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聞いて聞いて私の話を聞いて

2009年10月27日 09:35

またまた言及とはいえないものを書く。それはみっちーが書いていた記事の中に出てくるこの記述から生まれた自分語り。

『ぼくは子供の頃、自分の行動範囲しか世界はないのではないか、というような妄想をしていたことがありました。なにかの理由があってここに連れてこられてきて、ずっと監視されていて、ぼくが行く可能性のあるところはしっかりと作られているけれど、例えば入る用事もないようなビルなんかは外側だけはちゃんと作ってるけど中身は張りぼて、更に、行く必要もないような遠いところなどは実際には存在しないのではないか?

そのような妄想を、どういった話の経緯でそこに辿りついたのかは忘れましたが、ある時、知人も同じように昔持っていたことがわかったのです。自分の周囲しか世界はないのではないか。自分は特別なのではないか。だいたい同じ内容です。お互い似たことを考えていた。その事実を共有した時はふたりでかなり興奮したものです(確か朝までチャットをしていました)。しかしやがて、インターネットなどを通じて、こういった(中二病的な)妄想は、それほど特別でもないのだ、ということを知ることになります。』(「我思う我書く、の2 - 「で、みちアキはどうするの?」より引用)


自分だけだろうかという考えや行動などが実は自分だけでなく、けっこう多くの人が同じようなことを思ってたりやってたりするんだっていうのは誰でも経験することではある。もちろん、なかには本当に特殊な考えや行動をしている人もいるんだけど、たいていの人はそれほど特別な考えや行動をしているわけじゃない。ただ、幼い頃はなかなかそういったことに考えが及ばず、そして、自分が特別なんじゃないかという思いをどうしても持ってしまいがち。まあ、それが子供の性質なんだろうとは思うんだけどね。で、ネットに限らず、大きくなって行動範囲が広がっていくにつれ、だんだんと周りの様子がわかっていくし、そこまでくると本人の想像力もだいぶついてくるもので、やっぱり自分はそんなに特別じゃないんだ、けっこう似たようなことみんな思ってたりするんだと気づいていくわけ。ただ、みっちーのこの文章の前半部分は、少なくとも私の子供の頃とはちょっと違ってたりするんで、そこらへんが私とみっちーとの違いなんだろうなあって思った。

私は物心ついた時には異世界とか宇宙とかに思いを馳せていたので、自分の行動範囲以外の遠くの場所には自分の知らない見たことのないすばらしい世界か、あるいは怖い世界が広がっていて、何かの拍子にその世界に迷いこんでしまうのではないかと恐ろしく思ったり、わくわくしたりしたものだったのだ。自分は実は超能力者で、あるいは別の世界の異世界人なんじゃないかと思っては、他の子供たちとは違う特別な存在なんだと思い込んだりして、いつか迎えが来て遠く宇宙の果てまで旅をしていくことになるんだと本気で信じていたものだった。世界は無限に広がる場所で、そこには限りなんてないんだって信じてたから。だから、自分の行動範囲にしか世界はないんだなんて、そんなことは一度も思ったことはなかったな。まあ、これも妄想の形態のひとつともいえる。

でまあ、ここまでがみっちーの文章で出てきた私の子供の頃の話ではあるんだけど、記事の最後にみっちーがこう言ってる。

『それにしてもなぜわたしたちは「思ったことを他人に伝えようとしたがる」のでしょうか。承認を得たいから? それとも、この世界に自分一人だけしかいないのでは淋しすぎるから、他人の存在を確かなものとせんがため、でしょうか?』


他の人はどうかわからない。でも、私の場合はただたんに「聞いて聞いて」につきる。理由なんてそこにはない。言えるとしたら、私の場合に限り、自己顕示欲だけなんだろうなって。誰かに聞かせるというよりも、どちらかというと自分のために書いてるって感じ。だったら、別に公開された場所じゃなくてノートに書いとけばいいんだけど、それは今までさんざやってたことなんだよね。ずっと私はノートに書き続けていた。ただ、また同じこと書くけど、ノートでは書くスピードが思考能力についていかないし、書く行為は手が疲れてたいした量が書けないけれど、でも、キーボードでの打ち込みだと疲れを知らないように書き続けることができるから、だから、こんなふうに書いている。で、だったら、別に公開された場所に書かずにローカルで書けばとなるんだけど、いったんネットで公開できると知ったからには、やっぱ公開で書きたくなるんだよね。たぶん、ネットに繋がらなければ公開せずに今まで通り、ノートに書いていたようなことを延々と書き続けてることだろうな。たまたま、ネットに接続できて、公開して、タイミングよく誰かが読んでくれたらそれはそれでいいなと。まあ、これもネットで書くようになって、少ないながらも反応してもらえたから、それが自分の自己顕示欲をくすぐっちゃったからとも言えるんだけど。それはもうしょうがないよね。まったく反応なかったというけじゃないからなあ。少しでもそういう楽しさを知ってしまったら、もう昔には戻れない。そういうもんだと私は思っている。




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