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10年後、一緒に笑おう

2012年06月01日 22:32

「やふとぴ」はやっぱり終わりにしよう。栗本さん関連のログの自分の発言だけでも転載していって読み返して懐かしもうと思ったんだけど、あの頃の私はほんと調子こきだったから、読み返してさらに痛い思いをしそうだなあ、と。というか、同時に自分で立ち上げて日記のように書き込んでいたトピのログもあって、そこでトラブルとなった人とのメールでのやり取りまで出てきちゃって、久々に読み返して、あいたたたたたとなってしまった。あれから12年経ったのだけど、そりゃもうね、相手も怒るわなーと思うような文章書いてんだわ、私。その時に私を擁護して相手に何度も何度も長文メールしてくれた友が『友情は互いの努力だと思う。私の努力はここに宣誓するよ。10年後、このトピのここを見ていっしょに笑いましょう。』と書いていて、その日付が2000年7月28日、10年後どころか2年後に私たちは別れてしまった。たぶん、いや絶対、彼女は自分は努力したけど私が努力しなかったからだと言うんだろうし、確かに私は努力なんてしなかったと思う。ただ、努力なんかしないそんな私でも、今までずっと寄り添ってくれた人もいた。だからどうしても思ってしまう、じゃあ、私から離れていった彼女と、今でもずっと私のそばにいる人との違いは何?って。これはもう努力とか関係なくない?って。

…でもまあ、努力というか、今でも寄り添っているというか、つかず離れずで見守ってくれてるっていうのがほんとのとこかもしれない。ベッタリではなく。昔の私ならそれを淋しく悲しく思って、日記などでやいのやいの書いてたかもしれないんだよね。でも、今はそんなものは書かない。結局、好きに書いていくためには人とベッタリしてちゃダメなんだ。誰にも相手されず、誰も相手せず、ただぶつぶつぶつぶつ何かつぶやいていく。10年後、ここを見て一緒に笑おうって言ってくれた人はもういない。どこか私の知らない場所で日々を一生懸命生きているのだろう。できれば、私のことなんか忘れてしまって生きていってほしい。誰かの心に残りたいと思っている私だけど、過去に傷つけてしまった人の心からは私のことなんか消えてしまってほしいなあと思うようになった。

それにしても、好きな人には男女問わずに自分の嫌な面を見せてしまう、それが悪いクセだと思ってて直さなきゃなあと言ったら「直さなきゃって思うんだけど、直らないんだ、ということもよくわかりましたよ」と言われてしまったんだった。たぶん、直さなきゃと思ってない、私は。こんな私でもあなたは好きになってくれるのか、ずっとそばにいてくれると言ってくれるのか、を、試し続けるのが私であり、それを悪いとは思ってないんだなあ、と。そうであればきっとその人は本当の意味で私を好きでいてくれるはず、と私は信じてるからなんだと思う。だから、私はあれからずっと試し続けているわけだ。そういう人間なんだよ、私はね。それは、私のそばから誰もいなくなってしまうよ、と言った人に対して、それでもたった一人でも誰かは残ってくれたんだよ、誰もいなくなってしまう、なんてならなかったよ、を証明したいんだ、私は。




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