呪いなんてないさ、気にすんな

2017年12月30日 11:46

19日に以下を日記に書いた。

さて、「おはよう、いばら姫」を全6巻読み返して思ったこと。ヒロインの志津ちゃんが憑依体質で、ひいおじいちゃん、30代のおっさん、小学生の男の子、そして若い女性の魂が憑依したせいで家族に多重人格と勘違いされてとんでもない治療をされ続けたことから物語が広がる話なんだけど、これもなんだけど、以前読んだ「春の呪い」というのでも思ったことがある。人が死んだあとに存在すると言われる幽霊のこと。と、ここまで書いて時間切れ。続きはまた今度。明日はたぶん日記書けないから、いつになるかな。ではでは。(笑)

で、これをふまえての次にいってください。(笑)


さて、母の死から三ヶ月過ぎた。この間まで、とにかく母のことを思い出してはウルウルしてメソメソしていたわけだけど、この間、奥さんが亡くなって半年の海老蔵さんがインタビュー受けてたのを見て、なんかつきものが落ちたように気持ちが晴れたんだよね。海老蔵さんなんて、愛する妻を亡くしたわけでしょ、わたしがたとえば旦那さん亡くしたら、なんて考えたら母を亡くしたよりももっともっとつらくてしかたなくなると容易に想像できるから、よくちゃんと生活してるよなあと感心してしまったわけで。そりゃ、いつもメディアに注目されてる人だから、本当はつらくてしかたないけれど、それを見せるわけにはいかなくて、強がって普通にしているとは思うんだけど、それでもね、一人じゃなくて、息子や娘がいるわけだから、子供たちをしっかり育てていくことが奥さんに対する誠意だときっと思っていると思う。そういう健気な姿を見てるとね、ああ、そうだよなあ、海老蔵さんもきっと、自分が笑って子供たちと幸せに生きていくことを奥さんが願っているとそう思うようにしたんだなあと、きっとそうなんだなあって思ったら、わたしの母もきっと、メソメソして母の死を引きずるわたしのことを悲しく思うかもしれないなあって。昔、わたしの笑顔が沢口靖子に似ていると言ってくれた母。それにわたしが笑っていると元気が出てくると友達も言ってくれたことがある。わたしは笑ってないといけないんだなあって。そう思ったら、母の死を引きずってる場合じゃないって思った。それを気づかせてくれた海老蔵さんに感謝している。

それに加えて、幽霊とか呪いの話なんだけど。わたしは幽霊は見えないけど、旦那さんとか見える人のことを信じてないわけじゃない。幽霊という現象はきっと存在するんだろう。でも、その幽霊が意思を持っているというのには懐疑的だ。霊は意思はないと思う。たとえば超能力みたいなものがその人にあって、そういった人が何か強い気持ちを持ったまま死んだ場合、そういう人の霊がこの世に残って、それが見える人に見えるんじゃないかなって。もちろん、そういうのが見える人も何らかの能力はあるわけで。で、霊障とかいうけれど、その霊障を引き起こすのも霊を見えたり感じたりする人が、自分で引き起こしているんじゃないかなあって思う。呪いも同じ。呪った人が起こすわけじゃなくて、呪われた人が自分で引き起こしているんだってね。そういうことを「春の呪い」というマンガで感じた。あのマンガを読んだ時に、そんなふうに呪いっていうものは本当はないんじゃないかって思ったんだ。そういう話を旦那さんにしたら「だから、憎まれっ子世に憚るって言うんだよ。受け取り手が気にしいだと不幸になる。気にしなきゃ悪い方には転ばないってこと」そうそう、そうだよなあって思った。だから、舅が死んだ次の年にわたしが身体に変調をきたしたのは、それが原因だったんだと思うし、母の死もこのままわたしが引きずってたら、もっと身体に悪いことが起きたのかもしれない。現に多少今体調を崩したわけだし。人の心って本当にこわいよね。


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