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解決されない問題

2014年06月15日 08:13

ついったーでかいえんさんがタイムラインに流していた、嫌いなキャラがレイプされるのを描く人たちとか、男への復讐のために恨みBLなるものを描く人たちがいるっていうの、なるほど、そういう描き方をする人たちもそりゃあいないわけじゃないなあと思いつつ、自分はレイプ物が嫌いなわけじゃないし、自分が描くレイプ物は愛の裏返しで描くことが多いからとか、BLも男への復讐とかそういうので描くわけじゃなくって、どうしても手に入らないものへの葛藤とかそういうので書いてるから、だから愛情が根底にあってっていうのを否定されたくないよなあ、なんて思ったんたけど…ここまで書いてて、でも待てよ、わたしも書くことの理由のひとつに、自分へ何かしてきた人たちへの恨みを晴らす目的で書いた小説もないわけじゃなかったなあ、それってそういった嫌いなキャラ云々、男への復讐云々で書いてる人たちと違わないよなあと思い至った。

さらに、掘り下げて言うと、レイプ物って愛情まったくないレイプ物も嫌いってわけじゃないよなあ、なんて思ってみたり。ただ、似たような愛情なっしんぐのレイプ物でも受け付けられるシチュエーションと受け入れられないものとかもあったりして、明確な線引きができないところがあったりする。すべてを否定することのできない自分としては、だから「こうなんだ」と断定ができなくて、どうしても玉虫色な立ち位置になってしまうわけだ。まあ、言ってしまえば、書くことでストレス発散させているところがあるわたしからすれば、嫌いなキャラを辱める、嫌いな男へ復讐する、そういうことのために書くことは別に間違っちゃいないよなあとなるわけだ。もちろん、自分だけが見る手元のノートに書くのとは違って、他人が見る可能性のある読物として書かれるそういった書き物は、誰かを傷つけることもあるわけだから、それがいいのだとも言い切れないんだけど、でも書いて誰かに見てもらうことで初めて癒されるのだとしたら、書くことを否定はできないんだよね。そういう癒され方も肯定されてもいいと思うんだ。まあ、それはわたしがそういったタイプだから理解されたくてそう言うんだけど。

駆逐はしてほしくない。嫌ってもいいから。嫌ってもいいから書かせてほしい。書く手を阻害してほしくない。そんな気持ちがある。だから、わたしのほーも自分が読みたくないものを「書くな」とは言いたくないし言わない。どんなものも存在していていいんじゃないかと思うから。読みたくないなら読まなきゃいいから。もちろん、読んで、それに影響されて実際に現実で行動してしまう人がいる事実があるから、本当はどんなものも存在していいとも言い切れないんだけどねえ。気持ちとしては存在していいと思うんだけど、それによって引き起こされる事件とかあると思うと、難しい問題でもあるよなあ。あとはもう一人一人のモラルとかそういった領域になってしまう。ホント堂々巡り。


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