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嫌いとかそんな話

2012年08月27日 21:28

「いや、断定されても困るんですけど。私は嫌いな誰かであっても苦しめーとは思わないけどなあ。関係ない誰かのことでも心を痛めると同じで、嫌いな誰かのこともそんなふうには思えない。」っていうのは私がついったーで呟いたことなんだけど、あれはかいえんさんの発言を見ての発言だったんだよね。

『ふと思ったのだが、「戦争の悲惨さ」をいくら訴えたところで戦争抑止には繋がらないのではないか。なぜなら人間は自分の嫌いな奴がどんな悲惨な目にあっても一切痛痒を感じない生き物だからだ。』


まあ、書いてないだけで、全ての人間が、とは言ってないんじゃないかとも思う。たぶん「なぜなら」と「人間」の間に「ほとんどの」という語句があるんだろう、と。だから、かいえんさんをどうのこうの言うつもりはない。ただ、少なくも私は、嫌いな人間が悲惨な目に遭ったとしても心を痛めると思う。私も人並みに「こいつ嫌いだなあ」という人物はいる。でも、その人がとても悲惨な目に遭っているとかを想像してみても、どうしても「ざまあみろ」とかそんなふうには思えないんだよね。それはなんでかと考えてみて、私が誰かを嫌うっていうのは、その人が私より何らかの形で上に立っているからなんだろうと思う。もちろん、性格も生理的に受け付けないからっていうのもあるんだろうけど、それだけで「不幸になれ」なんて思わないんだよね。変な話、もっとももっと幸せになってもっともっと私に嫌われてほしい、なんて思ってしまうみたい。まあ、ある意味、私の「嫌い」は、どこかの誰かにとっては「本当の嫌い」とは違うのかもしれないなあとも思わないでもない。




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