スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

時にはのめり込み時には程々に

2009年11月11日 20:42

ついったーでこんなポストを見た。

『ネットゲームと人生について。この文章好きだな。僕じゃ書けない。』

そこにはってあったリンクがこの記事。→「ネットゲームを辞めた - コトバにしよう」

私はネットゲームはしたことがない。リアルでアンジェとかミストとかそういった感じのゲームに一時期はまったことはあった。それは仕事を辞めた1997年の頃。仕事を辞めたことで好きに使える時間ができ、小説の執筆とゲームとで一日中そればっかりだった。朝、旦那が仕事に出てから洗濯や掃除などしつつゲーム、お昼ご飯かっ込んですぐにゲーム、息子を保育所に迎えに行くまでゲーム、とにかく昼間のほとんどをゲーム三昧。さすがに旦那が仕事から戻ってきた後はやってなかったと思う。たぶん。そこらへん実はよく覚えていない。あの頃の私はゲームしている時の記憶はよく覚えているけど、それ以外はあまりよく覚えていないんだよね。仕事を辞めるちょっと前までは少し私もおかしくなっていて、一度駅のホームから飛び込んでしまいそうになったくらい仕事でノイローゼになってしまったことがあったから。それは何とか立ち直ってしばらくは仕事も慣れたようで、死んでしまいたいと思うほど追い詰められることはなかった。でも、やはり時々やりたくない仕事があったりすると精神的に不安定になってしまうことはあって、このままではいつか辞めてしまわないと本当に私は死んでしまうかもしれないという危機感は抱いていた。だから、やっと仕事を辞められて、私は有頂天になってゲームや執筆におぼれていたと思う。まるでそうすることで自身を癒すかのごとく。だからなのかな、今はまったくゲームには興味がない。それに、私は、どうもそういったゲームに向かない性格でもあるみたいで、他にはまるものができたからゲームにも興味なくしてしまったんだろうと思う。今はアンジェとか好きだったゲームでさえもやりたいとも思わなくなってしまった。だから、ネットでゲームにはまることはなかった。ただ、私は別のことでネットではまったことがある。それが書くこと。掲示板で書きたいことを書いては誰かに反応もらって、それに対してまた自分の考えなどを書いては会話することにはまった。チャットにははまったことはない。リアルタイムでやり取りする能力は私にはなかったんで、掲示板でのタイムラグのあるやり取りやメールでのやり取りにはまったものだった。ただ、まだネットを始めた初期の頃は常時接続環境じゃなかったんで、それほどはまりこんでいたということはなかった。

そのうち常時接続環境になったこともあり、今度は自分のサイト作りにはまって夢中になった。同時にサイトで日記を書くことにも夢中になり、毎日長文な日記を書くようになった。どこかのランキングでかなりの上位になったこともあって、自分の書くものはおもしろいんだと天狗になった。その頃は特に梓さんの日記を毎日のように取り上げて書いてたから、たぶん、その関係でヲチされてたんだろうと思う。だから、ランキングで上位になったのも痛い人という目で見られていたんだろうな。そのことに気づいたのが、梓さんの日記がもとで炎上した時だった。2ちゃんのスレで私のことが書かれているとある人から聞いて覗きにいって、そこに書かれていたことを見て初めて自分が痛いことを書いている人としてヲチされていたんだと知ったから。ただ、その時は頭に血が上ったけれど、あとでよく考えてみたら、ヲチされることは本当は不快だとは思ってないと気づいた。突付かれない限りは好きなように見てもらって自分たちの領分で好きに叩けばいいと思ったから。私も好きに書くから。互いに互いの場所で好きに書けばいいじゃんって。だからなんだろう。炎上して一時期はいろいろ書くのにためらいが出たけれど、結局はまた書き出した。

次の舞台がライコス。そこで再び書き出した。今度は以前に比べてもっと大量な文章を書いていた。複数アカウントでキャラを演じ分けて書き続けた。そのキャラごとに繋がりを作っては交流していった。その頃はもうワヤだったな。それ以前は昼間は誰もかれも学校や仕事で相手してもらうってことはできなかったけれど、ライコスでは主婦もたくさんいたし、若い人でも学校や会社でもネットのできる環境だったこともあり、四六時中相手をしてもらえたこともあり、私はそのネタとして日記を大量に放出していた。普通の日記、過去の日記、ポエマーな日記と一日何十ものエントリを上げてはそれについて読んでくれた相手と会話したり、私もまた相手の日記を読んでは語ったり会話したりと、とにかく一日のほとんどをネットにかじりついてたな。というか、その頃から少しづつリアルでの生活が崩れ始めていて、それから逃れたい一心でネットで何か書くことにのめりこんでいたんだと思う。それがしばらく続いた。再び仕事に出るまで。その狂気めいたネット依存症は2005年まで続いたな。

結局、私を依存から救ったのはリアルでの平穏だったんだと思う。2002年の春に酷く体調を崩して胃カメラを飲むはめになった頃、確かにネットでの友人たちの存在も私を救ってくれはしたけれど、どんなに彼らが心配してくれても、最終的に私を病院に向かわせたのは旦那の抱擁だった。そして、「早く元気になってね」と手紙を書いてくれたまだ小学生だった息子だった。ネットで何か書くことは確かに私の精神を救ってはくれるのだけど、時にあまりにものめりこんでしまって、旦那のことも息子のことも疎かにしてしまっていたと思う。2002年当時はそれに気づいてなかった。それに気づかずにいたから、その後に起きてしまう一連のトラブルは、私の目を覚ますために起きたことでもあったのかもしれない。なんて、またしても都合のいいことを言ってるよな。たぶん、当時トラブルに巻き込まれた人がこれ見たら呆れ果てることだろう。けれど、私はそれくらいの経験をしないと気づかない大バカ野郎なんだよ。だから、私もネットというツールを全面的には否定しない。私はネットで痛い目に遭ったことで救われもしたし、何が大事なことかを気づかされたわけだから。

リンクした記事のラストに書かれていたこの言葉。

『どんなものも同じです。

使い方と程度次第で、どっちにも転ぶんです。』


本当にそうだと私も思ったよ。すべてののめり込みを否定はしないけれど(それが芸術になりうることもあるから)、確実にのめり込んではダメなものもあるって。ギャンブルとか、ね。だから、時にはのめり込み、時には程々に。それが大切なことなんだろうな。


ところで、蛇足になってしまうけれど。どんジレさんの「僕じゃ書けない」という言葉は、以前、私も他人に言われたことがある。私の書くものも誰かにとっては「自分には書けない」となるみたいだ。それはノイズに限らず、別のキャラで書いていた時にも言われた。私の場合は文章で、というよりも、書いている内容がそう思われる傾向があるらしいんだけど、確かに苦手なことは私にだって書けないことでもあるんで、私の書くものだって苦手で書けないとなることもあるかもしれない。でも、私は難しいものを書いてるわけじゃあない。だから、自分にはあなたの書くようなものは書けないなと言われて、嬉しく思う反面、自分に似た人は書けたりすることもわかってるんで、ちょっと複雑な気持ちになったりするんだよねえ。私は私だけにしか書けないものを求めているところがあるのかもしれないから。もっとも、そんなことなんてできやしない。もし書けたとしたら、私がいったい何を書いているかなんて、きっと誰一人理解する人なんていなくなってしまうんだろうな。でもまあ、考えてみたら、今だってほとんど誰も私の書いたものに言及する人はいないんだから、自分にしか書けないものを書いているようなものかもしれないけれども。と、自嘲気味。(笑)




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。