スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

こんな日をずっと待っていたのに…

2009年12月06日 22:52

昨日、一本の電話が入った。若い男の声。Eと名乗る。誰だろう。すると、うちの息子の小学校の時の同級生だと言う。E君…ねえ?思い出せない。すると「同窓会のことでお話が…」と言うので、息子に代わった。それからしばらく考え込んでいたら、思い出した。ああ、Tちゃんだ。顔も思い出した。けれど、聞いた声は小学生の声じゃない。あたりまえだ。卒業してから来年で6年だもの。卒業式の日のことを思い出すなあ。ついこの間のように。みんなまだ幼い顔をした小さな子供たちだった。他の子たちのその後はよく知らないが、自分の子供を見ていれば、他の子たちもみんなこんなふうにでかくなったんだろうなあと思う。電話では同窓会の話だと言っていたのだけど、あとで息子に聞いたら、2年後に同窓会は開くそうな。あら、そんな先の話だったんだ?まあ、来年の春に高校を卒業してしまえば、大半の子達は県外に出てしまうんだろうから、卒業前に連絡先をお互いに把握しておこうということだったんだろう。2年後か。みんな20歳になるよな。そういえば、卒業式の当日、子供たちと保護者で学校の玄関前の庭にタイムカプセルを埋めた。20歳になったら掘り起こす約束をして。そっか、それにあわせて同窓会を開くのか。

あの卒業式の日。まだ小さな息子を見て、20歳だなんて、なんて遠い未来の話なんだろうと思っていた。これから中学に進学し、高校受験が待っていて、高校に無事にちゃんと入れるだろうか、成績はどうなるんだろうか、大学には行くのかな、それとも就職するんだろうか、と、息子の未来を楽しみにしつつ、まだもうちょっと親として踏ん張らなくちゃならないんだなあと思ったものだった。母親業をちゃんとこなしているという自覚があまりない親失格な私ではあったけれど、それでも自分なりにできることはしなくてはと思いつめてもいた。何とかここまでやってこれたのも、時には逃げるような行為もしたからこそだった。恐らく、いや、きっと、息子の同級生の親たちには不評をかっていたことだろう。それくらいのことはしてきた。ただ、言い訳だとしても、私はそこまでしないと自分でも何をするかわからないところがあるという自覚があったから、だから、どんなふうに思われようとも逃げきった。自分を守るために。ひいては息子を守るためにも。私は他の子まで抱擁できる器は持ってなかったから。自分と息子のことだけしか考えられない自分勝手な人間だったんだから。

でも、だからこそ、ここまでやってこれたと思っている。

息子が生まれて間もない頃、泣き止まぬ我が子を抱きかかえ、ベランダから真っ暗な空を見上げたものだった。私に母親が務まるのだろうか。こんなにつらいのに。人は言う。3歳になれば少し楽になるよ。小学生になればだいぶ楽なるよって。嘘ばっかり。そんなの嘘だ。どこまでいっても子供を育てていくことはつらいことばかりだった。私にとっては。でも人は言う。確かに大変だが、それを上回る幸せももたらしてくれるよって。それはそうだったかもしれない。私も人並みに、息子の寝顔に幸せを感じたり、抱きついてくる息子に愛情も感じたものだったけれど、それよりもつらいことのほうが強く印象に残ってしまった。だから、たぶん私は子供を持つ親としては失格だろうと思う。本当ならば、私のような人間は子供を持つべきではないんだろうなと。けれど、持ってしまった。これは私のエゴだ。そんなエゴから持ってしまった子供なんだから、何としてもこの子を幸せにしなくてはという気持ちもないわけじゃなかった。ただ、私が壊れてしまったらそれもおしまいだ。それもあって、私は全力で自分をも守らなければならなかったんだ。もちろん、これはただのいい訳だ。否定しない。

あの頃、いつになったら解放されるんだろうと思った。でも、もうすぐそこまできている。子供が旅立つ時が。こんな日をずっとずっと待っていた。そんな私だから、友人にも子供が出て行くことに対して、あっさりとしてるんじゃないかと言われ、そして、自分もそうなんだろうなと思いつつも、来年の春になるのが少し淋しい。来年の春になったら、ここに息子はいないんだと思うと。それをずっと願っていたのに。それなのに、淋しい。けれど、たぶん、それにも慣れていくんだろうな。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。