創作で生まれた不幸

2017年12月18日 08:23

今度は読み返しに「おはよう、いばら姫」読んでる。最初は処分しようかと思ったけど、やっぱこれ何度も読み返したいかも。母が入院する前から連載始まって、連載してた時は存在は知らなかったけど、この作者の初コミックスをブックオフで見つけて気になって、その時に連載途中で何巻かコミックス出てたんだけど、完結してから手に入れて全6巻を読んだわけだけど、母が亡くなる前にコミックスの最終巻は出た。だから、母が死ぬ前に読んだわけだけど、今、母が亡くなってから読み返すと涙が止まらないな。主人公の母親も入院してるわけで、そりゃわたしの母とは違う理由ではあるんだけど、8年間も植物人間状態で、延命治療の問題も出て来てて、なんかもうひとごとじゃない感じなんだよね。わたしの母にしろ、この主人公の母にしろ、奇跡でも起きない限りは助からないわけだから、主人公の母親がラストでどうやら目覚めるっぽい感じで終ったのは、もしかしてわたしの母も…なんていう幻想を持ったわけだけど、実際、なかなか8年間も植物状態の人間が無事に目覚める確率はステージ4の末期がんが完治するのと同じくらいの低い確率だと思う。だから、物語の上で主人公の母親が助かるというのは、たとえそれがご都合主義なラストだったとしても、それでもわたしはそんな物語が存在してほしいし、読みたい。だから、この「おはよう、いばら姫」も、これからも何度も何度も読み返しては、わたしの母も物語の上では助かったんだという幻想に浸りたいと思う。この頃、思う。「いい経験だ」と言った母は、自分の死さえも娘の創作に役立つ経験だったと言い切っただろうなって。もしかしたら、わたしの創作が様々な不幸を生み出す原因だったんだろうか。いや、もしかして、じゃなく、間違いなくそうなんだろう。かつて、悪魔に魂を売ってでも、おもしろい作品を書きたいと言った。だからこそ、母が亡くなったことで、わたしはこれほど苦しむんだろう。なんかもうどうしていいかわからない。

……そうして、わたしは今日もまたマンガの世界に逃げ込むんだ。


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