スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

案ずるより産むが易し

2012年06月02日 16:29

衝動と感情で生きる人間、かー。そうだなあ、私もそうだ。それでいつも周りに迷惑かけっぱなし、傷つけっぱなし、怒られっぱなし、だ。いちお、ノイズん場所は匿名でやってるってわけじゃないんで、親戚関係のことは詳しくは書けないんだけど、それなりに私の実家のほーの親戚縁者にもそれなりにドラマみたいな人生な人たちもいるわけで、でもさすがにこういうとこでは書けないよなあと、多少は常識的なことも考えてる。ただ、母親だけは自分のどんなことを小説だののネタにされてもかまわないと言ってくれてるんで、それだけが私が救われてるところかなあ、と。

あの人もその人も結局は子供を持たないという選択をしたわけだ。でも私は持った。そのへんの葛藤は過去日記ブログでも語ってるし、サイト日記でも昔書いた覚えがある。他人は恐らくこう言うだろう。「あなたの子供さんが見たら傷つくだろうね」と。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私は両親に私が書いたような日記を読まされたわけじゃない、むしろ、愛されて育ったはずなのに、それでも私は母に望まれなかった子供なんじゃないかと思い込んでしまった。それは、母が自分の考えや思いを正直に話す人だったからでもある。つまり、母の若い頃の恋愛話を聞かされ、父との結婚は親が決めたもので、親に逆らえないから恋人と別れて結婚したんだというそれだけの話で、私は母は好きでもない父の子供である私なんか愛してないんだって思い込んでしまったんだ。よく考えてみたらそんなはずはないのに、それでもそういう疑いを持ってしまう。

けれど、今の私からすれば、恋人と別れて親の決めた相手と結婚した母は、いまでも寝たきりの夫の介護をし続けている。その逆に、母の妹は親の決めた相手とは結婚せずに、なかば駆け落ち同然で結婚した愛する人と、今は離婚したくてもできない状態。その違いはどこからくるんだろう。男と女の関係は簡単には決められないってことなのかな。それと同様に親子の関係も同じなんだろう。関係ではなく、その人その人の気質、性格によるものなのかも。で、私の場合はどうなのかな。私は母に似てるということを思ったことがないんで、じゃあやっぱり叔母に似てるのかなと思った。とはいっても、私はとりあえず恋愛結婚ではあるけれど、その恋愛もどっちかってーと相手に押し切られてスタートしたものだったし、しかも自分の気持ちが今までずっと定まらなくて、最近になってやっと「私はこの人を愛してるんだ」と気づいたくらいだから、どっちかってーと私は恋愛結婚とは言えないような気もしている。つまり、叔母とは違って母と同じような人生を歩いているとも言えないか、と。

ただ、そんな子供を持つべきじゃなかった私のこれまでの体験で言うと、「案ずるより産むが易し」は確かにそうだなあと思ったよ。まあもちろん、それが当てはまらないケースだってあるだろう。けれど、当てはまることもあるわけだから、そうするってーとやっぱり「やってみなきゃわからない」つまりは「案ずるより産むが易し」なんだよなあ、と。そして、それを選ぶのは他ならぬ自分ってことで、どっちを選ぶかは他人には口出しはできない、その人の選んだことなんだからってことなんだよね、と。

子供のことにしたって、自分は自分がどんなにわがままで、人に奉仕なんてできない人間だとわかってもいるんで、こんな人間が子供なんて育てられるはずがないと思ってもいたから、ほんとに私って子供なんて持つべきじゃないよなあと思ったし、実は今でもそう思ってたりする。まあ、その私が育てた子供がこれからどんな一生を送るかで、私の子育てが成功したのか失敗したのかはわかるわけだけど、ただ、どういった生き方をするのが成功なのかは実のところわかっていないし、どんなのが成功だなんて誰にも言えないんじゃないかと思う。まあ、最低限、お縄になるようなことさえせずに、死ぬ時に「まあこんな人生だったな」と思って死ねれば、それが成功なのかなとも思うんだけどね。そうなってくれることを心から祈りたい。

とまあ、そんなことを今読んでいるある人の日記で思ったのだけど、別にその人に何か言いたいってわけじゃないんで、リンクせずに好き勝手に書いてみた。以上。(笑)




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。