(「警告音 ぐったりスイッチ」より引用)


いつものごとく言及というものではなく、この文章を読んだことで心に浮かんだものを自分語りしてみる。まあ、早い話がまたしても昔の話を蒸し返すっていう行為をするわけだけど。そこらへんが、私という人間がいかにろくでもない人間かという証明みたいなもんだ。これを、もし、昔決裂した誰かが見たら「またかよ」とウンザリされるだろうし、「そこがいけない」とか「だから反省していないって言われるんだよ」とか「かわいそうな人」とか「病気だ」とか、なんかもうね、ありとあらゆる憐れみを向けられることは必須だし、そもそも、こんな超ネガティヴな前置きを書いていること自体がすでに痛過ぎる人間ということで、いかに私という存在が誰かにとっては最悪な存在なのだという証明に他ならないわけだ。いや、そんなことはないよと言ってくれる人もいるだろうけど、それでもね、間違いなく私は他の誰かにとっては最低最悪の存在なんだよね。ただ、私は、こんな最低最悪な人間であっても受け入れてくれる人がいればいいなあと、そんなふうに思って、こんな私であってもこのまま正直に立ち続けようと思っているだけなんだ。

とまあ、またしても前置きが長くなってしまったのだけど。

ひとつの掲示板のトピがなくなった。私がネットで初めて書き込みしたトピ。10年だったか、続いたのは。その掲示板では他のトピで私は管理人をしていたことがある。そのトビはもうずいぶん前になくなってしまったものだけど、そのときもこんなふうに感慨深い日記を書いた覚えがあるなあ。私が作ったトピ、本当は消えてほしくはなかったし、ずっとずっと続いてほしかったんだけど、自分としてはさまざまな別れを思い出させてしまうということで、忘れたいというわけじゃないけれど、見たくないという気持ちがあって消えてほしいと思ってたんだよね。それに、私と関わってそこに書き込みしてくれた人たちも、あまり見たくないものだったんじゃないかと勝手にそう思って、意図して消えていくように仕向けたものだった。だから、消えてしまったのも早かったけれど、やはり消えてしまったら悲しい気持ちにもなった。

けれど、私が初めて書き込みした10年経って最近消えてしまったトピは…確かに私にとっては消えてくれたことがとても喜ばしいと思えた出来事だったのだけど、正直な気持ち、本当は消えてほしくなかった。本当はずっと続いてほしかったんだよ。でも、消えてくれないと困ることでもあり、そのジレンマに私はいつも複雑な思いを抱いていたものだった。消えてほしい理由、その理由はそこに私への中傷めいたものが書かれてあったからということではないかと事情を知ってる人は思うかもしれないけど、それは違う。私はその中傷めいたことを書かれてしまったきっかけとなったことは自分の日記でも公開しているし、自分のサイトの掲示板でのやり取りまでも公開しているのだから、たとえそれが2ちゃんねるで書かれた中傷であっても、私は別に消えてほしいとは思っていない。それ以外の理由。なので、その理由さえ何とかなればずっと続いてほしいと思っていた。

でも、消えてしまった。ほっとしたと同時に悲しくなってしまった。

何の前触れもなく、消えてしまったわけなんだけど、前から消失してしまう危険性は何度となく訪れていたものだった。そのたびに誰かが書き込みをしてトピをあげてたね。私は「あれ」以来書き込みはしたことがなかったけど。それがとうとう消えてしまったんだ。私は何ヶ月かに一度は覗きに行っては消えたかどうかを確認していたのだけど、仕事を始めてから数年はずっと行くのを忘れていた。再び不定期的に行くようになったのは今年の夏くらいから。それもまあ理由があるんだけど。まあ、事情のわかる人ならなぜなのかはわかるとは思うけれども。

引用させてもらった文章の冒頭では『人間関係において、何かが終わる前には警告音が鳴ればいいのに』と書かれていたわけだけど、ちゃんとした警告音として私の耳に響いたわけではなかった今回のトピ消失ではあった。けれど、そのトピが本当に消えてしまうことになる前に再び覗きに行くようになったのはひとつの音のない警告音だったのかなとも思っている。虫の知らせとでもいうか。なんかそういうのって私とあまりいい別れをしなかった人たちとの間でもあったような気がするんだけど、それはただ後でそう思ったというだけに過ぎないんだろう。ただ、今回のトピ消失に関しては、どうも私には音のない警告音が私の胸に響いたような気がするのだ。もっとも、覗くきっかけとなったのは、そのトピに関係ある人の死がきっかけではあるんで、本当のところは警告音というものとも違うんだろうけどね。その人が死ななかったとしたら果たしてどうなっていたのか…それは誰にもわからないわけだから。

だけど、私もまた警告音はあってほしいと願う人間。警告音を無視して付き合って、それで決裂してしまうことが常識であったとしても、私はそれは100%だとは思っていない。警告音があったとしても、それでも続く仲だって僅かながらもあるはずだと信じているから。けれど、それも警告音があったからだと、警告音があったから壊れないように努力することもできるからなんだと、だから、警告音は必要なんだって、私はそう思っているのだ。

願わくは、警告音が希望の音色として私の耳に響きますように。




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